表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キャラ文芸短編集  作者: 倉木元貴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/12

紅葉に消える恋 第1話

 美里の秋は、毎年決まって鮮やかだった。

 一晩で色が変わったように見えるほど、紅葉は燃えるように濃く、風が吹くたび、さらさらと落ち葉が舞い上がる。それはまるで、森そのものが息づき、季節を奏でているかのようだった。

 

 紗夜は、秋祭りの支度を終え、手に持った鞄を抱え直しながら夕暮れの道を歩いていた。

 橙色の光が木々の隙間から漏れ、道を照らしたり陰らせたりする。その緩やかな明暗の揺れが、紗夜の胸を少し落ち着かなくさせる。

 ──今年の秋は、なぜか胸騒ぎがする。

 そんな予感を抱えながら歩くうち、紗夜はふいに足を止めた。

 

 森の奥、木々が立ち並ぶ影に、ひとりの青年が立っていた。

 まだ昼の名残がほんのり色こく残る空を見上げて、白い吐息をこぼしている。

 村では見かけない顔だ。それだけでなく、彼の佇まいそのものが、どこかこの世のものではないような、不思議な気配を纏っていた。

 

 風が吹き、紅葉がひとひら、ふたひらと青年の肩へ舞い落ちる。

 その瞬間、紗夜の胸に小さな痛みが走った。

 懐かしいような、けれど初めて会ったような──矛盾した感覚。

 自分でも説明できない気持ちが胸の奥をそっと揺らす。

 

 青年がふとこちらを向いた。

 視線が重なった途端、紗夜の身体が少しだけ強ばる。

 けれど彼の表情は驚くほど柔らかく、どこか寂しげに微笑んだ。

 

「……君も、この森に呼ばれたのかい?」

 

 その声は、不思議と風の音に溶けるような響きをしていた。

 問いの意味は曖昧で、答えられない。

 しかし、紗夜の胸は、なぜかその言葉を“知っている”ように感じていた。

 

「……呼ばれた、というのは?」

 

 紗夜が尋ねると、青年は少しだけ視線を逸らした。

 まるで、言葉の選び方を探しているように。

 

「森は、必要な人を呼ぶんだ。風が、紅葉が……それから、季節の隙間が」

 

 意味はよくわからない。

 けれど、嘘をついてるようには思えなかった。

 

 青年は続けて言う。

 

「君が祭りの準備を終えて、この道を通ることも。僕がここに立っていることさえも……全部、森の気まぐれだよ」

 

 そう言って微笑む彼の目は、どこか寂しげだった。

 紗夜は胸の奥が少し熱くなる。

 どうして──この人の寂しさが、こんなにも自分の心に触れてしまうのか。


「また、会えるのでしょうか?」

 

 気づけば、紗夜の口が勝手に動いていた。

 言葉にした途端、頬が熱くなる。なぜこんなことを言ってしまったのだろう。

 

 青年は驚いたように瞬きをして、それから柔らかな微笑みを浮かべた。

 

「……紅葉が散りきるまでは、きっと」

 

 それは約束としても予告ともつかない、不思議な響きを持っていた。

 

 青年は風にふわりと揺れるように背を向けると、紅葉の奥へと歩いていった。

 その後ろ姿は、夕暮れの木漏れ日に溶けていくようにも見える。

 

 まるで──本当に風の化身であるかのように。


 紗夜はしばらくその場に立ち尽くし、胸の奥に残った名もない感情を確かめるように深く息を吸った。

 森の匂いが、どこか甘く感じられる。

 

 ♢♢♢

 それから紗夜は、夕暮れの時間になると、森へ足が向いてしまうようになった。

 偶然を装ってはいるものの、心のどこかで期待している自分がいる。

 

 そして本当に、青年はそこにいた。

 紅葉の下に、静かに佇んでいる。

 

「今日も……いるんですね」

 

 紗夜が声をかけると、青年はどこか照れたように微笑む。

 

「呼ばれたからね。……君に、かもしれないけど」

 

 その言葉に胸が跳ねた。

 けれど、目を逸らすのは紗夜の方だった。

 

 風がひと吹きし、落ち葉が舞う。

 赤、橙、黄が混じった葉が、二人の間にひらひらと舞い落ちる。

 

「──あ、あの……お、お名前を聞いてもいいですか?」


 青年は頷くこともせず答えた。

 

らん。タデアイの藍」

 

「私は──」


「知ってる。紗夜」

 

 名前を知られていることの違和感よりも、紗夜にはその光景がたまらなく愛おしく思えた。

 

「紗夜は、祭りの歌を覚えているかい?」

 

 青年がふいに問う。

 

「え……子供の頃の歌なら、少しだけ」

 

「聴かせてくれる?」

 

 頼まれるまま、紗夜は小さく、村に伝わる古い調べを口ずさみ始めた。

 秋祭りの時に歌う、緩やかな旋律。

 風とともに揺れるような歌詞。

 

 青年は目を細めて耳を傾ける。その表情は、懐かしさと寂しさを半分ずつ抱えたような顔だった。

 

 ──どうして。

 どうしてあなたは、そんな顔で歌を聴くの?

 

 歌い終えた後、青年はぽつりと言った。

 

「ありがとう。……人の歌声を、こんな近くで聴いたのは久しぶりだ」

 

 その言い方があまりにも不自然で、紗夜の胸がざわめく。

 けれど、問いただすことはできなかった。

 

 夕陽が沈みかけた頃、青年はふっと空を見上げた。

 

「もう行かなきゃ」

 

「どうして……夜までいられないの?」

 

 紗夜が勇気を出して尋ねると、青年は少しだけ肩を震わせた。

 それが笑いなのか、哀しみなのか、判別できない。

 

「夜は──僕にとって、あまり良くない時間なんだ」


 意味はわからない。

 けれど、彼が嘘をついているようには思えなかった。

 

「また、会える?」

 

 紗夜が問うと、青年は夕暮れの中で微笑んだ。

 

「紅葉が散りきるまでは……きっと」

おもしろかったら評価、ブックマークよろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ