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5-3 ミーアの日常、復刻改訂版

     ◇


 以前にも触れた気はするが、ミーアの朝は早い。


 最近は日の出が早くなったこともあり、それよりはわずかに遅い時間ではあるのだが、いずれにせよ早朝に起床する。

 身体を起こすための動的ストレッチ、ランニングを済ませ、筋トレも兼ねた素振りをし、仕上げにはハインたちとの立ち合い稽古が行われた。

 ハイン『たち』――というのは、屋敷の警備をあずかる、それ以外の私兵も含まれるからである。


 屋敷から少し離れた場所に、私兵や使用人のための宿舎があり、専属侍女や侍従、家令などを除いた大勢は、そちらに住んでいた。

 私兵の多くもそこを使っており、ミーアとハインが早朝から稽古していることは、おそらく大多数が気づいているのだろう。

 そうした面々の一部が、いつの間にか稽古に参加するようになっていた。


 稽古では兜、籠手、具足、そして腰まわりを保護する、最低限の防具をつける。

 これは、ミーアが率先してつけるようになったものだ。

 それがなければ彼らは、ミーア相手に無意識の手加減をしてしまい、双方が正しく力をつけられなくなってしまう。

 そういった事態を避けるためと、ついでにウエイトとして利用するため、いまでは全員が着用するようになっていた。


 ともあれ、それだけハードにトレーニングをすれば、終わるころ――つまりサラたちが起きだすころには、全身が汗まみれになっている。

 夏場ということもあり、ミーアはいくつかのドレスを改造した、薄手の道着のようなものを着ているのだが、それがぴったりと肌に張りつく有様だ。

 その状況での朝風呂は、ミーアにとってひそかな楽しみだったのだが――。


「おや――早いな、リュナン」

「あ、ミーア従姉さん。おはようござ――っっ!?」

 その日、浴室に向かう途中で遭遇したリュナンが、真っ赤になって顔を背け、急ぎ足で立ち去ってしまったことは、ミーアにとって大きな謎だった。


     …


「――ということがあったのですが。なにかわかりますか、サラ」

 起きていたサラに入浴を手伝ってもらいつつ、そうたずねたところ、これ以上はないというくらいの、重く長いため息を吐かれ、頭を抱えられた。

「なんとはしたないことを……よろしいですか、お嬢さま――」

 理路整然としたお説教を、懇々と説いて聞かされ、なるほどと納得する。

(原因は、これか……)


 かつて――橘結月として生を受けていたころ、彼女は長身だった。

 女子にしてはというのはもちろん、同世代の男子にくらべても、ある程度は見劣りしない背丈だったことを覚えている。

 ただ、その分――といってはなんだが、身体のボリュームについては、年相応とは言いがたかった。


 鍛え上げられた筋力があり、体脂肪率も低く、非常にスレンダーだった――と、ここまではいい。

 しかし、同じように鍛えられているはずの姉にくらべ、胸元は大敗しており、聞きたくもないセリフを、幾度もたまわったことがある。

 俗にいう、大きいことの苦労がどうこうというものだ。

 気にしていないつもりであっても、思春期の女子としては、どうしても気になってしまうものであり、当時は感情を押し殺すのに苦労した。


 そんな前世の身体と対照的に、いまのミーアは平均よりやや低身長で、代わりに胸元はボリュームがある。

 10歳で考えることではないかもしれないが、前世のカップサイズを大きく凌駕するそれは、男性にとって魅力的になってしまいかねない。

 否――実際にそうだったのだろう、だからこその従弟の反応だ。


(10歳だからと頓着しなかったが、たしかにまずいかもしれないな……)

 トレーニングウェアとして用意した道着モドキのほとんどは白で、これまでにも肌や下着が透けていたことはありそうだ。

 立ち合いをおこなう男性たちは、そうした目を向けていなかったように思うが、実際は意識して背けていたのかもしれない。

 9歳であるリュナンでさえ反応するなら――いや、そちらは同年代だからこそ、反応してしまったのか。


 そもそも現代においても、そのくらいの年頃であれば異性の目を気にし、下着にも気を回しだすものである。

 残念なことに前世では、そうした経験を同時期に得られなかったため、今日まで気にすることがなかった――できなかったのだ。

 そういえば下着については、村にいたときはまだ早いと言われていたが、この家に移ってから、まっさきに用意されたように思う。

(もしや、サラが気を遣ってくれたということか?)


 この世界に、デザイン性や機能性はともかく、しっかり下着の概念があることは知っていたが、それらを特に気にするのは貴族だと、そのときに聞いた。

 前世にくらべ、あまり洗練されたデザインではないにしても、その中でも魅力的なものを用立てられているに違いない。

 そんなものがふくらみとともに透けて見えては、9歳の男子にとっては、いささか刺激が強すぎたことだろう。

 精神年齢的に、彼はまだ子供なのだからと、無意識に侮ってしまっていたかもしれない――そこは反省しておかなければ。


「――聞いておられるのですかっ、お嬢さまっ!」

「あ、はい……そうですね、今度からはサラシでも巻いておきましょう」

 スポーツブラのようなものでもあればよかったが、それらしいものは存在しないようなので、ひとまずは細長い麻布を用意してもらうことにする。


(しかし……いまくらいであればいいが、これ以上に大きく育つと、少し剣が振りにくくなるかもしれないな……ふふ、困ったものだ……)

 今生を迎え、こんなに若いうちから、そんな贅沢な悩みを抱えることになるとは思わなかった。

 前世でひそかに試した体操の効果が、ようやく現れたのかもしれない――。


     …


 などと考えているうちに朝食の時間を迎え、ミーアは両親から、別荘での過ごし方について話を聞いていた。


 以前にも聞いたが、あちらで過ごすのは二週間ほど、月末までとなっている。

 基本的には別荘地でも、日常と変わらぬ過ごし方をし、大人たちはさほど負担にならない仕事をしたり、報告を受けたりするらしい。

 もちろんそれだけでなく、日頃は時間が取れない読書にいそしんだり、女性陣は刺繍をしたり、教えたり、お茶会に花を咲かせたりもするそうだ。


 逆に男性陣は乗馬、もしくは狩りなどをおこなう――それを聞いたとたん、ミーアは露骨に目を輝かせてしまう。

 それ以外にも家族で、ボート遊びやピクニックなどもすると聞いていたが、ミーアの頭はすでに、狩り一色で埋め尽くされていた。


(これは――弓か、弓の出番だなっ!)


 かつての生家は剣術指南が主流の道場だったが、体術や弓術もたしなみとして、指導を受けていた。

 こちらでの狩りがどういう形式かはわからないが、銃器がないのだから、弓あるいは槍というところだろう。

 食後に確認したところ、それらに加えて罠の利用などもあると聞き、興味はさらに加速していく。


 そんなわけでミーアの用意する荷物には、弓づくりに使うであろう道具や材料までが詰められており、確認したサラは、容赦なく頭を抱えた。

「……これは必要なものですか、お嬢さま」

「はい、必要です」

 英語の教科書じみた会話をしながら、目を輝かせるミーア。

 その純粋な笑顔には怒ることもできず、刺繍用の針や糸も詰めることを条件に、サラはお嬢さまを許すしかなかった。


「……お願いですから、危ないことだけはお控えくださいませ」

「ええ、もちろん。そうでなければ、狩りにも出かけられませんからね」

 満面の笑みで答えるミーアに、ひたすら不安を抱きながら――。


     …


 そうして荷物をまとめ終えたミーアは、窓から庭園の一部を眺めていた。

 そこで花壇の一角にかがみ、楽しそうに笑い合っているのはもちろん、レティシャとリュナンである。

 どうやら、昨日の種を植えているようだ。

 避暑地にいる間は水やりができない、しかしいまのうちでなければ、リュナンと植えることができない。

 天秤にかけたレティシャは、リュナンとの共同作業を選んだのだろう。


「お二人とも、以前より雰囲気がやわらかくなられましたね」

 ミーアの視線を気にしてやってきたサラも、その光景に唇を緩めている。

「お嬢さまの贈り物が、よほど気に入られたのでしょうか」

「そうかな……そうだとしたら、うれしいのですが」


 マリーゴールド。

 前世ではいくつかの花言葉があり、嫉妬や絶望といったものから、変わらぬ愛、可憐な愛、健康などというものまで幅広い。

 店舗で確認したところ、こちらには花言葉という文化そのものがなかったため、安心して購入できた。

 その愛らしい花の姿は、レティシャにぴったりだと思えたから。


(まぁ――勝手に花に意味を持たせることが、そもそもおかしいわけだが)

 この国、この世界ではそうした文化が芽生えないことを願いつつ、二人の様子を静かに見守っておく。

「……あの、お嬢さま。あまり出歯亀をされるのは、品位に欠けますかと」

「そ、そうですね……このくらいにしておきましょう」

 二人がむつまじく微笑み合っているのを見て、そっとカーテンを閉じた。


 願わくばこのバカンス中、さらなる進展があることを願いながら――。


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