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ゲームの中で魔王から世界を救おうと思ったらジョブが魔王軍のスパイだった  作者: うちうち


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「ふたり」

 閉じられた扉をしばらく立ったまま眺めた後、そのまま僕は自分の部屋のベッドに入る。ここは魔王城なのに、体が思った通りに動いた。それが、逆に僕の中では大きな違和感だった。



 翌日。魔王城でお世話になった人たちの元を訪ねて回る。一部資金回収も兼ねて。まずは近いところ、武器庫からかな。僕はひょっこり入口から顔をのぞかせる。……あ、いたいた。白衣をまとった武器庫の主は、今日も端の机に向かって、おそらくグロイ性能があるであろう手甲をうっとりした表情で眺めている。


「あのー、また宝剣5本ください」


「もう建前すら捨ててますよね、あなた」


「最後ですから。あの、装備ありがとうございました。助かりました」


 そう聞いて、不思議そうな顔をする武器庫のお兄さん。もうここには帰って来られないだろうし。






「あの、お世話になりました。当初の魔王城で生き延びられたのはあなたのおかげです」


「え、どうしたの……?……まさかついにクビに……?」


「実はそうなんです」


「真面目な顔で返事しないでよ、冗談よ、悪かったから。……え、ほんとはどうしたの?」


「しばしお別れなので。中庭でのおやつ会、いつかまた開けたら嬉しいです」


 アレットさんにもお礼をして。そうして、僕はフードのところへ向かう途中、中庭を通りがかった。……みんなで集まってのんびり過ごしたおやつ会。その時にアルテアさんから褒めてもらえたことを思い出す。


 ……アルテアさんの部屋には、結局行かなかった。いないだろうし、……次に会う時は敵同士だと、何も言われなかったけど、あの時伝わってきたから。……どうして、あの時僕を始末しようとしなかったんだろう。たぶんあのまま普通に戦ったら負けてたと思う。こっそり鑑定したらステータス、ヤバかったし。


 ……敵同士じゃない最後の夜を、ってことだったのか。……それとも、ゆっくり考えなさい、と言ったからには結論が出るまでは待つ、と、そういうつもりだろうか。何となく、そっちの方がしっくりくる。そう考えながら、僕はフードの部屋をノックして、もう一人の主人が出てくるのを待った。




「あの……送っていってもらえないでしょうか……」


「うわ。この前送って行ったばっかりなのにまたいる……あのですね」


「もうこれで最後にします!」


「……はあ……いいですけどね。もう、なんでも」




 そして送ってもらった街の広場で。帰ろうとするフードに対して、僕は聞いておかないといけないことを確かめる。


「どうして、私とあなたとアルテアさんの三人だけが、街の中で魔法を使えるんですか?特に、アルテアさんが何故かが、分からないです」


 これで普通に返して来たら、きっと三人だけ、っていうのに嘘はないと思う。さすがに相手が嘘を言ってるかくらいは、僕一人でも確実に感じ取れるようになってきたし。


「そうですね……アルテアが使えるのは、……あなたの様子を見に行きたい、と私に訴えて。私が管理者に伝えたら、できるようになっていました」


「……そう、ですか……」


「だから、アルテアとあなたがこうなってしまったのは、彼女がちょっと可哀想です。それは本当に、しなければならないことだったんですか?」


 しなかったら、本当に全部なくなるだろう。でも、その代わりに、した場合は。アルテアさんとサロナが仲良くする未来っていうのは、永遠に、ない。


「……あなたを倒して、それで終わりなら一番良かったんですけど」


「それは無理ですね。上級魔族50体はそれぞれ私の欠片でもありますから。だから全員が消滅しない限り、私に実体は戻りませんし、倒せません。……正直、それをどうにかしてひっくり返して。あなたが私に届くかとも、期待していたんですが……やはり壁は越えられないようですね」


 その条件じゃどうやっても駄目やん。何も言い返せない。ただ、ここで黙ったらそれを認めたような気がして、悔し紛れに僕は言葉を発そうと試みた。言うだけならタダだし。そして出てきたのは、何だかこちらの方が大魔王っぽい台詞だった。


「……私が倒れても、第二、第三の私が現れ、必ずあなたの前に立つでしょう」


「……そうですか。それは楽しみです。……あなたと話すの、結構楽しかったですよ。お互いこういう面倒な関係でなければ良かったんですけどね。…………それでは、さようなら」


 背を向け、薄れていくフードの背中。どこへ向かうかはっきり決まっているその姿は、何故か副町長の去り際とどこか被って見える気がした。








「戻ってきました」


「あ、おかえりなさい。早かったですね」


「また避難部屋に入ってもいいですか?考えたいことがあるんです」



 考えたいことっていうのは、サロナの結論待ちと、対アルテアさん攻略だった。鑑定で見えたのはステータスのみ。時間限定の不死でこれ対抗できるの?ってレベルで差がある。でも死なないんだから、どうだろう。互角程度には……無理かなあ。僕はもう一度覚えてる限りでアルテアさんのステータスを思い出す。


〈ステータス〉

名前:アルテア(№7)

種族:魔族

レベル:250

攻撃力:900くらい

防御力:1100ちょっと?

すばやさ:400台?

魔力:5000弱

(鑑定不能)

HP:9800

MP:22500


 なぜあんなに華奢なのに、岩でできた竜と同じくらいの防御力があるのか。詐欺である。でも僕も歩く詐欺と化しているので、あまり人のことは言えないけど。特にHP、MPはちゃんと覚えようと思っていたのでこれで間違いないはず。正面からぶつかったら、多分死ぬな、これ。


 ……死なないためにはどうしようかとしばらく考えるも、都合のいいアイデアは全く降りてこない。僕はふと、今日の朝からずっと静かなサロナのことが気にかかった。そっと自分の内側に耳を澄ませる。


 ……そこに広がるのは、たくさんの悲しみと困惑と、何より途方に暮れた気持ち。周りに誰もいない、と。目を閉じてそれを感じていると、ただでさえ曖昧だった僕たちの境界線がどんどん溶けて薄くなっていくような気がした。でも、かまわないと思う。一緒にいた時間はアルテアさんと比べたら多くはなくても、これが僕達二人の会話、だった。


 ……そのままの状態で、僕はどれだけ経ったか良く分からないくらいの時間を過ごす。不意に、心の中で、足音が聞こえた気がした。やけに綺麗に聞こえたそれはきっと、自分が崖から踏み出した最後の一歩の音だったと。なぜだかそんな風にぼんやりと、僕は思った。

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