第一話 騎士なんてクソ
紆余曲折あって世界最大の国家オルグス帝国の一都市で俺は念願の騎士見習いになった。
厳格な階級社会、腐敗を極めた権力者たち。
治安は最悪。強者は弱者からすべてを奪い、弱者は弱者同士で奪い合い殺し合い。
地獄だ。
初めてこの街に来てそれを目の当たりにしたとき俺は助けたいと強く思った。
だから騎士となり少しでも役に立てればと思った。
だが現実は優しくはなかった。
誰も下層階級なんか眼中にない。
上の命令を忠実にこなす。気に入られようとただそれだけをみる。
だったら俺だけでもと毎回問題なしと報告される作業のような巡回の途中で抜け出し、苦しむ人を助けて回った。僅かな給金を使い食糧や薬を配ったのだ。
こんな自己犠牲など長くは続かないことなど理解している。
しかし自分にはこんなことしかできない。
こんな事でも誰かのためになっているという実感があれば自分は大丈夫だと思った。
仕事の途中で抜け出したのだ。当然叱責や懲罰はある。
しかし俺はめげずに幾度も敢行した。
助けになれば、その一心でだ。
何度も呼び出しを受けるうち、俺はだんだんと周囲から距離を取られるようになった。
それだけならまだいい。
懲罰という集団リンチに遭うようになった。
騎士の大多数は家督を継げなかった貴族の子弟だ。何かと鬱憤が溜まっているようで、悪目立ちしていた俺が標的になったらしい。
俺の苦しむ人を助けたいという思いを理解できるのか、少数ながら存在する平民上がりの騎士らはリンチに参加してこなかった。止めもしなかったが。
彼らの目は濁っているというかくすんでしまったように映る。
そうした日々を繰り返し、騎士見習いになって5か月が過ぎた頃。
俺は日頃の行動の代償を支払うことになった。
魔力を阻害する魔封じの手枷をはめられ離れの懲罰房へ収監されたのだ。
光のない狭い空間に一人で何日も過ごした。
いや、ネズミや虫もいたか。
「ちっ、やっぱりダメか」
戦士職なら必須技能である身体強化の魔術の発動を試みたのだ。
結果は先の通り。
「手枷さえなければこんな檻すぐに破れるというのに‥‥‥」
ポツリと呟く。
そうさせないための手枷であることは十分理解しているが愚痴もこぼしたくなる。
ザッザッザと足音がこちらへやってくる。
日に一度の残飯のような飯を運んできたように思えたが違うような気がする。
外界との唯一の接点である扉が開かれると一日ぶりの日光が俺の体を照らした。
男はカチャッと牢の鍵を開けると強引に俺を引き出した。
ついてこい。男はそれだけ言うと俺を兵舎に隣接するレンガ造りの小屋へと案内する。
手枷をはめられている以上、逃走は困難だろう。
大人しく後をついていき、レンガ小屋へと入る。
内装は非常に簡素だ。
山のように積まれたズタ袋、三角の台座、手斧を持った大男。
一目で処刑場だと理解できた。
「終わったら報告してくれ」
男は中に処刑人に声を掛けるとさっさと立ち去ってしまった。
「さ、そこの台座に首置きな。痛くないようにしてやるから」
まだ若いのに、とでも思ってるのだろうか。憐みの視線を向けてくる。
わかったと返事して俺は跪いて首を差し出した。
「えらく落ち着いてるな。ここに来る奴は大概泣きわめくんだけどな」
処刑人は俺の背中に足を置いてバランスを安定させた後、手斧を大きく振りかぶった。
確かに俺なんでこんなに冷静でいられるんだろうか。
あー多分理解というか納得しちゃったんだな。ここはダメだって、何も変えられないんだって。諦めがついたんだよ。きっと。
じゃなきゃもっと抵抗してるはずだもんな。
妙な脱力感からすべてを受け入れようと瞼を閉じた。
しかし暗い視界に映ったのは地獄の光景だった。
誰に何を言われても見捨てることのできなかったもの。誰もが見捨てるから自分だけでも手を差し伸べてやりたかった人たちの姿。
弱者を踏みつけ、救おうとする意志さえ奪おうとする奴らがいることに怒りが湧き上がってくる。
怒りが全身に生きよと力を漲らせる。
処刑人の斧が振り下ろされると俺は上体を僅かに反らせ、その隙間から出した魔封じの手枷で受け止めた。
「なッ⁉」
俺の抵抗に処刑人は驚きを隠せないでいた。
共に鉄製。本来であればただぶつかり合うだけのはずが処刑人は斧に魔力を通し切断力を上げていたのだ。
手枷の鎖は鮮やかな切り口で両断されていた。
上体を反らしたことで処刑人はバランスを崩し、鎖を断ちつつも俺の首へは僅かに届かなかったのだ。
手枷が効力を失い魔術が使えるようになったことで俺は身体強化を施し高速の一撃で処刑人を沈黙させた。
俺は思い知った。
この国の制度に則ったやり方では社会を変えられないことを。
ではどうするか。
そんなものは決まっている。
「秩序も権威もすべてぶっ壊してやる」




