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宇宙要塞アマテラス  作者: 川越トーマ
13/20

最後の手紙

「宇宙輸送艦ケープタウンの出港は一時間後です。臨戦態勢を維持しつつ、この時間を食事や休息にあててください。知人や家族にメッセージを送るのもいいでしょう。悔いのない時間を過ごしてください」

 宇宙輸送艦ケープタウンの出港後は、敵がいつ襲ってきてもおかしくない。逆に、出港までは敵が襲ってくるリスクは少ない。敵が約束を守るだろうなどという甘い考えを抱いているわけではない。宇宙輸送艦ケープタウンのパルスレーザー砲に砲撃されるリスクは回避するだろうと考えているだけだ。

 セシルさんは俺たち元第一警備小隊のメンバーに自由時間の開始を告げると、踵を返して反物質保管庫の方に歩き去った。パーシモンがぴったり寄り添って後を追う。俺も追いかけたかったが、俺なんかがまとわりついたら、また、彼女の気分を害してしまうかもしれない。

「うんじゃあ、飯でも食うかな」

 俺がウジウジしていると、柄も刃渡りも長い高周波ブレードを肩に担いだコーエン兵長が、ハスキーボイスでつぶやいた。先程の様なやり取りをしたばかりなので、普通だったらキーン少尉にメッセージを送るところだ。

 このタイミングで聞こえよがしにこの発言なら、照れ隠しだと考えるのが普通だが、この人の場合、照れ隠しではない可能性が極めて高い。普段の言動を考えると、本当に飯を食って終わりにするような気がする。

「昼寝でもするかな」

 アシナ曹長はそう呟き、ナザロフ軍曹は無言で、肩にメタルホークやメタルクロウを乗せたまま、先程俺たちが休憩していたミーティングルームの方へと足を向けた。

〈知人や家族にメッセージか。そう言えば、ここ何か月か母さんとは連絡を取ってないな〉

 母親は元気で口うるさいので、メッセージの内容もいつも小言ばかりだった。軍隊に入って最初のころは返信していたが、最近は面倒になって返信を怠っている。そうすると、向こうからのメッセージも減っていった。 

 俺は閉鎖された搭乗口付近の壁に寄りかかると、左腕に装着している携帯端末のアプリを起動させた。メッセージ画面を目の前に、そして仮想キーボードを手元に、空間投影する。

 俺は仮想キーボードの上で右手の人差し指と中指を躍らせ、母親あてのメッセージの案文を打ち込み始めた。

 物心ついた頃から俺に家族は母親しかいなかった。俺の生物学上の父親とは俺が一歳になる前に離婚したらしい。理由は聞いていない。

 母親は極東の島国で今も老人病院の看護師をしている。小太りで、いつも髪をアップにしていて、めちゃめちゃ元気だった。家は裕福ではなかったと思うが、悲壮感とは全く無縁で、高価な洋服やおもちゃは買ってもらえないものの、ひもじい思いはしなかった。

 俺は、そのうち軍隊で偉くなって、母さんには楽をしてもらおうと思っていた。いつか……しかし、その目的は現時点で達成できていなかったし、この調子だと将来も達成できそうにない。もはや、メッセージを送るくらいしか、俺にできることはなかった。

『母さん、元気? 俺は元気です。飯もちゃんと食ってるし、歯も磨いてるよ。軍隊の食事は栄養面では何の問題もないけど、俺は母さんのカレーライスが懐かしいです。部隊の人たちはいい人ばかりで俺は幸せです。特にキーン少尉の後任のセシルさんは、若くてきれいで、とても頑張り屋さんで……』

 そこまで打ち込んで手がとまった。女の人の話なんかしたら余計な期待や心配をかけそうだ。

俺は後半部分を削除した。そう言えば、セシルさんは父親にメッセージを送ったりするのだろうか。

『……部隊の人たちはいい人ばかりで俺は幸せです。お元気で』

 頭がモヤモヤして気の利いた言葉が浮かんでこなくなったため、俺は小学生レベルのメッセージをありきたりの言葉で締めくくった。そして、「母さん、ゴメン」と口の中でつぶやいてから送信した。

 ひょっとしたら、もう会えないかもしれない。こんなことになるんなら、もっと普段からメッセージを送っておけばよかった。

 遺族年金ぐらいは軍隊が支給してくれるよなと思いながらも、詳しい制度内容を全く理解していない自分に気がついた。

「母ちゃんへのメッセージは送り終わったか?」

 俺がメッセージを送信し終わった気配を察して、ヤンが声をかけてきた。

 いつもは言葉の端々に嫌味なスパイスをタップリ利かせてくるが、今回は毒気が抜けている。声が優しい。こちらから画面の中身は見えないが、彼も空間投影スクリーンを展開していた。しかし、仮想キーボード上の手は動いていない。

「ああ終わった。口うるさくて面倒くさいけど、たまにはメッセージの一つも送らないとな」

 多少の強がりもプラスして、俺は本心を口にした。

「なんにせよ。自分を気にかけてくれる親がいるというのはいいことだ。世の中には我が子を平気で捨てる親もいるからな」

 セシルさんの父親のことを言っているのだろうか? 

 そう言えば、詳しい事情は知らないが、ヤンは母方の祖父母に育てられたと、以前聞いているので、そっちの話かもしれない。

「平気かどうか、わからないだろ。家庭によって、それぞれ事情があるだろうから」

 少なくともミュラー中将は、娘が宇宙要塞アマテラスにいる、いないは関係なく、参謀本部長としての務めを果たしただけのような気がする。

「ショウくんは素直に育って何よりだ。世の中には知らない方がいい事情もあるからな」

 ヤンは皮肉な笑みを口の端に浮かべた。

「そんなこと言ってるけど、ヤンだって、ヤンのことを大切に思っている誰かにメッセージを送るつもりなんだろ」

「大切に思っているかどうかはともかくとして、ジジババは心配性だからな、どんなメッセージを送ろうか思案しているところだ」

 まったくもってこいつは素直じゃない。

「心配している時点で、大切に思っているってことなんだよ。ヤンだって、さっきそう言っただろ」

 口うるさくて面倒くさい俺の母親は間違いなく、俺のことを大切に思っている。

 きっと、セシルさんの父親だって、セシルさんのことを大切に思っているに違いない。今頃、こっそり娘あてにメッセージを送っているかもしれない。

 ただ、画面に映ったミュラー中将の風貌と、彼の映像を見ていたセシルさんの様子を見る限り、ミュラー中将に器用な配慮ができると確信できないのも、確かだった。

 一時間というのは長いようで短い。

 俺は、ある思いつきを実行に移すため、メッセージアプリを再度立ち上げ、慌ててメッセージの作成に取り掛かった。

『参謀本部長ハンス・ミュラー様、突然、メッセージを送り、申し訳ありません……』

 無視されるだろうなと、キーボードを操作しながら俺は思った。

 俺がメッセージを送ろうと考えた相手はセシルさんの父親だった。

 個人のアドレスはわからないので、宇宙要塞マリナの代表あてに送るつもりだ。

『……自分は宇宙要塞アマテラス第一警備小隊所属のショウ・オハラ二等兵です。セシル・ミュラー准尉のもと拠点防衛の任務に就いております。先程、命令を拝領いたしました。一つだけお願いがあります……』

 偉い人あてのメッセージなど作ったことがない。文面に失礼なところはないだろうか。

『……正直申し上げて、我々は生き残ることが大変厳しい状況です。既に御対応済みかもしれませんが、最後に、上官としてではなく、父親としてのメッセージをミュラー准尉あてに送ってくださるよう心からお願い申し上げます。出過ぎた真似をお赦しください』

 文面に自信はないが、ともかく時間がない。俺はメッセージを作り終えると、ハンス・ミュラー中将あての親展文書扱いで直ちに送信した。件名には『至急』とつけた。

 光の速度でも宇宙要塞アマテラスから宇宙要塞マリナまでは片道二〇分くらいかかるので、往復で四〇分以上。ミュラー中将が直ちにメッセージを送り返してくれたとしても、セシルさんが父親からのメッセージを受け取れるのは、敵が攻めてくる直前になってしまうかもしれない。うまくいくかどうかは分からないが、何もしないよりはいい。

 参謀本部長あてのメッセージに書いたように、俺たちは、ここでの戦いで死ぬ可能性が高い。思い残すことがありすぎる俺としては、少しでも後悔することは減らしたい。なので、もう一つ行動に移すことにした。

「メッセージの作成、頑張れよ」

 俺は哲学者のように難しい顔をして空間投影スクリーンとにらめっこしているヤンに声をかけると、反物質保管庫へと足を向けた。


 セシルさんは、反物質保管庫の頑丈な扉を背に、一人で佇んでいた。

 すぐ横にパーシモンがボディーガードのように控えていて、接近する俺に注意を向けた。

 セシルさんは、レイピアの鞘に左手を添え、右手は腰の横に垂らしている。身体の力を抜いた自然体だ。ショートボブにカットした癖のない金髪が白磁のような頬を撫でている。

 床も壁も天井も、先ほどの死闘のせいで赤黒く汚れている中、彼女の存在だけが美しく輝いていた。俺がたてる磁力靴の硬質な音に反応して、翡翠のような瞳がゆっくりと俺に向けられる。

「どうかしましたか?」

 セシルさんの声は静かで、硬く、ひんやりしていた。

「セシルさん」

 ファーストネームでの俺の呼びかけに彼女はピクリと反応した。

 フォーマルなミュラー准尉という呼びかけはしなかった。

 先程、二人きりなのに『オハラ二等兵』と呼ばれて思い知った。厚かましいのはわかっているが、俺は内心単なる上司と部下という関係よりも親しいものを彼女に求めていた。

「そばにいてもいいですか?」

 飛び跳ねそうな心臓を押さえつけて、俺は静かに言葉を吐き出した。

 二枚目の声を出したかったが、声が裏返らないようにするのがやっとだ。

「なぜですか?」

 セシルさんの感情が読めない。少なくとも怒っているようではない。

 と、無理やり自分に言いかけせた。後悔しないように行動するためだ。

「残された時間は、好きな人の近くで過ごしたいからです」

 なけなしの勇気を総動員した。敵と斬り合うよりもキツイ。

「ズルいですね。本当に」

 俺を見るセシルさんが一瞬だけ微笑んだような気がした。しかし、すぐに真顔になった。

「でも、私は、まだ諦めていませんよ。私は、反物質を敵に渡すつもりも、みんなを死なせるつもりもありません」

 また、ボタンを押し間違えてしまったのだろうか。

 凛々しいセシルさんに比べて、自分がとても柔弱に思える。

「でも、ありがとう。私をファーストネームで呼んでくれて」

 翡翠色の目が笑ったようだった。俺はここぞとばかりに自分を励ました。

「セシルさんのためなら、何でもやります。なんでも言いつけてください」

 ガキっぽくて、卑屈な態度にセシルさんが軽く溜息をついたような気がした。

「では、一緒に考えてください。この人数で敵を撃退するか、撃退できないまでも一〇日間ほど凌ぐ方法を」

「……難問ですね」

 俺は表情を引き締めて真剣に考えはじめた。

 単純に生き残るだけなら、降伏や逃亡といった選択肢もあるのだろうが、それだと敵に反物質を渡すことになる。核ミサイルだけでも十分脅威なのに、それを遥かに超える破壊力を持つ反物質ミサイルが地球に向けられるなど、想像するだにおぞましい。

 軍事以外の目的があったとはいえ、なぜ、こうも人類は、自分の手に負えないものを作ってしまうのだろう。

「いっそのこと、反物質がここからなくなってしまえばいいのに……」

 それは単なる願望だった。

「発想としては間違っていません。いえ、むしろ素晴らしいです。で、具体的なアイディアはありますか?」

 それまでサボっていた頭脳が、追いつめられて急に働き出すのは、苦痛よりも快感の方が大きかったような気がする。

 しかし、普段、人工知能に頼りっぱなしの生活をしている俺にとって、アイディアが有意義なものなのかどうかの検証作業をしている自分の頭脳に自信が持てなかった。

「宇宙輸送艦ケープタウンで、こっそり搬出するというのはどうですか?」

 要は敵に反物質を渡さなければいいのだ。反物質が要塞内にあるように見せかけて時間稼ぎをする必要はあるだろうが。

「休戦の趣旨に違反するズルいアイディアですね。でも、素晴らしいアイデアです。いくつかの問題が解消されればですが」

 俺のアイディアにセシルさんは即座に反応した。

 頭の回転が異常に速いのは、やはりブレインAIインターフェースのおかげなのだろうか。

「問題とは?」

「一応休戦ということになっていますが、約束通り見逃してくれるとは限りませんよ。ケープタウンが拿捕され、艦ごと反物質が敵の手に落ちる可能性もあります。それに……」

「その時は、アシナ曹長が言っていたように、自爆すると脅迫すれば良いと思います」

 一生懸命考えだしたアイディアを即座にダメだしされ、俺はセシルさんの発言を遮るように反論した。

「脅迫が通用するでしょうか? ショウさんが敵の立場だったとしたら、指をくわえて見逃しますか?」

 真面目で責任感が強く、性格の良いセシルさんは、他の人間も皆そうだと思っているような気がした。

「軍隊とはいえ色々な人がいるでしょうから、ひょっとしたら、うまくいくかもしれません。それに、宇宙要塞の内部で白兵戦をするのも、宇宙輸送艦の内部で白兵戦をするのも、大差ないと思います。であれば、すこしの可能性でもチャレンジするのは、アリだと思いませんか? 他にも、太陽に向けて射出して廃棄してしまうとか、少しずつ燃やしてしまうとか……」

 妙なスイッチが入ってしまった俺は、次々に頭に浮かんだアイディアをロクに検証もせずに興奮気味にまくしたてた。

「本当にすごいですね」

 セシルさんは、ようやく俺にもよくわかる微笑みを浮かべて大きく息を吐いた。

 それは見ようによってはあきれているようにも見えた。

「からかわないでください」

「いえ、本心です。自分で抱え込まず相談すればよかった。指揮官失格です。ショウさんだけじゃなく、アシナ曹長やナザロフ軍曹も含めたみんなに」

 どうも、揶揄されたわけではなさそうだ。俺は興奮した自分を深呼吸で少し鎮めた。

「でも、俺のアイデアでそのまま使えそうなものはなかったんでしょう?」

「それなりの時間と材料と専門家がいれば、実行に移せたと思いますよ」

 裏を返せば、実行に移せない事情があるということだ。

「実は現在、宇宙要塞アマテラスには反物質保管庫から中の反物質を取り出して運ぶための装置がないんです。反物質製造工場で生成された反物質は磁力線シールドに守られた真空の配管を通って反物質保管庫に集められています。反物質保管庫から反物質を搬出するためには、反物質保管庫の搬出口に合わせて設計された専用の運搬装置が必要になるんですが……」

 それくらい用意しとけよと、俺は誰に言っていいかわからない苦情を心の中で叫んだ。

「だから、輸送艦に乗せることも太陽に捨てに行くこともできないんです」

「結局、俺の考えたアイディアは無駄でしたね」

「そんなことはありません。だいぶ状況の整理ができました。やはり、敵に脅しをかけながら交渉して援軍が到着するまでの時間を稼ぐという手しかないようですね」

 セシルさんは、納得したように一人でうなづいていたが、俺の心の中では何かが引っかかっていた。

「……そういえば、今、セシルさんが教えてくれた情報って、俺以上に敵は知りませんよね」

「情報というと?」

「実は反物質を搬出できないという我々の状況ですよ」

 そう言いながら、俺の心の中で形のハッキリしていなかったモヤモヤが、急速に一つの形にまとまっていった。

「おそらく」

「騙せないでしょうかね」

 真面目なセシルさんにはない発想のはずだ。

「どういうことですか?」

「俺たちが反物質を保管庫から取り出していると思わせるんですよ。そして、無駄に動き回ってもらって、時間を稼ぐんです。今ならケープタウンにも多少の協力をしてもらうことが可能だと思います」

「ショウさん」

「はい?」

 俺が興奮して口から泡を飛ばしていると、セシルさんが、じっと俺の顔を覗き込んでいた。

「やっぱりズルいです」

 そう言うセシルさんの表情も、素晴らしい悪戯を思いついた子どものようだった。

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