↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キャラ文芸短編集  作者: 倉木元貴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
48/69

忘れもの預かり処 第9話

 写真の中の少年が、こちらを向いた。

 次の瞬間には、三人とも元の写真のままでそう見えただけだった。

 風待は写真を手に取った。


「……今の、見ました?」


「見た」


 遥も頷く。


「春樹くんが、動いたよね」


「はい」


「写真って動くものなの?」


「普通は動きません」


「だよね」


 風待は写真を裏返した。


 ──一人だけ、嘘をついている。


 その文字を指でなぞる。


「誰が書いたんだろう」


 遥が言う。


「冬香かもしれません」


「じゃあ、誰が嘘をついてるの?」


 風待は答えなかった。

 写真の三人を見つめている。


「……私でしょう」


 遥は驚いた。


「風待さん?」


「この店を始めた時、私は一つだけ嘘をつきました」


「何を?」


「私は、『忘れものを預かる店』を始めたと言いました」


「違うの?」


「ええ」


 風待は写真を棚へ戻した。


「本当は、探していたんです」


「何を?」


「冬香を」


 遥は息を止めた。


「ずっと?」


「はい」


「じゃあ、どうして『預かる』なんて?」


 風待は少し笑った。


「探していると言えば、見つからなかった時に苦しくなるからです」


 その言葉に、遥は何も言えなかった。

 風待は棚の奥を見た。


「だから、忘れものを預かることにしました」


「それが冬香さんを探すことと、どうつながるの?」


「忘れものは、持ち主のところへ戻ることがあります」


「……」


「だから、いつか冬香の忘れものが、この店に来ると思っていた」


 遥は札を見る。


 ──風待冬香。


「それが、あの札?」


「はい」


「でも、札が出たのは昨日」


「そうです」


「じゃあ……」


 風待は頷いた。


「冬香が、近くにいるのかもしれません」


    ♢♢♢


 翌朝。店の木戸を開けると、一枚の封筒が置かれていた。

 宛名はない。差出人もない。ただ、表に赤いペンで『風待へ』とだけ書かれている。


「……来た」


 風待が呟いた。

 封筒を開くと中には一枚の紙。


 ──兄ちゃん。

 ──まだ私を探してる?


 遥は息を呑んだ。

 風待の手が震えている。


 続きには。


 ──探さなくていい。

 ──春樹も、もう探さなくていい。


 そして最後に。


 ──でも、一つだけ返してほしい。


「何を?」


 遥が尋ねる。

 風待は紙の下を見た。そこには、小さな地図が描かれていた。


 川。橋。古い神社。そして、赤い丸。


「ここ……」


 遥は見覚えがあった。


「風待の店から近いよね」


「はい」


「何があるの?」


「昔の旅館です」


「まだあるの?」


「建物だけは」


 風待は封筒を握った。


「ここが、すべての始まりです」


    ♢♢♢


 古い旅館は、山の中にあった。入口には草が生え、看板も半分朽ちている。


「ここで、春樹くんが見つかった?」


「はい」


「そして冬香さんも来た」


「はい」


「じゃあ、二十二年前に何があったの?」


 風待は答えず、玄関を開けた。


 ぎい。


 中は暗く、埃っぽい空気で満たされていた。畳の匂い。

 遥は足元を照らした。


「誰か、最近来てる」


「え?」


 土埃の上に、新しい足跡がある。二人分。大人のものと、子供のもの。


「……風待さん」


「はい」


「これ」


 遥が指差す。

 足跡は奥の廊下へ続いている。そして、その先には古い部屋。扉の前に、赤いリボンが落ちていた。

 風待が拾う。


「冬香の……」


 その瞬間、部屋の中から声がした。


「兄ちゃん」


 風待の顔が凍りついた。

 遥も息を止める。

 声は幼い。記憶の中から聞こえてくるような、少年の声。


「兄ちゃん、まだ怒ってる?」


 風待は扉を見つめた。


「……春樹?」


 返事はない。代わりに、扉の向こうから紙が一枚、滑り出てきた。

 遥が拾う。


 そこには、子供の字で一行。


 ──『冬香姉ちゃんは、僕を忘れた。』


 風待が目を見開く。


「……違う」


 初めて、声を荒らげた。


「そんなはずはない」


 遥は紙を見つめた。

 けれど、その下にはもう一行、別の筆跡で書かれていた。


 ──『だから、僕も冬香姉ちゃんを忘れた。』


 風待は扉に手をかけた。


「開けます」


「待って」


 遥が止める。


「中に誰かいるかもしれない」


「だからです」


 風待が扉を開く。

 部屋の中には、誰もいなかった。ただ中央に、古い木箱が一つ。その蓋には、赤いリボンが結ばれている。

 風待がゆっくり近づく。


 木箱の中には──一枚の写真と、一本の古い鍵。

 そして、紙が一枚。そこには、風待の字でこう書かれていた。


 ──『春樹を見つけたら、絶対にこの鍵を渡すこと。』


 風待は、顔を上げた。


「……この字」


「風待さんの?」


「はい」


 遥は鍵を見る。

 あの店で見つかった鍵と、よく似ている。けれど、こちらには小さな傷が三つ刻まれていた。

 その時、背後で誰かが笑った。


「やっと来たね、兄ちゃん」


 二人が振り返る。

 廊下の暗がりに──一人の青年が立っていた。

 風待が、震える声で名前を呼ぶ。


「……春樹」


 青年は笑った。


「久しぶり」


 そして、遥を見て、こう言った。


「あなたが、姉ちゃんの忘れもの?」


 青年は、そう言った。遥は返事ができなかった。

 風待も同じだった。

 ただ、青年を見つめている。


「……春樹」


 もう一度、風待が呼ぶ。


「うん」


 青年は笑った。


「僕だよ」


「そんな……」


 風待が一歩近づく。


「お前は……」


 声が震えている。


「死んだはずだ」


 青年の笑顔が消えた。


「そうだね」


「じゃあ、なぜ……」


「分からない」


 青年は肩をすくめた。


「僕も、よく分からないんだ」


 遥は青年の顔を見た。

 写真に写っていた少年と、目元がよく似ている。


「本当に、春樹くん?」


「君は誰?」


「私は遥」


「姉ちゃんの?」


「友達……みたいなもの」


「そっか」


 青年は笑った。


「じゃあ、姉ちゃんは元気?」


 風待が答える。


「……冬香は、いない」


「知ってる」


「どこにいる?」


「知らない」


「お前は知ってるはずだ」


 風待の声が強くなる。

 青年は少し困ったように笑った。


「兄ちゃんは、昔からそうだった」


「何が?」


「全部、自分で何とかしようとする」


 青年は古い木箱を指差した。


「だから、まだ鍵を持ってる」


「鍵?」


「そう」


 風待が木箱を見る。


「その鍵は、何を開ける?」


 青年は答えなかった。

 代わりに、遥を見る。


「あなたが持ってる鍵は?」


「私?」


「うん」


 遥はポケットを探った。以前、猫が持ってきた鍵。まだ持っていた。遙はそれを取り出す。

 すると青年の顔が変わった。


「……やっぱり」


「何?」


「姉ちゃんが、見つけたんだ」


「何を?」


「忘れもの」


 青年は笑った。


「僕の」

おもしろかったら評価、ブックマークよろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。