第三話 守られた契約 ― 初めての支払い ―
制度が始まってから、十日ほど。
辺境の街【オーダリー】で活動している冒険者の数は、およそ三百。
そのうち【S.O.M.P.O. ジャン】に名を連ねた者は――
わずか、七人。
数字だけを見れば、
失敗はすでに決まっているようにも思えた。
「物好きだな」
「どうせ、いざとなったら難癖つけて払わねぇさ」
ギルド併設の酒場では、
そんな声が当たり前のように交わされていた。
帳面に名前を書いた者たちは、
どこか居心地が悪そうに視線を逸らす。
そして書かなかった者たちは、
安心したようにエールのジョッキを打ち鳴らした。
昼下がりのギルド執務階。
【S.O.M.P.O. ジャン】窓口に、一人の冒険者が訪れた。
「――俺も入る。パーティー全員だ」
低い声だった。
言葉を発したのは、Bランク冒険者ローデン。
パーティー名【緑の息吹】のリーダー。
派手な武勲はないが、
十年以上この街で生き残っている男だ。
クロード・ジャン・アルヴェインは、顔を上げる。
「……よければ、理由を」
問いかけは短い。
ローデンは、ほんの一瞬だけ黙り込んだ。
それから、ゆっくりと首を振る。
「聞かない方がいい」
クロードはそれ以上追及しなかった。
パーティー構成や各種条件を確認し、
告知義務と通知義務を淡々と説明する。
そして自ら帳面を開き、その名を書き入れた。
同じ日の夕刻。
酒場の一角で、
また別の視線が集まっていた。
「おいおい、聞いたか」
「保険に入るんだとさ」
笑われていたのは、
Eランクの新人冒険者ルーカスだった。
この街で剣を握るようになって、
まだ一年にも満たない若者。
「死ぬ前提か?」
「臆病者だな」
からかい混じりの声が飛ぶ。
「……生きて、帰るためです」
その声は小さかったが――
逃げなかった。
一瞬の沈黙。
だがすぐに誰かが鼻で笑うと、
ジョッキが再び打ち鳴らされた。
――三日後。
依頼は、Cランクの魔物討伐。
ローデンを含む四人のパーティー【緑の息吹】だった。
力量は足りていた。
回復役もおり、撤退基準も事前に確認していた。
魔物の集団がパーティー人数を超える時は接触を避け、
四匹以下の時だけ戦闘を行う。
示された基準を守りながら、
戦闘は順調に進み、想定通りに終わった。
討伐証明を集め終わり、
帰路につこうとローデンがみなに声をかける。
「――よし、帰るぞ」
その言葉に、笑顔になる仲間たち。
一瞬気が緩んだ、
その時――
洞窟の奥から、鈍い音が響いた。
「――なんだ!?」
反射的に、ローデンが音の方へ振り向く。
連鎖的に音が近づき、
その音が頭上を通過した。
(……なんだ、この音は……?)
ローデンが不安を覚えた次の瞬間――
天井の岩盤が、崩れ落ちた。
ほぼ同時に響く――悲鳴。
「――ぐぁっ!」
頭部への直撃は免れたが、
一人が瓦礫の下敷きになり、左脚を砕かれた。
即死ではない。
だが、自力での行動は不可能。
仲間たちは――迷わなかった。
魔物の再出現を警戒しつつ、
事前に決めていた通り戦闘を避ける。
救出と撤退を、最優先に切り替えた。
――夕刻、ギルドの執務階。
冒険者ローデンが、
息を切らせて【S.O.M.P.O. ジャン】窓口を訪れた。
促され訪れたギルド併設の治療院には、
ベッドに横たわる一人の少年。
一目見てわかる、重傷。
ベッドの傍らでは、
少年の仲間たちが心配そうに覗き込んでいる。
クロードは、
迷わずミドルポーションを取り出した。
「保険金不支給に該当した場合は、金貨二十五枚――構いませんか?」
ローデンは頷き、
ミドルポーションを受け取った。
半分を傷の酷い場所に振りかけ、
残りを飲ませる。
「うっ……あ……」
少年の荒い呼吸が、
ゆっくりと整っていく。
砕けていた脚の傷が、
静かに閉じていった。
その様子をやや遠巻きに見ていた老人が近づき、
「あとは、七日も養生すれば大丈夫じゃろう」
老人――
ギルド治療院院長ハ―サムが確認し、
「楽ができて助かるわい」
と、クロードを見て笑う。
それを見て、
ようやく仲間たちの顔に安堵の笑みがこぼれた。
それとほぼ同時に、
少年の家族がギルド職員に連れられ、少年の元へ駆け寄った。
「今日はここで様子を見るが、
明日からは家でしっかり休ませるように」
ハ―サムの言葉に、全員が頭を下げる。
傷は塞がったが、
ポーションでは失った血液までは戻らない。
七日は、
血液が戻りはじめるまでの必要日数。
事前にクロードが確認し、
支給対象に組み入れた休業補償金額の根拠だ。
「――それでは」
クロードは布に包まれた小箱を開き――
【真贋の宝玉】を机に置いた。
「――ほぉ!これが!?」
ハ―サムが興味津々に覗き込んだ。
苦笑いし、
クロードが言葉を続ける。
「院長の希望により、ここで状況確認をさせてもらいます。よろしいですか?」
ローデンは無言で頷き、
状況を説明していく。
戦闘の状況。
崩落の瞬間とその後の行動。
宝玉は虚偽反応を見せることなく、
澄んだまま。
クロードは帳面を閉じた。
「今回の事故は支給対象です。減額もありません」
使用済みのミドルポーションは無料。
机には――
休業保障の金貨七枚が置かれた。
彼らが払った保険料は、
銀貨四枚。
机の上には――
金貨七枚。
そして、
空になったミドルポーションの瓶。
「……本当に、払われた」
見つめたまま、
しばらく動けなかった。
ようやく手を伸ばしても、
金貨の重さがまだ信じられなかった。
それは金貨の重さではなく、未来の重さだった。
家族は涙を流しながら、
何度も頭を下げた。
その姿に、
仲間たちは微笑みを浮かべた。
――その事実は、瞬く間に噂となった。
その夜の酒場。
「怪しいと思ってたが……」
「いや、使えるかもしれねぇな」
噂の質が、
明らかに変わっていた。
疑念ではなく、
計算の声。
「高額依頼、考え直すか」
「回復役、ちゃんと入れようぜ」
エールのジョッキが、
以前より静かな音で打ち合わされる。
そのざわめきを、
クロードは酒場の隅で静かに聞いていた。
帳面の裏表紙に刻まれた名が、
酒場の喧騒を反射する。
――【S.O.M.P.O. ジャン】
剣と魔法の世界に、
責任という名の契約が、初めて守られた日だった。
そしてそれはもう――
無かったことにはできない事実となった。
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次回更新:3/29(日)20:00予定です。




