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宇宙要塞アマテラス  作者: 川越トーマ
12/20

それぞれの道

 セシルさんは、反物質保管庫の前を動かなかった。

 瞳に強い決意の色があり、迂闊に声をかけられる雰囲気ではない。

 そして、自分以外の戦闘に耐えうる連中を三つのグループに分け、交代で休息を取らせた。

 概ね五名ずつが一つのグループで、俺たち第一警備小隊の生き残りは全員同じグループだ。

 最初に休息を命じられたのは俺たちのグループだった。

 休息とはいえ、万一のことを考えたら、エレベーターで遠く離れた居住区に降りるわけにもいかない。俺たちは訓練施設の横に設けられた小さなミーティングルームで、照明を落として寛ぐはずだった。

「馬鹿だろ、お前は!」

「面目ありません」

 しかし、俺は寛ぐどころではなかった。

 薄暗いオレンジ色の照明の中で、アシナ曹長の太い眉の下のギョロリとした目が俺のことを睨みつけている。

 アシナ曹長に罵倒されるまでもなく、俺自身、自分のマヌケさ加減にすっかり嫌気がさしていた。

 好意を抱いた女性に何度も命を助けてもらった挙句、傷ついていた心をさらに傷つけたのだ。こんなだから、いつまでたっても彼女ができないのだ。決して軍隊にいるせいではない。

「准尉の父親は参謀本部長かぁ。横着な小隊長がわざわざ宇宙港まで出迎えに行ったわけだ」

 無重力に身体を預け海藻のように揺れながら、ヤンは腕を組んでいた。以前の疑問が解消して納得しているように見える。畜生、失言はヤンの専売特許のはずなのに、なんで俺なんだ。

「拠点防衛の責任者が実の娘と知っててあの発言か? だとしたら、すげえな、参謀総長」

 コーエン兵長の発言は、当然、参謀総長を褒めているわけじゃあない。

 ただ、アシナ曹長に責められている俺のことをフォローしてくれているのかといえば、それも怪しかった。彼女にそういう繊細な配慮は期待できない。

「曹長は御存じだったんですか?」

 ナザロフ軍曹がいつも通りの鋭い視線をアシナ曹長に向けた。無表情なので何を考えているのかはわからない。

「知らん。ただ、准尉の様子がおかしいのと、苗字が同じことには気づくべきだろうが」

 親子かどうかはともかく、血縁者じゃないかくらいは疑って当然だ。注意力、観察力が足りなすぎる。

「すみません」

「おれに謝ってどうすんだ! お前、このままでいいと思っているのか?」

 アシナ曹長の声のトーンに、気のせいか優しい成分が混じっているような気がした。

 うなだれて下を向いていた俺が顔を上げると、曹長の大きな目がまっすぐに俺を見て、答えを促していた。確かにアシナ曹長の言うとおり、俺の失言を受けてセシルさんが謝罪した後、俺は何も言うことができず、すごすごと、このミーティングルームにやってきたのだ。

「今更ですが、謝罪してきます!」

 俺が敬礼すると、アシナ曹長は黙ってうなずいた。

 厳しい父親のようだった。参謀総長にもアシナ曹長のような温かさがあれば、セシルさんも救われるのにと思いながら踵を返し、俺はミーティングルームを後にした。


「准尉! 先程は申し訳ありませんでした!」

 反物質保管庫の扉の前でレイピアの柄に手を当てて立っているセシルさんの前に行き、俺は背筋を伸ばして敬礼した。

 俺に視線を向けたセシルさんの美しい緑色の瞳は、気のせいか悲しい色に染まっているように見えた。

「別の場所で話しましょう」

 周囲で警戒にあたっていた他の小隊の兵士数人が、何事かと俺たちに視線を向けたのを受けて、セシルさんは困惑気味に俺に告げた。

 そして、俺に背を向けると磁力靴を響かせて歩き始めた。当然パーシモンも一緒だ。

 俺は慌てて彼女の後を追う。

 反物質保管庫前の広間から離れ、通路を曲がって周囲に人の気配を感じなくなった場所で、ようやく彼女は振り返った。パーシモンも、その黒曜石のような瞳を俺に向ける。

「あなたは別に間違ったことは言っていません。謝る必要などないはずです」

 彼女の表情は硬く、冷たさすら感じられた。

「いえ、准尉の父親を侮辱し、准尉を傷つけました。自分はダメな奴です」

 俺は必死だったので、言っていることが支離滅裂だったかもしれない。

「映像つきの通信で、兵たちに与える影響も考えず、兵たちの心情に対する配慮を欠いた発言をした参謀本部長に問題があった、と私は考えます」

「ですが、あの命令は、参謀本部長の立場上、仕方なかったんだと思います」

 セシルさんは落ち着きを取り戻していたが、父親からの通信の内容は、やはりショックだったようだ。彼女が自分の父親を非難し、俺が彼女の父親をフォローするという妙な流れになってしまった。

「論点がズレています。私たちは心を持った人間です。誰かが言ったとおり、私たちはチェスの駒ではありません」

 セシルさんの目の周りが多少赤みを帯びてきたような気がした。

 彼女の心の負担を軽くするために行動を起こして、さらに彼女を苦しめたのでは何もしない方がマシだ。逃げ出したい衝動に駆られたが、ここで逃げ出すわけにはいかない。

「本当に申し訳ありません。参謀本部長が准尉のお父さんだと気づかなかったんです。戦闘中に何度も命を助けてもらって、いつか、准尉の役に立ちたいと思っていたのに、逆に傷つけてしまうなんて、本当に馬鹿野郎です。結果的に准尉を傷つけるような発言をしたこと自体が俺の罪です」

 途中で何を言っているのか、これからさらに何を言うべきなのか、わからなくなった。

 俺は、ただ素直に自分の心の中の言葉を吐き出しているだけだった。

 しかし、彼女の表情はどんどん険しくなっていった。

「それなのに、あなたは私のことを准尉、准尉って呼ぶんですか! ここには私たち二人しかいないというのに!」

 セシルさんにしては珍しく感情が露だった。悲しみや怒りの波動を俺に叩きつけてくる。

〈えっ、准尉と呼んではマズイのか?〉

 俺自身、頭の回転がおかしな方に回っていたこともあって、俺の言葉を遮るように発言したセシルさんの変化球に全く反応できなかった。

 いたたまれない、とても居心地の悪い時間が流れる。

 パーシモンは、じっと俺のことを見つめていた。

 俺が言葉に詰まっていると、セシルさんの目の光に変化が生じた。

 ブレインAIインターフェースを使っているときの反応だ。

「通信です。輸送艦ケープタウンと敵との間で交渉がまとまりました。オハラ二等兵は仲間のところに戻ってください」

 オハラ二等兵と呼ばれて、突き放されたような気分になった。

 結局、俺は目的を全く果たすことができなかった。


「お出迎え、ありがとうございます」

 白や水色や黄色の簡易宇宙服を身につけた数十人の非戦闘員と、俺たち第一警備小隊のメンバーを引き連れて、セシルさんは出迎えのトマス・キーン少尉に敬礼した。

 キーン少尉は長身で筋肉質、砂色の髪をクルーカットにしていて、浅黒く日焼けしていた。

 青い簡易宇宙服の腰に下げた高周波ブレードは、刀身の幅が広い蛮刀のようなデザインだ。

傍らには狼に似たメタルクリーチャー、メタルウルフを従えている。

 彼は真面目くさった顔に、微かに苦笑のようなものを浮かべて、敬礼を返した。

「おかしなものですね」

 キーン少尉は、そう言うと何か迷っているような素振りを見せた。

「昨日まで自分は宇宙要塞アマテラス第一警備小隊の副官で、あなたは輸送艦のお客さんだった。敵の襲撃時刻がズレていたら、非戦闘員を引率しなければならなかったのは自分ではなく、あなただったわけだ」

 キーン少尉のセリフにセシルさんは戸惑った。回りくどくて意図が分からないからだろう。しかし、俺は何となく少尉の言いたいことが予想できた。

「ということで、自分と役目を交代しませんか?」

 セシルさんのすぐ後ろで先程我々に突っかかってきた中年の偉そうなドクターが目をむいた。要塞で待っているのは絶望的な籠城戦で、死ぬ可能性が高い。自ら進んで死地に赴くなど彼の理解の範疇外だったのだろう。

 一方、キーン少尉の性格や抱えている事情を理解している俺たちは溜息をついた。アシナ曹長は手のひらで頭を押さえている。冗談のような発言だが、キーン少尉は本気だ。

「それは、できません、少尉」

 セシルさんは首を振った。

 そんなことを兵士個人の裁量に任せていたら戦場の規律が崩壊する。

 キーン少尉の事情を理解していようがいまいが他に答えようがない。

「はぁ、意味わかんねえな」

 俺の斜め前で、ラニア・コーエン兵長が小さな声でつぶやいた。

 彼女にそう言われたら、キーン少尉は身も蓋もないだろう。

「そうですか。やはり、ダメですか」

 幸いなことにコーエン兵長のつぶやきは聞こえなかったらしく、キーン少尉はさわやかな笑顔を浮かべつつ、残念そうに声を響かせた。横に立つメタルウルフも、うなだれているように見えた。

「ええ、これは私に与えられた仕事です」

 セシルさんは、緑色の瞳に強い意志の力を宿らせていた。

「仕方ない。では非戦闘員の皆さんは乗艦してください。艦内では他の士官が案内します」

 キーン少尉は、あっさりと引き下がると横に移動し、搭乗口のスペースを開けた。

 メタルウルフも彼に従う。

 宇宙要塞アマテラスと宇宙輸送艦ケープタウンの間は、真空の宇宙空間に出ることなしに行き来ができるように、蛇腹のように伸縮性のある搭乗口で結ばれていた。戦闘の時に俺たちが出入りしたエアロックとは別の仕組みだ。

 白い簡易宇宙服の医療従事者を先頭に、みんなヘルメットを小脇に抱えて、ぞろぞろと搭乗口へと入っていく。重傷の兵士も一緒だ。

 キーン少尉はしばらく、彼らの動きを見守っていたが、意を決したように俺たちの方へとやってきた。いや、より正確に言えば兵長の方にだ。

「コーエン兵長」

「はっ、何でしょうか!」

 ラニア・コーエン兵長は『気をつけ』の姿勢で背筋を伸ばした。仕事の時は普通にこういう態度も取れるのだ。

「今となっては、上官と部下の間柄ではない」

「知ってます」

 ブルネットの髪を短くカットしたコーエン兵長は、色白で整った顔立ちを少しだけ歪め口を尖らせた。

 知ってるけど、わかってはいないだろと、俺は心の中で突っ込んだ。

 アシナ曹長とナザロフ軍曹は何食わぬ顔で、コーエン兵長から離れるために移動を開始した。

 身を乗り出したヤンに、アシナ曹長は『あっちへ行け』というジェスチャーを送る。

「仕事抜きで、一人の人間として話をさせてほしい」

「へっ?」

 俺も気を使ってコーエン兵長から距離を取ったが、兵長の間抜けな声に反応して思わず聞き耳を立ててしまう。

「ラニアと呼んでもいいか?」

「いいっすけど」

 コーエン兵長の声は明らかに困惑していた。興味はあるがジロジロ見るわけにもいかず顔をそむける。ただ、二人とも声が大きいので、やり取りは丸聞こえだ。

「自分は、飾り気のない、正直なラニアの人柄に大変好意を持っている」

「はぁ、ありがとうございます」

 キーン少尉は随分頑張っている。それなのに、コーエン兵長は相変わらず、ぶっきらぼうだ。

「お願いだ。必ず生き残ってくれ」

「努力します」

「そして、この戦いを乗り切ったら、自分と結婚を前提に付き合ってくれ」

「えっ、はっ?」

 すごい直球だった。前回のことを教訓にしたのだろう。

 さすがのコーエン兵長も声が動揺している。

「返事は?」

「あっ、はい!」

 さすがに我慢しきれず、コーエン兵長の表情を見てしまった。

 困惑の色を浮かべながらも赤くなっている。

 嬉しいんだか嬉しくないんだか、傍目にはよく分からない。

 そして、自分の返事がどういう意味を持ったのか、彼女自身もまだ自覚できていない感じだ。

「頼んだぞ」

 トマス・キーン少尉は俺たちに爽やかな笑顔を向けて白い歯を見せた。

 そして、くるりと背中を向けると、非戦闘員たちとともに宇宙輸送艦ケープタウンへと姿を消した。

「サー・イエス・サー」

 俺がキーン少尉の背中に向かって敬礼しながら、景気よく声を響かせると、ヤンや曹長たちも俺に倣った。


 実はセシルさんは、ある異変に気付いて、キーン少尉とコーエン兵長の興味深いやり取りを楽しむどころではなかったようだ。

 どんな異変かといえば、軍医にしてネットワーク管理者のホフマン中尉が見送り側に回り、宇宙輸送艦ケープタウンに乗艦しようとしていなかったのだ。

 トマス・キーン少尉を見送り、俺たちが気づいた時にはセシルさんとホフマン中尉のやり取りは佳境を迎えていた。

「ドクター・ホフマンも早く避難してください!」

「あ~、ボクはいいんだよ。軍医が一人もいないと負傷者が出た時に困るだろ」

 セシルさんの強い説得にも、ホフマン中尉は全く耳を貸す気配がない。

 おまけに普段通り、相手の目を見ようともしない。

 メタルハウンドのパーシモンは困ったようにセシルさんの横で佇んでいる。

「困ります。非戦闘員は避難させるようにと参謀本部からも命令されていますから!」

 俺とのやり取りで気が立っていたのか、ホフマン中尉の態度に腹を立てているのか、珍しくセシルさんの口調は荒かった。

「参謀本部には許可を取ってあるよ。だからボクはここに残っていいのさ」

 どういうことだろう。本当に参謀本部の命令だとしたら、命令に一貫性が感じられない。

「そんな!」

「嘘だと思ったら、参謀本部に問い合わせてもらっても構わないよ」

 そう言われてしまうと逆に問い合わせがしづらいものだ。

「ホフマン中尉以外の乗艦を完了しました」

 アシナ曹長が困惑の表情を浮かべながら、セシルさんに報告した。

 セシルさんは緑色の瞳をホフマン中尉に向けると、背筋を伸ばして宣言した。

「ドクター・ホフマン、これが最後のチャンスです。宇宙輸送艦ケープタウンが出港したら、再度、敵が攻めてきます。宇宙要塞アマテラスには、もう脱出用の艦艇はないんですよ!」

 既知の事実ではあったが、改めて宣言されると背中に寒風が吹きつけてくるようだ。

 俺は背筋を伸ばして奥歯を噛みしめた。

 ヤンは明後日の方を向いて何事かつぶやき、コーエン兵長は宇宙輸送艦ケープタウンへと続く搭乗口を見つめてぼんやりしていた。

「わかってる。気にしなくていいよ。ボクは好きで残るんだから」

 セシルさんが呆然とした視線をホフマン中尉に返すと、アシナ曹長は深くうなづき、ナザロフ軍曹に合図を送った。

 搭乗口のエアロックが閉鎖され、俺たちと宇宙輸送艦ケープタウンのつながりは絶たれた。

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