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グレイ  作者: 家端独
第二章
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第二十五話 お勉強

 魔術訓練開始からおよそ2時間が経過した頃、レイラは魔力が枯渇したことにより気を失い、ユリウスに背負われて自宅へと帰っていった。


 一人になった俺は魔術学園を後にし、先日門前払いされた大図書館に再挑戦していた。

 といっても、ユリウスの言っていた通り、例の徽章を見せると受付嬢は顔を引きつらせて中へ通してくれたので問題なかった。


 流石、帝国で2番目に大きいといわれるだけありかなり広い。

 全体的に窓が少なく日光が入らないようになっている。その代わりに、いたるところに光を放つ魔道具が浮かんでいるために暗いと感じることはない。


 入り口から続く中央の通りを進んでいく。


「おお~」


 人の身長など優に超えるほどに高い本棚が延々と続き、そのどれもに本がぎっちりと詰められている。

 噂では蔵書数が数百万を超えると聞いていたが納得だ。


 建物自体、三階から地下四階まであるようなのだが、とりあえず今いる一階を見て回ることにした。


 動植物や魔物についてまとめられた図鑑や帝国や周辺諸国に関する歴史書など、その都度気になった本をペラペラと立ち読みする。


 館内を歩き回って、思ったより人が少ないなぁなんて考えていると、とあるコーナーに目が留まった。


『ついに入荷!!大賢者オーギュスト・オーウェン集 男たちよ、これを読め!』


「‥‥‥」


 熱く書かれたポップのおかげか、その作品集の棚は空だった。

 それにしても、


「オーギュスト・オーウェン‥‥‥」


 どこかで聞いた名前だ。どこだったっけ?

 少し記憶を遡るとすぐに思い出した。

 それはテレシアさんとの授業のときだ。現代魔術の基礎理論を構築した人物として一回だけその名前を聞いた。俺は魔術の歴史とか理論とか興味なかったから忘れていたのだ。魔術なんて使えれば何でもいい。実際、頭で念じるだけで発動するし理論とか超どうでもよ。


 興味が失せたトーマは館内散歩を再開する。


ーーー


 腹が減り、適当にきりあげて図書館を後にしたトーマは第三区、いわゆる平民街へ向かった。

 目的地など設定せずに気の向く方向に進むと大きな公園に出る。

 青々とした芝生に舗装された歩道。その沿いにはいくつもの屋台が軒を連ねており、老若男女問わず売り買いしている。

 一言でいえば活気があるというやつだ。


 通りを行きかう人たちの中に俺も交じって屋台を見て回る。


 いや~、テンション上がるなぁ。

 

 ミートパイや煮豆のみのサンドイッチ、カットフルーツ。食品だけでなく安価な装飾品であったり古着だったり。

 屋台通りというよりもマーケットって感じだ。

 こういうところで売ってるものって何故か魅力的に映るもんだ。

 アリアみたいにならないようにしなきゃな。


 なんて思ったところで次々に襲い掛かる誘惑に抗うなんて人の身には難しいこと。

 ていうか、金はあるんだし我慢する必要なんてないじゃん。って思考になるのに大した時間は要らなかった。

 

 トーマの腕の中には、納まりきらないほどの屋台飯が抱えられていた。

 ちなみに、服飾にはまったく興味がないため一つも購入していない。


 一旦落ち着こうと公園内を軽く回ると、最終的に隅の方にあった背中合わせの椅子に腰を下ろした。

 背もたれに体重を預け、はしゃぐ子供やデートするカップル、仲良く散歩している老夫婦などぼんやり眺めながらミートパイを口に放り込む。


 うん、まぁ美味い。


 ちと塩気が足りないが肉のうまみはしっかり感じられるしパイもサクサクでグッド。

 ただ見た目通りの味でしかなく、それ以上でも以下でもない。

 いや、誰でも買えるよう安価に設定してあるんだ。それに過度な質を求めるのは違うよな。


 そんな自己解決?のような勝手な納得をしてモシャモシャ咀嚼していると、ふと背後から気配を感じた。

 気配というより視線か。

 多分、複数。

 微弱でおそらく敵意、害意はない。


 背もたれに頭を乗せるように背後を確認する。


 一見誰もいないが、よく探してみると建物の影の薄闇の中から小汚いボロ布を身に纏った子供たちの姿が確認できた。

 彼らは物影から出てこようとはしないが、生気の輝きをほとんど失ったその目は近くにやってきたトーマのことをしっかり捉えていた。

 

 どの子も体の線は病的に細く頬はこけている。

 俺は飯を抱えて彼らの前にまで持っていく。


 五人だ。

 子供だしやつれているから男か女か区別つかないが、とにかく五人いる。


「食べていいぞ」


 俺は彼らの前にドカッと腰を下ろすと、抱えていた屋台飯を差し出した。

 彼らは警戒してそれに手を出そうとしない。

 俺はまだ食べていない煮豆のサンドイッチを手に取ると、子供たちから距離をとってベンチに座りなおした。


 背もたれに体重を預けて、サンドイッチを咥えたまま天を見上げる。足はだらんと伸ばして完全な脱力をすることで彼らに敵意がないことをアピール。


 サンドイッチは正直まずい。

 煮られすぎてデロデロの豆がいつまでも口の中にいる感じがするので、魔術で生成した水を直接口の中に注いで洗い流す。


 そんな俺の様子を見てか、彼らはついに食べ物に手を伸ばした。

 久しぶりの食事かのように一心不乱に詰め込むため、俺は周囲を確認してから『門』の中からコップを取り出し、水を注いで渡した。

 その時だった。


「おや?トーマ、こんなところで会うなんて‥‥‥へぇ‥‥‥」


 ビクゥッとまるで悪事がバレた時のように肩を震わせたトーマが振り返ると、そこにはユリウスが立っていた。

 ま、まさか‥‥‥『門』のこと見られてないよね?


「へぇ、ってなんだよ。それよりも、お前こそこんなところにいて‥‥‥レイラのことはもういいのかよ」

 

 レイラは数時間前に魔力切れでぶっ倒れたばかりだ。

 心配性のお兄ちゃんがそんな彼女の下を離れるとは意外だった。


「ああ、ついさっき目が覚めてね。もう心配ないよ」


「そうかい、じゃあ何の用?」


「つれないこと言わないでくれよ。ただのパトロールだよ」


「今日は非番って言ってなかったっけ?」


「暇だったんだよ。でもまさか君がこんなことしてるとは‥‥‥すごいね」


 ユリウスは俺の隣に腰を下ろし子供たちを眺める。


「何も褒められるようなことはしてない。むしろ、この程度のことが称賛される方がおかしい。子供の仕事は食って寝て遊ぶ。常識だ」


「そう、だよね。‥‥‥君、帝国人じゃないよね?出身はバルガスかい?」


「ああ、外れも外れの農村だけどな‥‥‥なんで分かった?」


「バルガスは帝国みたいに人口の大半を貧民が占めていたわけじゃないからね。こういう光景、慣れてないと思ってんだ。慣れてる人は‥‥‥あんな感じで見向きもしない」


 ユリウスは寂しそうに公園で遊ぶ人たちを見る。


「やっぱり帝国の、他の都市もこんな感じなのか?」


「ああ」


 トーマの問いにユリウスはただ首肯するだけだった。

 俺はもう一つ、根本的な問いを投げかけた。


「‥‥‥そもそもなんだけど、なんでこんなに貧民の数が多いんだ?」


 教会領、ラトガトと見てきて疑問だった。

 バルガスの王都と比べても数が桁違いだったから。


「知らないのか?‥‥‥ああ、そうだな、簡単に言うと戦争の勝者と敗者の関係がそのまま今の関係に当てはまるかな。事の発端はおよそ500年前、オルグス帝国が行った東大陸の統一を目指した政策なんだ。歴史書なんかでは大陸統一戦争とも呼ばれるね。当時の東大陸にはオルグスの他にもたくさんの国が存在していたんだけど、オルグスは周辺諸国に竜騎士を送り込んで次々に陥落させていったんだ。時間にして三か月くらいかな?オルグスの支配に抵抗しようとした国は植民地となり、戦闘が開始するよりも前、一早く降伏を選んだ南のバルガス王国や西の港市国家は属国として生き永らえた。つまりだ、教会領やここ、ラトガトなどの被差別民つまり貧民は、もともとこの地に生活していたオルグスに潰された国の住民なんだよ」


「へぇ、そんな歴史が。‥‥‥なんで大陸統一なんて目指したのよ?短期間で周辺諸国を制圧出来ていることを見るに、長年一触即発の緊迫状態だったから、とは考えにくいんだけど。他国も竜騎士の存在は知っていただろうし、オルグスの軍事力を侮っていたとも思えない。なんとか戦争を回避しようとしただろうに」


「そうだね、俺もそう思うよ。でも原因は解らない。研究者がいくら当時の史料をあたってもその動機についてだけは書かれていなかった。知っているのは命じた皇帝陛下だけだろうね」


 ユリウスの説明にトーマはつまらなさそうに呟く。


「当時の皇帝のみが知るってか。こりゃ、新しい史料が発見されるまで判りそうにないな」


「何を言ってるんだい?皇帝陛下は今も昔も───」


 首を傾げたユリウスが何か言おうとした瞬間、公園の方が騒がしくなった。


「出たーッ!『赤子戻り』だ!」

「女子供を非難させろッ!!」


 確かにそう聞こえた。


 『赤子戻り』?


 聞き慣れぬ言葉に困惑するトーマの横でユリウスは「またか」とため息をついた。


「トーマすまない、俺はアレを押えてくる」


 そう言ってユリウスは足早に駆けていった。

 一人残されたトーマは食事する子供たちに視線を向ける。

 彼らは詰め込めるだけ口に詰め込んだり、服にくるんで持ち帰る準備をしていたりと様々だった。

 俺は『門』から大きめの風呂敷をひとつ取り出すと、それを広げて渡す。


「これに包むといい。多分全部入る」


 黒髪の子が代表してか、おそるおそると受け取ると俺をチラチラを見ながら飯を包んでいき、すべて包み終えると五人全員がそそくさと薄暗い路地の奥へと消えていった。


「また明日も来るかね」


 俺はそう呟いて再び図書館へと向かった。


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