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婚約を解かれた星縫い令嬢は、消えた街の灯をつなぐ  作者: 銀細工ナギ


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6/20

光を売る商会の抗議

 眠り街に最初の灯がともってから、三日が過ぎた。


 一本だけの街灯は、夜ごと淡い金色を放っていた。明るさは王都の大通りに並ぶ星灯には遠く及ばない。それでも、灯の下を子どもが駆け、店先の老人が戸を閉める時刻を読めるようになった。人の顔が見える。それだけで、街は少しずつ眠りから目を覚ましていた。


 リセラが街灯の根元で光脈の揺れを確かめていると、通りの向こうから騒がしい車輪の音が聞こえた。


 黒塗りの馬車が二台、砂埃を上げて広場へ入ってくる。車体に描かれた銀の天秤。その紋章を見た瞬間、リセラの指が止まった。


 ローデン商会。


 王都で星灯資材を一手に扱う、ギルベルトの家の紋章だった。


 先頭の馬車から、濃紺の外套を着た男が降りた。四十代ほどで、整えられた口ひげの下に、笑っているのか怒っているのか分からない唇がある。男は広場に集まり始めた住民を見回し、胸元から封蝋の押された書面を取り出した。


「王立灯路局の許可なく、違法な星糸を街灯へ接続した者がいるとの通報を受けました」


 声はよく通った。わざと聞かせているのだろう。


「当該灯路はただちに停止し、使用された星糸はローデン商会が検査のため回収します。危険な粗悪品であれば、損害の責任を負っていただくことになりますな」


 ざわめきが広がる。


 男は名乗った。商会の灯材監査役、ヴァルドというらしい。


 リセラは書面に視線を落とした。王立灯路局の印はある。しかし、許可番号の欄が不自然に狭く切り取られている。そこへ、地図筒を抱えたレオンが人垣を割って進み出た。


「監査命令なら、局員である私にも提示を」


 ヴァルドは眉を上げた。


「これは局から商会へ委託された正式な監査です。あなたは測図官でしょう。資材の安全性に口を挟む権限はないのでは?」


「灯路を止める権限も、商会にはない」


 短い言葉だったが、広場の空気が変わった。


 レオンは書面を受け取り、隅々まで目を通す。リセラは彼の横から紙面を覗いた。停止理由は「接続方法の不明な光脈異常」。けれど、彼女が使ったのは、王立局から支給された星糸だ。粗悪品だというなら、最初に糸束を渡した局の記録と矛盾する。


「この命令には、どの灯路を停止するかが書かれていません」


 リセラが指摘すると、ヴァルドの笑みがわずかに歪んだ。


「街に一つしか灯がないのです。分かるでしょう」


「分かりません。灯路は街全体の設備です。一本を止める命令と、街の光をすべて管理する命令は別物です」


 住民の間から、低い同意の声が上がった。


 ヴァルドはリセラを見た。その目に、王都の婚約披露の席で向けられたものと同じ冷たさが浮かぶ。役に立たない古い技術を弄ぶ令嬢。そう値踏みしている目だった。


「お嬢様、でしたな。婚約を解かれたばかりだというのに、ずいぶん勇ましい。あなたの立場では、商会の資材を使ったと認めるだけで精一杯でしょう」


「私の立場と、星糸の性質に何の関係が?」


「ローデン商会は、星灯資材の流通を管理しています。許可なく扱った技術は、商会の営業秘密に抵触する可能性がある」


「技術まで、商会の所有物だと?」


 問い返した声は震えなかった。


 星縫いは、母から教わった手仕事だ。光の撚れを見つけ、一本ずつ針で戻す。誰かが値札をつける前から、彼女の指はその光を知っていた。


 ヴァルドは肩をすくめた。


「所有物かどうかは、王都で決めることです。ここで揉めるより、灯を消していただきたい。商会なら、代わりに新しい灯材を有償でお貸しできます」


 有償。


 住民の顔が曇る。一本の灯をともすために、いくら払えというのか。しかも、その灯は商会の都合でいつでも取り上げられる。


 リセラは街灯を見上げた。星糸は静かに光っている。糸の中を流れる光は、地下の脈からまっすぐ上がっていた。誰かが無理に引けば、周囲の脈まで裂ける。


「検査をするなら、私も立ち会います」


「あなたが?」


「この灯を縫ったのは私ですから」


 リセラは針箱を開き、糸の結び目を示した。


「ここをほどけば検査はできます。ただし、今夜の灯は消えます。再接続には三日、いえ、商会の資材なら一週間はかかるでしょう。その間、街の人たちはまた暗闇へ戻ることになります」


「脅しですか」


「事実の説明です」


 レオンが地図筒から測図紙を広げた。街灯の位置と地下の光脈が、細い線で正確に描かれている。


「この灯は既存の脈に沿っている。接続前に測った数値と、点灯後の数値にも異常はない。停止する理由は存在しない」


 ヴァルドは紙を見て、ほんの一瞬だけ目を細めた。


「測図官の地図が、資材の安全を保証するわけではない」


「なら、資材の出庫記録を出してください」


 レオンの言葉に、ヴァルドの手が止まった。


「何の話です?」


「支給された星糸が粗悪品でないなら、どの倉庫から、いつ、誰の承認で出たか記録があるはずだ。今回の糸束には、局の封印が残っている。商会が回収する必要はない」


 ヴァルドは書面を折り、外套の内側へしまった。


「ずいぶん商会を疑われる」


「疑っているのは、あなたがたです。根拠もなく、この街の灯を危険だと言った」


 レオンの声には怒気がなかった。それがかえって強かった。


 結局、ヴァルドは灯を回収できなかった。代わりに、三日以内に正式な停止命令を持って戻ると言い残し、馬車へ乗り込んだ。


 車輪の音が遠ざかると、ミナが街灯の柱の裏から顔を出した。


「あの人たち、前にも来たよ」


 リセラは振り返った。


「いつ?」


「灯守のおじいさんが倒れる少し前。大きな箱を運んで、地下道へ入っていったの。帰るとき、箱は空っぽだった」


 ミナはポケットから、小さな金属片を取り出した。銀の天秤が刻まれている。古びた封印板の一部らしい。


 レオンが受け取り、裏返す。そこには薄い数字の列が刻まれていた。


「灯路台帳の番号だ」


「台帳?」


「街ごとの光脈、資材、修復履歴を記した記録。局と商会の双方が保管している」


 リセラの胸に、母の作業机で見た古い紙片がよみがえった。途中で切れた日付と、消された街の名前。母は何かを見つけ、書き残そうとしていたのではないか。


「台帳を見れば、誰がこの街の光を動かしたのか分かる?」


「残っていれば」


 レオンは金属片をリセラへ返した。


「商会が先に隠す可能性がある。明日、局の保管庫を調べる」


「私も行きます」


「抗議の相手は、あなたを名指しするかもしれない」


「だからです。私の針が粗悪品ではないと証明したい。それに、この街の灯を売り買いする人たちが何を隠しているのか、私自身の目で確かめます」


 レオンはしばらく黙っていた。それから、地図を巻きながら言った。


「分かった。明朝、出発する」


 街灯の光が、彼の横顔を照らした。地図の上に落ちた光は、細い糸のように見える。


 リセラは針箱を閉じた。


 灯を消させないためには、光だけでなく、光がどこから来て、誰の手を渡ったのかを知らなければならない。


 明日、二人は消えた記録を探しに行く。

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