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4.罪深き五年間

 最初に重苦しい沈黙を破ったのはマリエルだった。

 五年間の自分の様子よりも、まず確認しなければならないことがあったからだ。


「サイラス様。大変申し訳ないのですが、五年間のわたくしのことについて伺う前に、娘について教えていただけますか?」

「確かにまずは、そこからだな……。今の君は自分の年齢すら把握していないだろうから、その辺りから説明しよう」


 そう言ってサイラスは深呼吸をするように小さく息を吐いた。


「まず私たちの娘のセアラだが、もうすぐ四歳になる」

「では今は……三歳?」

「ああ。ちなみに今の君の年齢だが、一カ月ほど前に二十一歳になったばかりだ」

「二十一……に、二十一!?」


 淡々と説明を始めたサイラスの内容にマリエルが素っ頓狂な声を上げた。

 その反応を目にしたサイラスが、再び深いため息を吐きながら補足する。


「セアラは君が十七になったばかりの頃に産んだ子だ」

「じゅ、十七!? あ、あの! そ、それでは私とサイラス様は……」

「いわゆる婚前交渉をした、ということになる」

「こ、婚前交渉!? 私が!?」


 まさかの展開に言葉を失っていると、サイラスから呆れるような白い目を向けられる。


「言っておくが、この件に関しては完全に私は君の被害者だ」

「ひ、被害者……?」

「君は私と顔合わせをした二週間後、初めて二人で参加した夜会で私に強力な催淫と睡眠効果のある薬を盛り、体の関係を強要してきた」

「ええっ!? ――――っ!」


 あまりにも酷すぎる展開に大声を上げると、忘れかけていた全身の痛みがマリエルを襲った。


「大丈夫か? やはり日を改めたほうが……」

「い、いえ! 続けてください! むしろこの状態で日を改められるほうが心身ともに良くないです!」

「そ、そうか、わかった。だが、体調的に無理そうならば、すぐに言ってくれ」

「体の痛みよりも今、聞かされた内容のほうが辛すぎるので大丈夫です……」

「それは……大丈夫ではないんじゃないか?」


 呆れた表情でサイラスが呟くが、痛みに耐えることに必死のマリエルの耳には届かなかった。


 体よりも心のほうが痛い……。


 それが今もっとも強く感じているマリエルの気持ちである。

 そんな罪の重圧と戦っている妻にチラリと憐れみの眼差しを向けたサイラスだが、すぐに容赦なく話を再開させる。


「その後、君は三カ月間にわたり薬を使って三回ほど私を襲った。一回目は初めて二人で参加した夜会。二回目は婚約者の義務として嫌々ながら私が君の家を訪問した時。三回目は……面会を避けていた私に痺れを切らした君が我が家に押しかけてきた時。恐らくセアラは、その三回目の時に出来た子だ」

「そ、そんなことって……」


 虚ろな表情で当時マリエルにされた仕打ちを淡々と語るサイラスだが、加害者であるマリエルのほうは衝撃的すぎる現実を突きつけられ、息すらできないほどの放心状態に陥っていた。


 今の話が本当であれば、五年前のマリエルの行動は完全に強姦罪に該当する。

 だが薬を盛られたとはいえ、男性が女性に襲われたという屈辱的な状況では、サイラスは訴えることなどできなかったのだろう。

 ましてや婚約者同士ともなれば「挙式すれば遅かれ早かれ、そのような行為をするのだから問題ないのでは?」と軽視されやすい。


 だが、なぜ自分は薬まで盛ってサイラスとの肉体関係を求めたのか。

 五年前に異常な行動に出た自分の心境が、どうしても理解できない。


 確かに初めて顔を会わせた時に自分は、すぐにサイラスに恋心を抱いた。

 しかし、体の関係を求めてしまうほどの情熱的な想いではなかったはずだ。

 そもそも自分が、薬を使ってまでサイラスを手に入れようとしたことが信じられない。


「どうして私はサイラス様を辱めるような酷いことを平然としたのかしら……」


 あまりにも今の自分とかけ離れた行動をした五年前の自分への疑問が、思わず口から漏れ出てしまう。

 その瞬間、サイラスの表情が怒りを爆発させるように変化した。


「それを聞きたいのは、こちらのほうだ!!」


 突然、怒鳴りつけられたマリエルが、ビクリと肩を震わせる。

 すると我に返ったサイラスが、気まずそうにマリエルから視線を逸らした。


「すまない……。記憶がない今の君を責めても意味がないことは理解しているんだが、つい感情的になってしまった……」

「……いえ。そうなってしまうのは当然のことです。こちらこそ、まるで他人事のような発言をしてしまい、大変申し訳ございませんでした……」


 複雑な心境のサイラスと、自分の重すぎる罪で顔色を失ったマリエルの間に今日一番の重苦しい沈黙が流れる。

 今の状態は、屈辱的な扱いを受けたサイラスが加害者であるマリエルに当時の状況を説明している酷い状況なのだ。

 それで感情的になるなというのは、被害者のサイラスにとっては無理な話である。


 マリエルのほうも罵倒されても仕方のないことをしているので、サイラスの話を聞くことで針の筵状態に陥っていた。

 そんな重苦しい雰囲気を振り払うようにサイラスが短く息を吐く。

 そしてポツリと自分の中にある葛藤をこぼした。


「だが、そういう経緯があったからセアラはこの世に生まれたんだ。そう考えると、私は君を責めていいのか時々わからなくなる……」


 サイラスの言い分に驚いたマリエルは、ゆっくりと顔を上げた。


「君の行動を責めてしまったらセアラの存在を否定することになる。もちろん、君から受けた屈辱的な体験は、決して許すことなどできないが」

「そう……ですよね……」

「それでも君はあの子を生んだ母親だ……。これまでそう自分に言い聞かせ、形だけでも夫婦という関係に徹してきた。だが……それすら考え直さなければならない状況が訪れたんだ」


 急に刺すような視線を向けてきた夫にマリエルの背筋が反射的に伸びる。


「三日前、私はセアラの教育係として雇った夫人からある報告を受けた。夫人は……二週間ほど前に君からセアラに対して虐待に近い教育方法を行うよう強要されたそうだ」


 その瞬間、マリエルの中の何かが絶望とともに音を立てて崩れていった。



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