7.5-3 当時のままに
◇
その後、用意してもらったパンとお茶を楽しみながら、ミーアは手紙でも伝えたいくつかの話を、生家に改めて報告しておいた。
男爵へのフォローも散りばめておいたのだが、それに父が気づいたかどうかは、ミーアの知るところではない。
母の反応を見るかぎりでは、父も心底から男爵を嫌っているわけではなく、ただきまりが悪くて、態度を軟化させられないだけのようだが――。
「父さんがあの調子では、お父さまはしばらく苦労されそうだな……」
「ミーアが出ていってから、まだ半年ほどだもんねぇ」
まぁ、ほっといても大丈夫でしょ――。
そんな適当な姉の言葉に苦笑しつつ、ミーアはレティシャを連れて、村の広場へ向かっていた。
とはいえ、明確な目的があったわけではない。
村内を案内し、人々の暮らしや家々を紹介しているうち、自然とそちらへ歩くことになった、というだけだ。
多くの自然に囲まれた生活圏は、高原でも似たような経験はしていても、こうした農村はやはり、ひと味もふた味も違う。
人々の息づかいが身近にある、とでも言おうか。
行き交い、すれ違う人たちが気さくに声をかけてくる、全員が顔見知りのような村というコミュニティに、レティシャも興奮しきりだった。
「すごいです、お姉さま! 色んな方に声をかけられていらっしゃいます!」
「昔からお世話になっている方々で、私が男爵領に行ったこともご存じだからな。久しぶりに見かけて、驚かれたんだろう」
あとはやはり、同行するネリスの存在も大きい。
この半年で、姉はさらに名声を高めた――つまりは、同世代の男子たちから人気を博しているのだろう。
すれ違うおばさま方の口ぶりにも、自分の息子といい仲になってくれれば、という期待がにじんでいた。
(とはいえ、生半な男を近寄らせるわけにはいかない――)
姉を守っていた、当時の気持ちを思いだしたように、ミーアはきりりと眉根を引きしめ、姉のほうをうかがう。
「――つかぬことをお伺いしますが、姉さん」
「恋人ならできてないわよ、まだね」
「……そうですか」
安堵する一方で、本当だろうかという疑惑も持ち上がる。
姉ほどの器量、心根をもってして、それほど恋人ができないものだろうか。
自分がガードしていたときならいざ知らず、男爵領に行ってからは、多くの男が猛然とアピールしたに違いない。
(いや――ライバル同士で牽制している段階、とも考えられるか)
いずれにせよ、姉にはこれぞという男を見つけてもらわねば。
少なくともミーアが知るかぎり、村の男子たちはいずれも未熟で、姉の相手とするには不十分だ。
そんな彼らの気持ちをいま一度、引きしめてやらねばと考えるミーアは、かつて剣を振るっていた、子供たちの憩いの場を訪れる。
「お姉さま、ここは?」
「私たちが、よく遊んでいた場所だよ」
ミーアが頭をぶつけたあの大木も、もちろん残ったままで、数人の少女たちが木陰で笑い合い、おしゃべりに花を咲かせていた。
そんな彼女たちのひとりが、ふとこちらに気づいて目を見開くと同時、少し離れた広場のほうから、騒がしい声が響いてくる。
「あ――おいっ、あれミーアじゃないかっ?」
「なんだとっ! 帰ってきたのかっ!?」
「ほんとだっ、ミーア! おーい!」
「ししょー!」
そこでは、かつてミーアの門下生として木剣を振っていた面々が、あのころと同じように列をなし、午後のトレーニングにいそしんでいた。
ネリスが近づいたことで、敏感に察知した男子たちが視線を向け、ミーアの存在に気がついたらしい。
「お、お姉さま……」
男子の声に怯えたのか、レティシャが袖をつかんで寄り添ってくるのを、ミーアは背後にかばい立つ。
「安心しろ。レティには、指一本触れさせない」
「あー、やっぱり妹にもそうなっちゃうわよねぇ」
変わらぬミーアの『らしさ』に、ネリスがあきれた声をもらす中、彼らはわらわらと駆け寄ってきて、三人はあっという間に囲まれる。
そんな彼らを前に、ミーアはスッと瞳を細め――。
「全員ッッ、整列ッッ!」
爆ぜるような声を轟かせ、弛緩した空気を瞬く間に引きしめた。
…
雷に打たれたように、男子一同――もとい門下生たちは身をすくませ、すぐさまミーアの前に整列する。
「ふむ――私がいないからと、浮かれているかと思ったが。声に反応できるくらいには、たるんでいなかったようだな」
結構、とミーアが口にしたことに対する、彼らの反応は二分されていた。
一方は安堵した様子で力を抜き、もう一方はより緊張した面持ちになって、ゴクリと喉を鳴らしている。
どちらが正しいと見るかは、言うまでもない。
「では、久しぶりに腕を見せてもらおう。かかり稽古からだ」
かかり稽古とは、ひとりが剣を構えて元立ちとなり、他者がそこに切りかかっていく打ち込み稽古だ。
防具の有無もあり、剣道のそれとは異なるやり方になるが、ミーアのおこなうそれは、かなりのスパルタ式でもある。
元立ちのミーアが木刀を水平に差しだして、門下生がそこへ打ち込む――ここまではいい。
だが、気の抜けた打ち込みが一本でもあろうものなら、ミーアは容赦なくそれをなぎ払い、全員に素振りのペナルティを与えるのだ。
太刀筋だけでなく、気合い、足運び、視線――すべての要素を充実させ、一本たりとも隙を見せないこと。
それがミーアの考える、本番につながる稽古である。
(ここにいる皆が、実際に戦場へ向かうことなど、望みはしないが――)
望む、望まぬにかかわらず、戦わねばならない状況というものは訪れ、それらは心の準備など待ってはくれない。
だからこそ、常在戦場の気構えを持つべく、そうした訓練をおこなう。
これらは身体トレーニングであり、精神トレーニングでもあった。
ミーアの言葉を聞き、門下生たちは顔を青くするも――。
「――始めッ!」
『はいっっ! よろしくお願いしますっっ!』
各々の木剣を手に、ミーアの前へ列をなして、順に打ち込んでいく。
「お姉さま、凛々しい……素敵ですっ……」
それらを受け、時にはなぎ払い、怒声を響かせるミーアの姿に、レティシャは顔を真っ赤にして瞳を潤ませ、拝むようにそれを見つめており――。
「ミーア……ほんと、相変わらずなのね……」
ネリスはなにかを思いだすように、目頭を押さえ、天を仰いでいた。
ちなみに――陰から覗いていたハインは、少年たちに心から同情し、彼らの無事を祈らずにはいられなかった。




