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【本編完結】記憶を失くした悪妻侯爵夫人は冷遇していた娘を溺愛する  作者: もも野はち助
【本編】

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12.深い悲しみ

 兄は盛大に両手をテーブルに叩きつけて立ち上がり、肩を怒らせながらマリエルに詰め寄ってきた。

 そのあまりにも鬼気迫る表情にマリエルが後ずさるも、勢いよく両肩を掴まれ乱暴に壁に押しつけられる。


「――っ!!」

「どの口でそんなことが言える!? お前は……母上が危篤状態のときに夫の制止を振り切り、領内の保養地で優雅に過ごしていたじゃないか!! それなのに今さら『会わせろ』だと……? ふざけるなぁぁぁ!!」


 至近距離で怒鳴りつけてきた兄は怒りで目を赤くし、涙まで浮かべていた。

 そんな兄の様子からマリエルの中にとてつもない恐怖と絶望が流れ込んでくる。


「レシオンやめろ!! 落ち着け!!」


 怒りで妹を壁に張りつけている息子を父親が慌てて後ろから取り押さえ、引き離す。

 父により兄の拘束から解放されたマリエルは、放心状態のまま脱力するようにその場にペタンと座り込んだ。


 だが、全身が激しい震えに襲われ上手く口が回らない。

 指先も信じられないほどの速さで冷えていく。

 そんな症状を感じながら自分を睨みつけてくる兄にゆっくりと視線を向けた。

 怒りでなのか、悲しみでなのかはわからないが瞳に涙を溜めた兄と目が合う。


「お母様は……もう……ここにはいないの……?」


 そう口にした瞬間、マリエルの震えは歯をガタガタ言わせるほど激しくなる。

 今は母がどうなっているのか知りたくない。

 だが、先ほどの兄の言動から今の母がどのような状態なのかを察してしまう。

 それを拒絶するようにマリエルは何度も首を振った。

 すると、瞳からボタボタと大粒に涙がこぼれる落ちる。


 ふと部屋の奥に視線を向けると、今度は唖然とした様子で憐れむような表情の父と目が合った。


「マリエル……お前、本当に記憶が……」


 父親からの憐憫の眼差しがマリエルを絶望の淵に叩き落とす。


「う、嘘……嫌……嫌ぁぁぁ!! お、お母様……お母様ぁー……」


 室内にマリエルの悲痛な叫び声が響き渡る。

 そんな妹を兄レシオンは瞳に涙をためたまま、今度は悔しそうな表情で睨みつける。


「母上は……亡くなる直前までお前に会いたいと何度も口にしていた……。それなのに……お前は!! 会いにこなかったうえに葬儀にすら顔を出さなかったんだ!!」


 容赦なく責め立てくる兄の言葉をマリエルは何度も首を横に振って拒絶する。

 この五年間でマリエルは義両親だけでなく、自分の母親も亡くしていたのだ。

 実家に戻りたいと伝えた際、なぜサイラスがあそこまで覚悟するよう忠告してきたのか、今やっと理解する。


 あの時、サイラスは敢えて母の死をマリエルには伝えなかったのだろう。

 血の繋がった家族の口から聞いたほうがいいと配慮してくれたのだ。

 だが、マリエルが深く傷つくことも知っていた。

 実家を頼ろうとしたマリエルに渋い顔をし、何度も忠告をしてくれたのは、こうなることを予想していたからだ。


 娘への虐待以上に自分の心を絶望させることなどないと思っていたマリエルだが、大好きだった母の死を急には受け入れられない。

 しかも自分は顔を見せることも、最後の別れもしていなかったのだ。

 ここまで兄から憎しみをぶつけられても仕方のない動きをマリエルはしていた。


「わ、私……どうしてそんな……嫌……お、お母様……お母様ぁぁぁ!!」


 放心状態でうわ言のように懺悔の言葉を呟いていたマリエルだったが、あまりにもショックが大きかったからか、突然呼吸が上手くできなくなる。


「ふっ……はっ……」


 そんなマリエルの症状を部屋の隅で静観していた執事がいち早く気づき、慌てて駆け寄った。


「お、お嬢様!! 落ち着いてください!!」

「ひっ……うっ……」

「大丈夫です! 落ち着いて息を……息をゆっくりして!!」


 部屋に案内する際は一切マリエルを視界に入れなかった執事だったが、今は昔のように親身になってマリエルのことを介抱しはじめる。

 対して父と兄はあまりにも予想外の展開に放心状態となり、固まっていた。

 そんな頼りにならない主に痺れを切らした執事が扉に向かって大声で叫ぶ。


「誰かぁ!! 早く医者を―――っ」


 すると、執事が叫ぶのと同時に扉が乱暴に開かれる。

 だが中に飛び込んできたのは医者ではなく、二十代半ばくらいのメイドだった。


「マリエルお嬢様ぁぁぁ!!」


 そのメイドの姿を目にした瞬間、マリエルが勢いよく息を吸い込み激しく咳き込む。

 やっと呼吸することをはじめたマリエルに執事は安堵しながら、ゆっくりと背中を摩った。

 すると、入室してきたメイドがマリエルの傍らにしゃがみ込む。

 そのメイドの顔を見たマリエルは、瞳から大粒の涙をボロボロこぼした。


「フェニ……フェニぃー……」

「お嬢様ぁ……」


 執事に支えながらグッタリしているマリエルの手を涙ぐみながら取ったメイドは、八年前までマリエルの専属メイドとして仕えてくれたフェニアだった。

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瞬殺された断罪劇の後、殿下、
あなたを希望します


  ISBN:9784434361166
 発行日:2025年7月25日
 お値段:定価1,430円(10%税込)
 出版社:アルファポリス
レーベル:レジーナブックス

★鈍感スパダリ王子✕表情が乏しい令嬢のジレジレ展開ラブコメ作品です★

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