第28話 カスケード・クラッシュ
「邪魔するなよ! お前ら邪魔するなよ! ようやく姉様に会えたんだぞ!?
今度こそ幸せになるんだからさ! 誰も僕らの邪魔をするなあ!」
「姉様?」
「わ、私に弟なんていません!」
不審者のいきなりの姉様発言に、皆の注目が腰を抜かして
空き教室の床に蹲ったままの百日紅世良に集まる。
「僕だよセルベセリア姉様。弟のカスケードだよ。
ああ、ようやく会えた。髪の色が変わっても目の色が変わっても、
やっぱりあなたは僕の姉様だ。会いたかったよ姉様」
お洒落ハットを脱いだ不審者の顔を見て、バドワイズの目が点になる。
逆に彼とは直接の面識がなかった瞳と、状況が理解できない世良と丹波、
加えて成り行きを見守るそれ以外の教師たちの間に、
なんとも言えない微妙だが張り詰めた空気が流れる。
「私は百日紅世良であって、
セルベセリアなんて名前じゃありません!」
「可哀想な姉様。まだ僕のことを思い出せていないんだね?
でも大丈夫、すぐに思い出せるよ。
そうすれば姉様だって理解できる筈さ。
ここには邪魔なハイネ王子も、出しゃばりのモトゥエカも、
役立たずのヴァイツェンもいない。
今度こそ。今度こそ僕が、姉様と幸せになれるんだ」
(バドさん)
「うむ」
(どゆこと?)
「我にも判らぬ」
(だよねえ!?)
「だが、少なくともあの顔には見覚えがある。
何故奴がここに」
状況を整理しよう、と瞳は考えを巡らせた。
あの不審者はセルベセリアの弟を名乗っている。
他の勇士一行の名前もちゃんと出しているから信憑性は高そうだ。
考えられる理由としては、やはりとにもかくにも異世界転生だろう。
あちらの世界で一度死んだバドワイズが世界の力で蘇って、
こちらの世界に送り出されたという前例があるのだから
あちらの世界の人間が死後こちらの世界に
転生してくるようなことがあったとしても、理論的にはおかしくはない。
おかしくはないのだが、何故セルベセリアでも聖女アン・ハイザでもなく、
こいつが前世の記憶を持って転生してきたのだろうか。
それともすっとぼけてるだけで、アン・ハイザにも前世の記憶があるのだろうか。
当人がこの場にいないのでなんとも言えないが、と
瞳はそこで思考を打ち切った。今は悠長に考え事をしている場合ではない。
「狂人の言葉に耳を傾けるな!」
「ですよね!」
丹波が特殊警棒で不審者に殴りかかる。
だがカスケード・コロナは勇士として聖女一行の旅を終えた一流の戦士だ。
魔術の腕ではモトゥエカに、武術の腕ではヴァイツェンに、
政略や軍略ではハイネに一歩及ばない、何をやらせても中途半端な奴、と
本人は自分を卑下して周囲にコンプレックスを抱いていたのだが、
それは裏を返せばカスケード・コロナという青年は全ての分野で
及第点以上の成果を出せる実力の持ち主であることの証左でもある。
だからこそモトゥエカを凌駕する魔術と、ヴァイツェンを片手でいなす程の武術と、
まるで未来が読めているかのように戦略を立てる義姉のセルベセリアに
脳を焼かれ、彼女に憧憬を通り越した執着を抱くこととなったわけだが。
「邪魔するなよ! 誰なんだよお前は!
なんの権利があって僕の姉様に近付いた!
姉様に近付く男は赦さないぞ!
今度こそ、姉様は僕だけの姉様になるんだ!」
「ぐ!?」
わざわざ海外のSP会社から引き抜かれただけあり、
丹波の実力も相当なものだが、凶暴な魔物と
命懸けのやり取りをしてきたカスケードの剣戟はそれを上回る。
丹波からすれば、頭のネジがぶっ飛んだ狂人が異様に強いという
この状況は困惑してしまって当然だろう。だが彼はプロフェッショナルである。
刃物で切り裂かれた頬から飛び散った血を
手の甲で拭いつつ、一旦距離を取る。
「なんなんですか!? 一体何が起きてるんですか!?」
「分かりませんよ! とにかく警察に通報しないと!」
「職員室に行って警察に通報してきます!
それと、急いで生徒たちを逃がさないと!」
「下手に騒げば一斉にパニックになりますよ!?」
「じゃあどうしろって言うんですか! 一体どうすりゃいいんですか!? ねえ!?」
何も手出しができない教師たちは何故平和なこの国の学校の教室で、
刃物を持った不審者といきなり乱入してきた見知らぬ男が
アクション映画のように戦っているのか理解不能だ。
相変わらず非常ベルは鳴り響いているし、
遠くから火災報知器に連動して通報がいったであろう、
消防車のサイレンも鳴り響いている。
「丹波さん! あぶなーい!」
「危ないのは君の方だ! よせ! やめるんだ!」
そんな混沌とした混乱状況の渦中にあって、
瞳は教室の後ろのロッカーの上に放置されていた、
無駄にデカい花瓶を掴んでそれを不審者に向かってぶん投げた。
が、カスケードの生まれ変わりであろう不審者は
いとも容易くそれを刃物を持っていない方の腕でガードする。
その衝撃で砕け散った花瓶は床に落下して、
大ぶりな破片がバラバラと散乱した。
「赦せないのはお前もだ! お前、姉様のなんなんだよ!
姉様の車に乗って、姉様の隣に座ってさあ!
姉様の隣の椅子は僕の定位置だった筈だろ!?
どこの馬の骨とも知れない平民風情が、横取りするな!」
「知るかバーカ! この独りよがりの変態シスコンストーカー野郎!
振られマン! 未練タラタラ! そりゃ選ばれないのも納得だよな!
お前みたいな頭のおかしな弟がいるお姉さん超不幸! 超可哀想!」
「よせ! 奴を挑発するんじゃない!」
「黙れ黙れ黙れ黙れえ! お前なんかに何が解る!
セルベセリア姉様は僕のものだ!
僕たちは今度こそ結ばれて、幸せになるんだああああ!」
「無理だな」
その時である。激昂して瞳に襲いかかろうと
一歩踏み出した不審者が花瓶の破片を踏ん付けた拍子に
仰向けにスッ転んだ……ように周囲には見えた。
実際には魔王バドワイズが足払いをかけて転ばせたのだが。
瞳が花瓶を投げて言葉で奴を挑発したのも、皆の気を引くためだ。
何もない状況でいきなり転ぶというのは不自然過ぎるから。
……まあ、これが自然だったかと言われれば疑問ではあるものの、
少なくとも何もないところで突然仰向けに転ぶよりはマシであろう。
「なっ!?」
ゴン! と後頭部を教室の床に打ち付け、呆気なく失神する不審者。
いきなり見えない相手から転ばされた上に魔王の手で顔面を鷲掴みにされ、
そのまま勢いよく後頭部を教室の床に叩き付けられたのだから無理もあるまい。
頭蓋骨を粉砕され死ななかっただけでも御の字である。
「さて、どうする?」
(……後は警察に任せよう)
「承知した。
しかし、よもやあちらの世界の記憶を持った人間が
こちらの世界に転生してくるとは。
……我らが行き来した影響で、
ふたつの世界の間になんらかの繋がりが生じたのであろうか」
(世界そのものに訊いてみることができれば一番手っ取り早いんだけどね)
「それは不可能だ。世界の理とは本来、
余人が認識するにはあまりに余りある存在であるが故に」
一体何が起きたのか、ふたり以外の誰にも分からないまま、
事件は呆気ない幕切れとなったのであった。




