7.5-4 腕前や、いかに
◇
その後――ユリアンと、数人を相手に互角稽古を済ませたところで、そろそろ日が沈もうかという時間になっていた。
「よし、続きは明日だ。柔軟を忘れず、疲れを明日に残すなよ」
その言葉に、少年たちが絶望的な表情を見せたが、ミーアはあきれた様子でため息をもらしつつ、そこに続ける。
「――と、言いたいところだが。明日は予定があるため、私は顔をださない。きみらの自主的な鍛錬に、期待しておこう……以上だ」
解散を告げると、彼らは安堵した様子で礼をし、疲労困憊した身体をひきずって、各々の家へと帰っていった。
「まったく、この数ヶ月は怠けていたようだな……」
彼らを見送り、嘆息するミーアだったが、仕方のない部分も理解している。
そもそも、ミーアが自分に課していた鍛錬は、ミーアの体力や精神力に合わせたものであり、最後までついてこられる者はいなかった。
ミーアがいなくなってからは、自分たちの限界に合わせて時間や量を調整し、無理のない鍛錬に切り替えていたのだろう。
村では子供たちも働き手であり、鍛錬にかまけてばかりはいられない。
特にいまは収穫期でもあるため、担当区画の作業には、少年たちも駆りだされているはずだ。
それを思えば、ミーアが顔をだしたタイミングで鍛錬に励んでいた彼らは、むしろ褒められるべきかもしれない。
惜しむらくは、ミーアが自他に厳しい、ストイックな性格であったことか。
ただ、師としては厳しいミーアとて、礼節を忘れたわけではない。
「――ハイン、付き合ってくれてありがとうございます」
「いえいえ、お嬢のためなら」
少年たちの手本となるよう、互角稽古に付き合わせてしまったハインには、きちんと礼を告げておく。
そんな彼の言葉を聞いて、姉は少し、驚いた様子を見せていた。
「姉さん、どうかされましたか?」
「ううん、ちょっとね」
答えた彼女は、ミーアとハインを見くらべ、クスリと笑う。
「本当に、お嬢さまになったんだなーって。こんなカッコイイ護衛をつけてもらえるくらい、大事にしてもらってるんだって……ふふっ、安心しちゃった」
「姉さん……」
手紙でも、帰ってからの会話でも、やはり伝えきれないものはあったのだ。
その言葉はうれしくもあるが、やはり申し訳ない気持ちになる。
「――ハインは、特に格好よくはないかと思いますが」
「そこですか、お嬢っ!?」
うん、やはり――かっこいいというよりは、おもしろいに分類されそうだ。
ハインの安定した反応に笑いつつ、ミーアはネリスに頭を下げる。
「ご心配をおかけして、申し訳ありません。ですが本当に……お父さまも、お母さまも。私を家族として、受け入れてくださいましたので」
「うん、そうなんだと思う――」
そう言って姉の視線は、恍惚とした笑みのレティシャへ向けられた。
「この子もこんなに、ミーアに懐いてるもんね」
「はぁっ、はぁっ、お姉さまぁ……素敵ですぅ……」
これははたして、懐いている反応なのだろうか――。
ハインのそんな疑問をよそに、ミーアはうなずき、妹の肩をやさしく抱いた。
「待たせてすまなかったな、レティ。もう日が沈む、そろそろ戻ろうか」
「――はっ! はいっ、仰せのとおりにっ!」
事前の約束もあったからか、彼女はすぐさま我に返り、帰り支度を整える。
とはいえ、たいした荷物があるわけでもない。
手にしていた小さなスケッチブックを、ブックバンドにまとめるだけだ。
「そういえば――それって、なにを描いてたの?」
稽古中から気になっていたのか、ネリスがそんなことを口にする。
「あ――はい、ネリスお義姉さま」
すぐさま応じたレティシャは、彼女の前にスケッチブックを開いた。
「これは、刺繍のモチーフをスケッチしたものです。いまは、剣を振るわれていたお姉さまの雄姿を、ラフ程度にですがまとめておきました」
その絵を目にしたネリスの瞳は、たちまち感嘆に見開かれる。
「……うっま」
「ありがとうございます。ですがそれは、モデルが素敵でしたからかと❤」
熱っぽい視線を向けられるが、ミーアとしては頬を掻き、苦笑するほかない。
「その言葉はうれしいが……まだまだ、私の腕は未熟だよ」
「いや、そういう意味じゃないでしょ、お嬢」
はてと首をかしげつつ、彼に言葉の意味を問いかけたところで、ネリスの興味がこちらを向いた。
「ねぇっ! ミーアもこういうの、してるのっ?」
「えっ」
しばし――そう、十数秒ほどだろうか。
心の中でいくつかの葛藤を繰り広げたミーアは、なにごともなかったかのように木刀を腰に帯び、歩きだした。
「そろそろ戻りましょう。暗くなります」
「ミ~ア~? 姉の言葉に返事しないのは、無礼ぞ~?」
かつての、懐かしい日々のように――。
姉にじゃれつかれ、あれやこれやと追及されながら、パン屋への道を歩く。
「ほれほれ~、早く白状しないと、レティシャに聞いちゃうぞ~?」
「――お姉さまは、刺繍も腕達者でいらっしゃいますよ?」
「レティ……うれしい反面、心が痛くなるからよしてくれ……」
いつの間にかハインは消えており、伸びる影は三つ。
前をゆく姉二人に、ぴったりと寄り添って歩く彼女も含め――。
三者三様、髪の色も目の色も異なる三人は、本物の姉妹のようだった。




