戦闘中の幻覚の有効性について
いやー、これはプレイヤーにはまっとうな手段では勝てませんわ。目の前で戦う二人の様子を見ながら僕は再確認する。なんとか動きは目で追えるけど、たぶん真正面から戦ったら一撃で切り捨てられるだろう。無理無理。今、犬三匹と戦ってるんだけど、犬より早いもん、二人とも。ユウさんとか華奢な体で大きな剣を振り回しているし。あ、犬のラスト一匹がやられた。お疲れ様です。
「もうすぐ森だけど、ほんとに大丈夫?」
ユウさんが気遣って声をかけてくれる。でも、既に何度か戦闘になってるけど、僕一度も戦ってないし。前線で二人が戦ってるのを後ろで見てるだけだし。逆に申し訳ない。
「でもさ、逃げ足結構早いよな。さっきも犬に一番早く気付いたろ、それで俺たちも準備ができたしな」
そうなんだよ、スパイだけあって、敵が近づいてくるのはなんか結構遠くからでも感じ取れる。まあ早めに気づいても自分で対処ができないんだけど。そして、これまでの3日間はなんだったのかと思うくらいにすんなりと、僕たちは森にたどり着いた。二人は昨日から森の探索に入っているらしい。なんでも奥の方にボスがいるとかなんとか。だいたいこういうのっていきなりボスのところまで流れで行っちゃうのが多い気がするけど、絶対奥に行き過ぎるなよ、絶対だぞ!雑魚敵に辛勝なのに、ボスなんて見ただけで死んじゃう気がする。
森の中は、外よりは少し薄暗いけれどそこまで草木が密集してる訳でもなく、木漏れ日の中、踏み固められた道がいくつかに別れて森の奥に続いていた。木があるということは僕も戦えるということだ。あたりを見回して登りやすそうな木を確認する。うむ、やっぱり木がないとね。あとは獲物は何だろう。
「ここではどんな魔物が出るんですか?」
「昨日見たのは鹿とか犬とかでかいトカゲ、あとカマキリぐらいだな。」
……動物系か。きっとここのボスって熊とかな気がする、なんとなく。今日の目的は、この森の探索とボスエリアの特定、らしいから、ボスエリアに侵入=戦闘、でないのを祈るばかり。
そして、道なりに三人でしばらく進むと、大型犬くらいあるトカゲと人間くらいあるカマキリが草むらからいきなり飛び出してきた。思ってたより数段でかい。というかカマキリはでかすぎて草むらから上半身(?)が見えてたから、丸見えだったけど。その辺はしょせんは魔物である。僕はすぐに近くの木にダッシュで登る。もう木登りなら誰よりも多くこなしている気がするけど、これも生き残るための知性よ、魔物には真似できなかろう。
……安全地帯まで上がって下を見ると、ユウさんがカマキリ、ヴィートがトカゲと相対していた。既に両方とも交戦状態に入っているが、やはり草原の敵とは違ってなかなか強いらしく、決定打は与えられていない。……カマキリの方が攻撃力がありそうだから、あっちに認識阻害をかけてみようかな。カマキリの前に僕が現れて周りをぐるぐる走り回るイメージを送ってみると、しばらくして、やっぱりそれが相当ウザかったのだろう、カマキリはユウさんじゃなくて僕の幻影の方に鎌を振り回し始めた。そのままトカゲの方に誘導して、トカゲの背中に僕が座る幻覚を見せると、カマキリは鎌をそのままトカゲに思いっきり振り下ろし、トカゲはそのままスパーン!といい音を立てて真っ二つになった。認識阻害すげー!……あと、思い切り良すぎ!どんだけ僕のこと殺したいの!?その後カマキリをユウさんとヴィートが二人でタコ殴りにし、戦闘は無事終了した。
……やっぱり上級魔族って魔物に恨まれてる、今確信できた。あと、トカゲを斬り殺した後、カマキリは正常に戻ってたみたいに見えたから、認識阻害はどのタイミングでかはわからないけど、効果が切れるみたい。そりゃそうか、永続的だったら、かかったらもう勝ち確定みたいになっちゃうし。運営様の頭もそこまで狂ってはいなかったようだ。とりあえず枝を伝って、驚いてる二人の元に戻る。ふふふ、見たかね。限定的な条件だと足を引っ張る以外のこともできるのだよ、ほんとに限定的だけど。
「……今のは、なんだ?」
「さあ、動きが明らかにおかしかったけど……サロナ、何か上から見てて気づいた?」
「……ふっ、あれが私の催眠術の力です!」
腰に手を当てて自慢げに宣言するが、今考えたら、催眠術って響きが超怪しいね。幻術とかにすればよかった。幻術士、なんかかっこいいし。しまったけど、もう変えられない。残念。
「魔物を操れるのか……」
いや、ちょっと違う。あってる?うーん、まあいいけど。
「それにしても、そんなジョブにスキル、あった?掲示板でも見たことないんだけど……」
ユウさんも首をかしげて疑問を口にした。あ、これまずい流れだ。
「……いや、ありましたよ?普通に。きっと催眠術師なんて怪しいジョブだからみんなスルーしたんでしょうけど、でもあんなにジョブ一覧があったらほとんど選ばれてない職業もあるのは当たり前のような気も……」
「あんなにジョブがたくさんあったのにわざわざその怪しい職業をお前が選んだ理由は何だよ……まあそれはいいか、お前変わったもの好きそうだし」
よかった。いや、よくない。そんな理由で納得されると困る。
「でも、さっきみたいなことができるなら、すごく助かるわ!戦いやすさが全然違うし。本格的にパーティーに勧誘したくなってきたぐらい!……あと他にもできることはある?言える範囲でいいんだけど!」
興奮した口調で尋ねるユウさんに何か僕の強みを提供できたらいいんだけど……あとは木登りくらい?残りは全状態異常無効だけど、これを言うと間違いなくおかしいとして切り捨てられるからパス。あ、あと忘れてはいけないあれか。
「兎殺しというスキルで、ウサギに大ダメージを与えることができます」
「それは別にいいや」
急にテンションの下がるヴィート。なんでや、ウサギ強敵やろ。
そして、狩りを続ける中で分かったこと。認識阻害はかかってる魔物がダメージを受けたら解ける。かかってる魔物が他の敵に攻撃しても解ける。だからかけるとしたら、攻撃力の高い敵が、効果的。……前を歩く二人を見ながら、うーんと僕は考える。この、認識阻害。攻撃力の高い相手が効果的。森の中で一番効果的な魔物はカマキリだけど。きっと、他にも当てはまるものはある。……例えば強い武器を持ったプレイヤー、とか。この能力は魔王軍に味方したときにきっと起こる対人戦を想定されてつけられたんだろう。でもそれは運営に進む先を決められているようで、なんだかちょっと気に食わなかった。




