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15. 減点ものの私、公爵様に頬をムギュッと触られる



 たくさんの課題が明らかになった実地検証が終わって、二週間。

 修理に出していたバレッタが戻ってきたので、いつも通りハーフアップの結び目につける。

 そうそう、これこれ、この感じ。


(割れてしまわなくてよかった)


 魔石は、もちろん粗末に扱えば壊れるし、保有魔力にそぐわない魔方陣を発動しても割れてしまう。


 もうこの魔石は魔力が枯渇して本当に硝子玉のようになっているけれど、関係ない。これは最近、私の強力な御守りであることが証明されたし、そうでなくとも定期的に磨いては欠かさず髪を飾っていたのだ。

 

 ふとしたときに頭を傾げては、重みを確かめてみる。いけないいけない、いくら研究室に一人だからって、ニヤけたら変な人だ。……一人だからこそニヤけたら気持ち悪いな。

 

 そんな私は実地検証が終わってからというもの、研究室に籠もって、ひたすら設置場所管理の魔方陣について考えていた。


「うーん」


 はい、今日も進捗芳しくありません。

 思わず背もたれにずしりと体重を預けて、天を仰ぐ。


(発想はいいと思うんだけどな)


 魔石の在り処を一括で管理する。それに加えて、魔石の魔力補給をするタイミングを知るための「残魔力」も、魔石の交換時期を判断するための「摩耗状況」も管理したい。


 誰もが目で見て確認出来るようにしないと、結局「特定の誰か」に頼ることになってしまう。

 ……属人化というものは、組織としてよくないよね。研究者は属人化の組織だけど。


(私が使った在所陣は、ルシアン様しか受け取れないようになってた。それだと結局彼一人の負担になってしまう。それはなんの解決にもならないわ)


 とすると、地図上にそれらの情報を映し出すような仕組みが必要よね。それを魔力消費を少なく実現したい。


「うーん」


 あーー、だめだ。今日もだめだ。

 手元には書き損じた魔法陣が大量に広がっている。


 こうしたらいいのでは? あ、でもこの要素も入れたいし……と、書きながら改善点なんかを思いついて反映しようとして、ぐちゃぐちゃな陣とも言えない未完成な図形が次々とできあがっていく。

 

「うーん」


 ――私、さっきから唸ることしかできていないのでは?


 モヤモヤと晴れない思考に辟易としながら、ペンを置く。指先にはいつの間にか黒のインクが滲んでいた。

 

 もう一度要素を整理しよう。

 ……はあ。この流れもこの二週間何度繰り返したことか。


 机に置いたカップの中の紅茶は、一口もつけずに冷えている。休憩しようと思って入れたのは、一体いつのことだったか。

 時間が無意味に過ぎていくようで、落ち着かない。


 王太子殿下独断のこのプロジェクト自体は、日程感が具体的に決められたものではない。だから私が、この研究が有用であることを示したくて勝手に空回っているだけなんだろう。


(だって仕方ないじゃない。認められることなんてあまりに珍しいことなんだもの。……頑張りたいって思ったっていいじゃない)


 だらしなく机に突っ伏して、ままならない状況に唇をとがらせた。いいもん、いったん不貞寝してやる。



 ――トントン



 研究室の扉がノックされた。


「リネット? どうぞ、開いているわ」


 貴族令嬢として、いやその前に人としてどうかと思うが、だらけきった体勢のまま返事をする。

 扉がカチャリと開き、そして静かに閉まった。


「……?」

「やあ、エマ嬢。お邪魔するね」


 聞こえてきたのは、聞き間違えるはずもない、低く落ち着いた声。

 

「っ!?」


 弾かれたように跳ね起きる。慌てて手櫛で髪を整えようとして、――あ、指にインクついてたんだっけ!


 咄嗟に手を宙でとめて、軽く頭を振った。長い髪が背をさらりと撫で、バレッタはいつもと同じようなところで揺れた。よし、きっといい感じに収まった……と、とりあえず今は信じる。


 もう、私ったら今日に限って何やらかしてるのかしら。

 リネットにしては、お上品な扉の開閉音だと思った!


「ル、ルシアン様……! ええっと、こんにちは」

 

 精一杯の微笑み。淑女の仮面だ。つまりどうか触れないで、そして今すぐ忘れて!


 ルシアン様は小首を傾げると(あ、あざと……、うわ馬鹿、考えない考えない)、いつものように穏やかに目を細めた。


「進捗はどうかな、と思って。急に来てしまってごめんね」


(ええ、ええ、本当に!)


 そしたら、こんな散々な出迎えはしなかったし、研究室だって……、うわ、部屋大変なことに。何冊もの魔導書は開きっぱなしだし、メモやら魔法陣やらがかかれた羊皮紙がそこここに散らばっている。


(自分の身嗜みを気にしている場合ではなかったのでは!?) 

 

 今度は慌てて立ち上がって羊皮紙を拾う。ルシアン様が扉の前から一歩も動かないのは、紳士的な振る舞い……ではなく単に足の踏み場がなかったからね!


「……羊皮紙、僕が触れても大丈夫かな?」

「え? ええ。……あっ、やめて、ルシアン様。私が拾いますから」


 なんと、国の至宝たる公爵様にぐちゃぐちゃゴミ……もとい私が書き殴った羊皮紙を拾わせている!

 研究内容が書かれているであろう、機密性が高く、もしかしたら危ないものに、触れていいか確認するのがさすが思慮深いルシアン様……じゃなくって!


「わー! やめてやめて! じっとしていてくださいっ!」


 もはや不敬もいいところでは?

 でも片付けされるなんてもってのほか! 私は這うように紙を拾い集める。


「うん、わかった。動かないよ」


 春の微笑み、余裕を崩さない立派な貴公子であるルシアン様も苦笑混じりだ。


(居た堪れない……)


 手を忙しなく動かしていると、横目に高い身長が折られたのが見えた。長い指が羊皮紙を一枚拾いあげる。

 動かないって言ったのに……!


「……これ、この前話した管理用の魔法陣だよね」


 はい、そのゴミを見て一発で看破するのさすがです!けど、本当にやめて! 恥ずかしい!


「はい、すみません。見ての通り進捗が芳しくなく……」

「謝らないで。無理を言っているのはこちらだ。むしろ君のことだから、根を詰めすぎていないか心配して来たんだよ。……ほら、頬までインクがついている」 


 な、なんですと!?

 この完璧な美貌の前に、一体どんな有様を晒していたというのか。手の甲でごしごし擦る。


「ああ、そっちじゃなくて……、こっち」


 ルシアン様が自分の左頬をトントンと叩く。

 つられて同じ動きをすると、ふっ、と眉を少し下げて笑った。


「だから、こっちだよ」


 彼は膝をついて私と目線を合わせた。端くれだった親指が迷うようにゆっくりと近づき、私の左の頬をムギュッと勢いよく拭った。

   

「え?」


 身体がギシリと固まった。指先の熱が残るよう……。

 ――って、え? 待って、今頬の肉が凄い持ち上がらなかった?


 ルシアン様、いつもの紳士的な振る舞いはどこへ!?荷馬車でエスコートしてくれたの時あなたの掌は、軽やかでスマートだったのに……。ひどい話だ。


 ……いえ、ごめんなさい。酷いのは私の出で立ちですね。


「あ、ありがとうございます」


 ここはいい大人としてお礼を言うべきところよ。

 でも変顔を披露したのは力加減知らずのあなたのせいなので、幻滅しないようにだけお願いします。切実に。


    

 今日は特に情けないところばかりを見せている気がする。うまくいかないときは、とことんうまくいかないの、なんでだろう。


「はあ……」 


 はっと指先で唇を抑える。

 思ったそばからまただめなところ更新するとは何事だ。

 人前でため息なんてありえないわよ、エマ。


「お見苦しいところを」


 あ、ほら。ルシアン様がほのかに険しい顔をしてしまった。

 くう〜〜、今日の私、減点もの!


 このままだと「使えない研究者」への道、まっしぐらだわ。彼にそう思われるのだけは回避したい。


 仕事で挽回する他ないわ。そうと決まれば、一刻も早くこのゴミ……もとい成功へのタネへ水をやらねばならない。つまり、至急ご退出頂こう。これは仕事のため。よって不敬にはならない。


「あの、ルシアン様。もう少し考えたら目処も立つと思いますし、今日のところは……」


 語尾は濁してみせるけど、さあ、お帰りはこちらです! と言わんばかりに出口の方へ腕も伸ばしてみせる。


 彼は特に動く素振りは見せず、少し目線を下げた。

 

「エマ嬢。明日の早朝、時間もらえる?」


「……へい?」


 

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