第一話 また連れてきてる
真夏の午後、ライエット子爵家の小客間には、冷えた硝子杯が五つ並んでいた。
薄く緑を帯びたメロンの果肉。その下には、果汁を閉じ込めた淡い琥珀色のジュレ、ミルクの香りが濃いクリーム、しっとりとした焼き菓子が重なっている。いちばん上には丸くくり抜いた果肉が三つ。銀の器で冷やした甲斐があり、硝子の外側には細かな水滴がついていた。
「エリール、先に飾りだけ取っては駄目よ」
シェリル・ライエットが言うと、末妹の手が止まった。
「まだ触っておりませんわ」
「匙を持って、どれから食べようか考えていただけですものね」
「そうですわ。お姉様は、わたくしを食いしん坊だと思っていらっしゃるの?」
エリールは頬を膨らませながら、匙をきちんと皿へ戻した。十五歳になる末妹は、四姉妹の中でいちばん華やかなものに弱い。帽子なら羽根飾り、靴なら留め金、菓子なら最後に載せた果物へ真っ先に目が行く。
それが商品を見る目として役立つことを、シェリルは知っていた。
「食べる前に、見た目の感想を聞かせてちょうだい」
「とても綺麗ですわ。けれど、この緑の葉は少し地味。白い花を添えたほうが夏らしくなると思います」
「花を載せたら、その分だけ高くなるわよ」
向かいに座る次女マリルが、すぐに口を挟んだ。
「だったら、薄く切った果肉を花の形に並べたら? 同じメロンを使うなら、材料費はそれほど増えないでしょう」
「手間は増えます」
三女のサミュールが硝子杯を横から眺めている。
「それから、わたくしの分だけ右へ傾いています。下の焼き菓子が薄いのかも」
給仕をしていた侍女が身を屈め、杯の底を確かめた。
「申し訳ございません。厨房へ伝えてまいります」
「そのままでいいわ。どのくらい保つか見たいの」
シェリルは侍女を呼び止め、卓上の小さな砂時計を返した。
「では始めましょう。クリームだけ、果肉だけと分けず、上から底まで一度にすくってみて」
四本の匙が、冷えた硝子杯へ入った。
熟したメロンは、匙の先が触れただけでなめらかに切れた。
噛むと冷たい果汁が舌の上へあふれ、花に似た香りが鼻へ抜けていく。クリームには砂糖がほとんど感じられない。それでも味が薄くならないのは、果肉の甘さが十分に乗っているからだ。
下のジュレには、わずかに柑橘の酸味が入っていた。メロンの甘い香りが続いたあと、その酸味が口の中を軽くする。
最後に焼き菓子のやわらかな歯触りと、染み込んだ果汁が残った。
「おいしい……」
エリールが、今度は飾りの果肉も一緒にすくった。
「これなら花は要りませんわ。メロンだけで十分綺麗ですもの」
「ずいぶん早く変えたわね」
「食べる前には分からなかったのです」
「それでいいのよ」
シェリルも二口目を取った。今度はジュレを少し多めにする。冷たさの奥から、完熟した果肉の香りがゆっくり上がってきた。
よいメロンだった。
一日早く切れば、この香りは出ない。二日遅れれば果肉がやわらかくなりすぎ、クリームの中で水が浮く。厨房の腕だけで、いつでも同じ味にできる果物ではなかった。
「値段は?」
マリルは半分も食べないうちに尋ねた。
「今の大きさなら、昨年出した苺の杯より二割ほど高くなるわ」
「それでも売れると思う。毎日出さず、夏の決まった日だけにしたら?」
「予約も取れるわね」
「持ち帰りは無理です」
サミュールの杯は、すでに最初より傾きが大きくなっていた。
「焼き菓子が果汁を吸っています。もう少ししたら、底が崩れます」
「そこは今日、時間を測りましょう。運んで売る品にはしないつもりよ。店内で食べていただくなら、二十分保てば足りるわ」
「若い令嬢は絶対に好きですわ」
エリールが硝子杯を両手で持ち上げ、光に透かした。
「お母様くらいの方には?」
「ジュレを増やして、クリームを少なくしたほうがいいかもしれませんわね」
「男性客なら?」
シェリルが尋ねると、三人の匙が止まった。
「……アレック様に聞けばいいんじゃない?」
マリルが、卓の空いた一席を見た。
五つ目の杯は、まだ銀盆の上で冷やされていた。
アレック・エンコード。エンコード子爵家の嫡男で、シェリルの婚約者。果物の集荷や保管、王都までの輸送を担う家の跡取りでもある。
甘いものを好んで食べる人ではない。だからこそ、今日の試食には彼を呼んでいた。菓子好きの四姉妹がそろっておいしいと言っても、客全体の感想にはならない。
「遅いわね」
マリルが砂時計を見た。
「馬車の経路を確かめてから来るそうよ。試食の刻限には間に合わせると、朝の手紙には――」
廊下から、扉を急いで開ける音がした。
「待たせたな、シェリル」
アレックが帽子を片手に入ってきた。
その腕に、淡い黄色のドレスを着た若い娘が手を添えていた。
「ああ、ネリアも食べてみたいと言うので連れてきた。構わないだろう?」
挨拶より先にそう言い、アレックは空いている椅子を娘へ勧めた。
ネリアはシェリルへ軽く頭を下げると、卓上の杯へ身を寄せた。
「まあ、本当にメロンですのね。アレックが、ライエット家では珍しい果物を好きなだけ食べられると話してくれたの」
「試食だよ。遠慮はいらない」
アレックは給仕の侍女へ向かって、椅子をもう一脚運ぶよう指を振った。
シェリルは銀盆を見た。
冷えた硝子杯は五つ。
部屋にいる試食者は、六人になっていた。




