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滅亡の軌跡  作者: 部屋で独り
第一章 
3/9

第三話 さて、ここはどこか

 前後左右、臨む景色すべてが真っ白で何も無い空間に一人の青年がいた。

 自分はどこにいるのか、なぜここにいるのか。何も理解できない状況だというのに何の疑問も抱かない彼はポツンと残されている椅子に腰掛けている。


 何もない部屋、果てのない空間で彼の目に自身の人生の歩みが映る。

 無数の絵画が情報となって脳内に流れ込んでくる。


 嬉しいことがあった。楽しいことがあった。寂しいことがあった。辛いことがあった。怖いことがあった。許せないことがあった。


 物心ついた頃からつい先程までの記憶が絶え間なく映る。

 最新の記憶になるにつれ、負の感情を抱き続けていることを再認識させられる。


 きっかけは2~3年前、確か19歳のときか。お母さんの後押しもあって田舎の村から王都へと旅だったことから始まったんだったな。


 そうか。もうそんなに経ったのか。

 色々あった。

 やらなきゃいけない事ができたというのに‥‥‥。


 最後の光景は、やはり老人エルフと出会ったあの森の中だった。


 やっぱり俺は死んだのか。

 それもそうか、胸に矢が刺さっていたし毒も食らってたし。

 当然だな。

 察するにここは死後の世界ってやつか。昔読んだ本にそんな世界があるって書いてた。訪れた人に人生を振り返らせて天国行きか地獄行きかを天使が判断するってあれだな。しかし‥‥‥天使らしいのは見当らないんだが。


『──い、お──。お───、き──えて──』


 うん?なんか急に頭に声が響いてきた。


 静寂の世界に突如響く何かの声に青年は一瞬驚きを見せるが、すぐさまそれが「なに」であるかという答えに辿り着く。


 あ、これが天使か。本には人の理解の範疇を逸脱し生命を超越した存在とあった。

 姿は見えず何言ってるのかもわからないのはそのためか。


 理解できないものに多少の困惑を示したところである事に気付く。


 あれ?手がない。


 癖のようにポリポリと頭を掻こうとしたとき、手先に感覚が宿っていないことに気付き、そちらに目線を向けると手首から上が無かったのだ。

 手首から光の粒子が宙に霧散していく。この粒子が俺の手だったってことか。

 それは徐々に肘へと侵食していく。

 下半身は既に無い。


 普通ならばパニックでも起こしていただろうが何故か平気だ。

 心は平穏。というより何も感じない。

 ただただ無機質。


 ああ、眠い。


 ふいに襲う強烈な微睡みに抵抗することなく青年は静かにまぶたを下ろす。

 そうして意識を深く沈ませた瞬間、その世界から青年の姿は跡形なく消失した。



ーーー


「ここは一体‥‥‥」


 青年の目を覚ました後の最初の行動は上体を起こして周囲の確認だった。

 見知らぬ空間。まるで地面を掘ってそのまま成形したかのような四方が土壁で覆われた一室。そこには木製の机と椅子、そして今自分が座っているベッドがあるのみだった。


 さっきまで真っ白な空間、あれは夢だったのか。

 そりゃそうだ。五感すべてがちゃんと機能していて妙にリアルに感じたけど普通に考えて人体が光の粒になって霧散するわけない。夢に決まっている。


 再び布団に包まり瞼を閉じる。


 暗闇の中でなぜ自分がこんなところにいるのかと思い出そうと試みるが上手くいかない。

 記憶の混乱が確認できる。寝起きであることも影響しているのであろう。


 そうだ。あの中で記憶の回想を見たんだった。

 夢の内容を当てにするなんて阿保らしいけど、それを辿ればもしかして。


 そうして深い集中に入る。


 まず思い出したのは母親に見送られて村から王都へ向かった光景。

 初めて馬車に乗ってかなり興奮したんだった。ただ代わり映えしない光景が延々と続いたため三時間で飽きて、到着までの数日が辛かったのがいい思い出だ。


 次は王都の牢屋で暮らしていた光景だ。躓いて屋台で買ったジュースをお忍び中だった第二王女にぶっかけたせいで投獄されたんだった。あとで知ったんだが当時第二王子が暗殺された直後でみんなピリピリしていたんだとか。タイミングが悪かったやつだな。


 次は、これか。

 その次は

 ・

 ・

 ・


 ああ、これだ。


 最後に思い出すのは街から逃げ出している光景。

 肺を突き破り胸から飛び出している紫の矢尻。全身へまわる猛毒が満身創痍の体へ容赦ない追い打ちをかける。

 誰が見たって助からない。

 しかし────。


「ッ⁉」


 そこでようやく気付いた。


「生きてる」


 急いで上体を起こし、傷跡を確認するように触れる。


「は?傷がない?なんで‥‥‥」

 

 あれほどの傷だ、痕が残らない方がおかしいというもの。

 不思議に思いつつ、寝台から下りて立ち上がると着ている服が違うことにようやく気が付く。

 血濡れたボロ布から上質な綿製の服へ。


 ただそれよりも、高級な綿服よりも気になることがあった。 

 それはさっき服の肌触りをチェックしたとき、チラッと見えた自分の腹筋だ。


 シャツを脱いで上裸になる。


「俺ってこんなに引き締まった体してたかな?」


 キュッとよく絞られ均整の取れた肉体美。

 以前確認した時よりも一回り程細くなっているような気がする。肉が落ちたことによって隠れていた筋肉が浮き出たという感じでもない。

 最後に見たのも結構前だからな。

 努力は裏切らないってヤツか。


「力こぶもほら、こんなに───」


 ググっと腕に力を入れて隆起した筋肉を確かめているとその瞬間───。


 ガチャリ。


「入りますよ~」

 

 扉が開く。


「「・・・」」


 お湯の張った桶とタオルを持ってきた女性がノックも無しに入ってきて。

 視線を交えて俺は一言。


「違うんですっ!!」



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