初めてのボスと戦う
熊に近いところで向かい合っている先行者の3人は、なぜか全員固まってしまっていた。さすがにボスと戦いに来たんだろうから、出てきてびっくりしたってことはないと思うんだけど。とりあえず、はしっこの一人を鑑定してみる。
……鑑定結果。状態異常「恐怖」というのがついてる。さっきの咆哮に追加効果があった、と考えるのが自然かな。熊は新手の僕らを睨んで今のところ様子を見ているけど、このままこの三人の動きが止まってるのはよろしくない。せめて戦ってからにしてください(鬼畜)。とりあえずダガーで一人の腕をちょこっと刺してみたらなんか恐怖状態が解除されたので、続けて残りの二人もえいえいと刺して解除する。ゲームの中とはいえ、なんか人に刃物刺すの抵抗ある。後ろの二人もちょっと動きが鈍ってたのは影響を受けてたから?振り返ってダガーを振り上げ、首をかしげてみると二人はぶんぶんと首を振って拒絶の意思を示した。大丈夫そう。
それを眺めていた熊が唐突にこちらに向かって動き出す。そのスピードは見る限りユウさんより少しだけ遅く、ヴィートよりは速い。とりあえず周りにまばらに生えている貴重な安全地帯の木に向かって僕はダッシュし、いつものようにすいすい上に登る。そのまま下を眺めると、ユウさんと先行者のうち剣士らしき男が熊を引き付けてる間に、それ以外が少し距離をとっていた。向こうの残り二人は魔術師っぽい女性と、盗賊っぽい青年。前衛が剣士二人、後衛三人+木の上の僕、って感じの布陣になっている。後ろで魔術師(女)がぶつぶつ何かを唱えているところを見ると、どうやら魔法を使うつもりみたい。巻き込んだりしないのかな。そういえばゲーム内でまだ魔法見たことないし、これも不明。あとは盗賊ってどうやって攻撃するんだろう、と見ていたら投げナイフを取り出した。あれ、刺さるのかな……。僕もとりあえず試しに挑戦してみる。認識阻害がボスに効くのかどうか。よいしょ。これがかからなかったらもう応援くらいしかできないので、なんとかお願いします。
集中しながら、剣士二人が熊と戦っているのをしばらく眺める。何回か熊を切り付けてはいるんだけど、どうもダメージをあまり受けている様子がない。盗賊(男)の投げナイフはそもそも刺さらない。そして、相手の攻撃をかわして体勢を崩した剣士(男)に向かって熊が手を振りかぶる。空気をするどく割く音がここまで聞こえてきそうなほど重みのある張り手をもろにくらって、剣士(男)が吹っ飛んだ。装備を固めてるから死なないだろうけど、装備のせいで動きが鈍くなっているような気も……。その直後、ユウさんが飛びのき、そこに魔術師(女)が放ったらしき火球が直撃し、熊とその周りに炎をまき散らした。……あ、ちょっと焦げてる。魔法の方が効くっぽい。
そして眺めていると、いつもよりだいぶ時間はかかったけれど、認識阻害をかけた手ごたえがしばらくしてあった。やった!さすが№持ちの固有スキルなだけあって、ボスも効果範囲内らしい。いいね!
……ただ、熊の隣でニコニコ笑いながら立っている自分の幻影が爪の生えた大きな手でぶん殴られているのを見て、かかったのは大変喜ばしいんだけど……なんだかちょっと複雑。幻影なので、別に空振りしてるだけなんだけどね。……あいつ、№で言うなら10以上差のある上級魔族である僕の顔面に躊躇なくフルスイングしてるんだけど、魔王軍の上下関係っていったいどうなってんの?というか自分より上位№の顔を判別できないっていうのがそもそも、と思ったけど、僕も直属の上司の顔を覚えていなかったので痛み分けか。
……でも、これからどうしようか。自分自身を攻撃させるっていうのがうまくできないし。今の状態で相手の攻撃が味方に当たらないってことだけでも喜ばしくはあるんだけどさー。
すると、さっき吹っ飛ばされた剣士(男)がヴィートの回復魔法を受けた後、熊に向かって突進して思いっきり剣を振りかぶり、振り下ろした。熊の胴体に一本の大きな傷が入り、血が飛び散る。お、おお、まともに入っただけあってダメージあり?でも、それで認識阻害が当然解除され、前衛二人に熊が向き合う。まあしゃーないね。だって向こうはダメージ受けたら解除されるって知らないもん。……ただ、この状態だとどうもこのまま押し切られる感じがしていかんね。
そしてとりあえず、もう一度認識阻害をかけなおそうとして熊の方を見ると、向こうもこちらを見ていて、目が完全に合った。まずい。枝に座っている状態から立ち上がり、身構えるのと熊がこちらに突進してくるのはほぼ同時。そのまま熊が木の根元まで来たあと、吠えながら大きく腕を振りかぶり、幹をぶん殴ると、大きな音とともにごっそり爪の当たった部分が直径の1/3くらい削られ、大きく木が揺れる。そしてもう一発。幹の半分以上をえぐられた木が傾いていき、木ごと倒れて地面に激突する前に僕は無我夢中で枝を蹴って横に飛び、着地してそのまま勢いでゴロゴロ転がった。下が草原でなかったら即死だった。追撃しようとした熊に魔術師から二発目の火球が向かい、その直撃を受けて熊が足を止めた隙に僕は飛び起き、大急ぎで走り去って、とりあえずみんなの後ろに隠れる。HPは確認しなくても残り1かな。レベルが上がっていてよかった。転がって着地できたのは、正直奇跡に等しい。
「木が倒れたとき、正直もう駄目だろうなって思ったけど、お前ほんとに逃げるのうまいのな……いや、褒めてるんだぞ、マジで。大したもんだ。回復してやるよ、こっち来い」
ヴィートに回復してもらいながら熊に向かい合う。どうしようか。周りの木に登っても、次落とされたら多分死ぬし。うーん。そのまま眺めていると、熊が、天に向かって大きく吠えた。さっきより音は大きくない。しかし、その音を合図にしたように、周りからカマキリやトカゲが何匹も集まってくるのが見えた。……まずい展開。
地上にいても僕はこの状態だとすぐ死ぬので、もう一度敵のいない周りの木にダッシュ。幹が太い木は登れないので、残念ながらさっきと同じくらいの大きさの木である。そして、僕は幹の向こうに隠れ、顔だけ出して、やはりこの場の一番の脅威である熊に認識阻害をかけようともう一度チャレンジした。さっきは丸見え過ぎたし。
集中しながら見ていると、集まってきたカマキリとトカゲは熊を守るようにその周りを固めている。同じ上級魔族なのに、僕と違って魔物に対する人望(?)があるらしい。くそう。あまり敵から攻撃を仕掛けてこないのがまだ救いか。守りを固めた魔物側にこちら側もなかなか攻めあぐねているらしく、そのままお互い睨みあった状態がしばらく続いた。……あ、認識阻害2回目かかった。そのまま熊を誘導して、とりあえず近くにいるカマキリ2体を薙ぎ払わせることに成功する。
でも、これ続けてもなあ、と迷っていると、なんだかカマキリとトカゲの雰囲気がおかしいのに気づいた。なんだか熊の方をじっと見てる。……あれ?何?これは……ひょっとして、人望、下がってる?呼びつけられて駆けつけたのに仲間が殺されたんならそりゃそうか。僕でも切れるわ。そのまま、ユウさんにとりあえず木の上からジェスチャーを送る。しばらくそのまま。たぶん、伝わったのだろう。少しみんなは距離をとり、攻撃を仕掛けずに相手をじっと見守った。熊は周りを固められた状態でもう一度吠えるが、周りの魔物は動かない。そうしているうちに、三度目の認識阻害が成功し、熊は次はトカゲに噛みついた。その攻撃で、完全に魔物は熊を敵と認識したのだろう。その場の魔物の全員が熊に向き直り、それからその場は一転して怪獣大決戦に様子を変えた。
結局、熊は相当強かった。その場にいた魔物は数えた限りカマキリ8体、トカゲ6体。その全てを叩き伏せることに成功したが、トカゲ1体をしとめる間にカマキリ2体に切り付けられ、カマキリ1体を吹っ飛ばす間にトカゲ2体に噛みつかれ。全てを叩き伏せたが、満身創痍になり。そこに、準備万端で用意していた魔術師の火球が直撃したあと、飛び込んだユウさんの大剣により、胴体を袈裟懸けにされた熊は、そのまま断末魔の叫びをあげ、光に変わる。……勝った!
「上級魔族(№50)アンドレアスがプレイヤーにより討伐されました」
僕のもとにシステムからメッセージが届く。きっとそれは同時にプレイヤー全員のもとに届いた、この冒険の最初の一歩が踏み出されたことを告げる、始まりの合図だった。
すみません、すごくぎりぎりになってしまいました。




