第二十四話 これが俺のスタイルよ
朝、目を覚ましたトーマは身支度を整えていた。
「う~む」
「どうしたんだトーマ?」
顎に手を当て悩まし気なトーマにアルヴィは尋ねる。
「ん?いや‥‥‥ナイフとか剣とか持ってない?」
「剣?」
武器にこだわりがないトーマとはいえ、使い慣れた物はある。槍だ。魔術師であるトーマが相手との距離を一定に保つためにリーチの長い槍を好んでいることはアルヴィは知っている。
なのに剣を要求してきたのだ。
何のために必要なのだろうかと疑問がアルヴィの中で生まれるのは当然だろう。
「最近ひげが伸びてきてさ、そろそろ剃りたいんだけど───」
「お、お前は剣士の命ともいえる剣で、ひげを剃らせろっていうのか!?馬鹿にするな!!」
アルヴィの怒りは当然だ。プロの料理人の愛用のまな板を定規に直線を引くような所業。叱られて当然なのだ。
「俺の剣をあてにする前にそこらの果物ナイフでどうにかしろ」
アルヴィは突き放すように言う。
「そこらの安物ナイフはすぐに刃こぼれして切れないんだよ」
「切れない?ナイフがひげに負けるって?」
「そう。竜人になった影響か、ひげまで硬くなってたんだよ。いつもは指先に高温の小さな熱球を作って焼いてたんだけど、熱くて熱くて。だから剣貸して?」
トーマは自身の灰色の顎髭に触れながら困り顔で懇願する。
「いやだ。というか‥‥‥そもそも今剣持ってないし。昨日お前から貰った金で今から買いに行くの。前衛はしっかりとした武具を揃えろってお前が言ったんだぞ」
トーマは昨夜の発言を思い出す。
どうやらまだ意識が完全に覚醒していたわけではなかったようだ。
「あー。そういえばそうだったな。じゃあ今日はいいや」
「ん~、朝っぱらからうるさいわねー」
アリアが伸びをしながら目を覚ました。
「おめーは起きるのが遅いんだよ」
共に過ごす時間が増えるほどだらしなくなる残念聖女だった。
ーーー
薄い麻の上下、通称平民セットを華麗に着こなし、それを隠すかのようにテレシアさんから頂いた紺青のローブを上から羽織り、前をきっちり締める。
ローブの広いポケットにお金と徽章が入った麻袋を収納し、俺は二区の貴族街へと向かった。
今日からユリウスの妹レイラに魔術の指導をする。前金は既に頂いているため断れない。
コンコンとパラディース邸の入り口扉を叩くと使用人が出てきたので用件を伝えた。
数分、外で待っているとレイラとユリウスの二人が現れた。
「おはようレイラ‥‥‥とお兄ちゃん」
「おはようございます。今日からよろしくお願いしますトーマさん。いや、師匠」
「いや~。今日は非番だからさ、魔術師の稽古ってのを見たいんだ。邪魔しないから安心してくれ」
グッとサムズアップするユリウスにため息で返す。
別に見られて困るようなことはしないからいいけどさ。
一応、帝国側の人間じゃん。
将来的な敵ではあるから万が一のことを考えると遠慮してほしいのだが、断る理由がないからな‥‥‥。
仕方のないことだ。
「わかったよ。で、訓練場所なんだけど‥‥‥どこかいい所あったりする?なければ、壁の外になるけど」
トーマはラトガトに到着してから一応街全体を巡り歩いており、魔術をぶっ放せるような場所などないことは知っていたが、それでも念のために聞いてみた。
それはトラブルを避けるために、あえて調べなかった箇所があるからだ。
パラディース邸のある貴族街はその一つだ。
「あ、それなら私が通ってる魔術学院なんかどうですか?上級魔術でも壊れないほど頑丈な修練場がありますし、教本もたくさんあります。私、案内しますよ」
魔術学院か‥‥‥。
そういえばレイラは学院生だったな。
「うーん。そんな上等なもんは授業とかで使ってるだろ。それにユリウスはともかく俺みたいな奴が入ってもいいのか?」
ユリウスは帝国最高位である十二将の一人、リット・クランゼルカの側近だ。それに学院生の親族でもある。
仮に侵入を問われてもなんとかできるだろうが俺は違う。身分を示すものを持たない俺が捕まったときどうなるかは想像がつかない。
難色を示すトーマにレイラは明るく答える。
「大丈夫ですよ。今は長期の実習期間中ですから。多くの生徒は腕を磨きに学園の外に出てますし、残った生徒も自費で雇った講師を学院内に連れてきたりしてます。心配ないです、任せてください」
レイラは成長途中の胸をムンッと張る。
「へぇ、じゃあそれで行こう。ユリウス、なんかあったらちゃんと助けてくれよ?」
「俺の助けなんてなくとも昨日渡した徽章を見せれば何とかなるよ」
あ~、そういえば身分証の代わりになるって言ってたな。
「その言葉信じるからな。よし、じゃあレイラ案内お願い」
「はい!」
俺たちは元気よく先頭を進む彼女のあとに続いて魔術学園にお邪魔した。
ーーー
正門から接続される道の先にはレンガ造りの大きな校舎が三棟。
右手に見えるのは騎士団の兵舎のものより数倍は広い修練場だ。ところどころに的と思しきものが見え、修練中の生徒はそれ目掛けて魔術を放っている。
生徒の傍らには彼らが雇ったのだろうか、講師の魔術師らしき人物が指導にあたっている。
校舎の規模を考えると修練に励む生徒の数がやけに少なく思える。
例の実習とやらで外に出ているのか。
「ここでいいか。よし、じゃあ俺たちも始めよう」
俺たちは空いているスペースに納まり、レイラの指導を開始した。
「まず最初に聞いておくことがある。君の目指すものは何だい?」
「目指すもの?」
「そう。こんな魔術師になりたいとか、この属性を伸ばしたいとか何でもいい。憧れてる人とかいないの?」
目標が分かれば方向性はおのずと見えてくるもんだ。
「そうですね‥‥‥私、トーマさんみたいな魔術師になりたいです」
「俺!?」
驚愕しているトーマの横でユリウスはうんうんと頷いている。
「レイラはきっと俺と戦っていた君を、つまり戦える魔術師を目指しているんだろう。現代の戦闘において魔術師の役割は後方の固定砲台というのが主流だ。このフォーメーションは軍も冒険者も同じ。この年頃の子たちは物語に出てくるような武術も魔術もできる『強い』キャラクターに憧れるもの。そのため学院は実習期間で実戦を通して生徒たちを理想から現実と合理へ引き戻すそうとしていたんだが‥‥‥レイラの場合、その理想を体現したような人間が目の前にいるから‥‥‥」
ユリウスは困ったように解説する。
どっちも出来るなんてないこと知っているからだろう。だが妹に現実を突きつけるのには抵抗があるといったところか。
「えぇ‥‥‥でも俺そんなに強くないよ。ユリウスの動きに反応しきれてなかったし、魔術も見切られてたし‥‥‥」
「そんなことないです。相手がお兄様だったからです」
「‥‥‥うん、まぁ分かった。とりあえず、俺みたいに魔術を使えるようになりたいってことだね。武術の方はお兄ちゃんに教えてもらいなよ」
ぐぬぬ‥‥‥と顔をしかめるが仕方なく了解した。
それにこれはトーマにとっても悪い話ではなかったのだ。例えばここで知らない魔術師の名前を出されても知らないのだから指導のしようもないのだが、それが自分なのであれば自分が行ってきたことをそのまま彼女にすればいいからだ。
そして自分が行ってきた修行法は特殊なものではなく、ただ魔力が尽きてゲロ吐くまで魔術を撃つだけ。用意するものなどなく身一つで出来るお手軽訓練法なのだ。
こほんと咳ばらいを一つして、
「よーし、じゃあ早速始めていこうか。なんでも好きな魔術をあの的に撃ってみなさい」
トーマは約50メートル先にある魔力が込められている金属製の的を指さした。
「はい!『偉大なる水の聖霊よ、その力の一端で以って眼前の敵を打倒せ。ウォーターボール』」
レイラは腰からワンドを取り出し構えると、小さな水球を射出した。
サイズもスピードも予想を下回っており、そもそも的に命中する前に地面に染みを作るだけだった。
「どうですか!?」
ギュルンッと振り向き、評価を求めるレイラにトーマはひとつ訊ねた。
「この学院での君の成績はどんなもんなの?」
「成績ですか?中の下、いや、下の上くらいです」
「なるほど、下の中なのね」
「言っておくが、レイラは実技が苦手なだけで座学は優秀だよ。この学院のレベルを測ろうとしていたみたいだけど、トップ層は卒業後いきなり実戦投入されるほどの実力者だからこの子を基準にしない方がいい」
ユリウスのフォローの後の余計な一言でレイラは顔を曇らせる。
「トップ層って言っても、どうせ後方から長ったらしい詠唱をして魔術撃つだけだろ?この学院、そんな連中ばかりなら、レイラはすぐに上位に食い込むぞ。
よし、今の魔術を魔力が尽きるまで撃ち続けろ。今日から当分はそれでいく」
「ま、待て。それだけか?何かこう、特殊な訓練方とか‥‥‥」
「ユリウス、剣でも魔術でも、何事も基本が肝心だ。お前も知ってるだろ。第一、俺がそうしてきたからそれ以外の方法なんて知らん。さぁレイラ、始めろ。魔力を使うだけの作業だとは思うなよ、一つ一つ、理想とする一撃を思い浮かべながら撃つんだぞ」
トーマは腕を組み、顔を険しくして言った。
彼の中の師匠とはかくあるべしという理想像に倣っているのだ。
そうして彼女らの魔術訓練が始まった。




