第5回
セオドアがその話を聞いたのは、髪を元の横三つ編みに戻し、いつもの服に着替えて戻ってきてからだった。
本当は、店開きのときに再度客寄せをしなくてはいけなかったのだが、もう神経がもたないと、ライラに頼みこんで辞退させてもらったのだ。
そのかわり、荷運びなど力仕事を引き受けると。
裏方のほうが自分には合っている。つくづくそう思いながら戻ると、エイラスとライラが一緒にいて、彼女が来るのを待っていた。
「夕食の誘い?」
貴族がそんなことをするのか? と、話を聞いた当初、セオドアは驚いた。
「そうよ」
うれしそうにライラが招待状を見せてくる。
「町とか村とか、定置に入ったときにこういうのはよくあるのよ。来訪を歓迎されて、隊長やその家族、側近たちが宴に招かれたりするの。向こうからすれば商隊が来ることで町が活気づくし、新しい物が入ってくるから、心象を良くしてまた来てほしいわけね」
「なるほど」
「あー、でもまさかあたしまで招待されるなんて!
これ、本当にあたしよね!? 勘違いじゃないわよね!?」
「……うん。黄色のドレスを着た黒髪の踊り子、ってある。黄色を着ていたのはライラだけだったから、これはライラのことだ」
あの露出の高い派手な踊り子の衣装を『ドレス』と称するところに書き手の皮肉を感じながら、セオドアは応じる。
「そうよね! あーよかった!」
ライラがその言い回しに気付いている様子はなく、招待状にキスをしながらライラはくるくると回った。
「あたし、貴族さまと会うのはこれが初めてよ。
セオドアは? 会ったことある?」
「いや」
貴族に会ったことはなかった。宮に候補生として集められた者たちの中にちらほらとその子息子女だという者たちもいるにはいたが、ある意味、実力主義な宮ではそういった権威的な考え方は最初にそぎ落とされるので、特に特別さを感じたことはない。
ただ、彼らは普通王都や王都並に裕福な町にいて、こんな小さな町にはいないものじゃないかと思って尋ねると、答えたのはエイラスだった。
「それにはこの町の成立ちが関係しているらしい。
昔、ここは邪教徒の巣窟だったんだ」
「邪教徒?」
「うん。化け物を神と崇めて、頻繁に近隣の村や町を襲撃し、人をさらってきては生け贄として捧げてたらしい。町や村の者たちが対策したり、奪い返しに行っても返り討ちにあったり反対に襲撃がひどくなったりで、困り果てた彼らは王に彼らの討伐の嘆願書を出したんだ。
そのとき、王命によってこの地へやって来たのがモンティエール男爵のご先祖さまってわけ。まあ、当時はまだ爵位のない騎士だったんだけど」
「へー。詳しいわね、エイラス」
「そりゃ下調べくらいするさ。呼ばれた席で、地雷は踏みたくないからね」
「すごいわ。さすが隊長ね!」
ライラが感心した目を向けて褒めると、エイラスはちょっとうれしそうに胸を張った。
鼻高々という顔で話を続ける。
「邪教徒たちは強かったけど、ご先祖さま率いる王国軍はもっと強かった。みごと邪教徒を一掃したご先祖さまは報奨として爵位を賜り、この地を治めることになった。町を築き、邪教徒たちとの戦いのさなか、不運にも命を落とした妻の名前シャイアをつけた。
それから数百年、モンティエール男爵はさらに出世して、領地を広げ、豊かになったんだけど、それでもはじまりの地を忘れずに、年に1度はこの地を訪れて過ごすということを代々続けているそうだよ」
「じゃあ、ちょうどそのときにあたしたちが行き当たったってわけね」
「うん。運がいいな。ほかの場所じゃ、きっとこうはいかなかった。
彼の領地は栄えてる町や村が多いし、彼とお近づきになるのは隊にとってもプラスだ。だから2人とも、今夜はしっかり頼むね」
「任せて! ばっちり決めてみせるから」
セオドアの肩を引き寄せ、ライラがウィンクを飛ばす。
「いや、わたしは……」
こういう畏まった席は苦手だから、2人だけで行ってもらえないかと言おうとしたのだが。2人が聞いている様子はなかった。
◆◆◆
その後、身支度をする際にライラに言ったのだが「それは招待主に失礼よ」と軽く一蹴されて――それにライラの言葉が正しいと思ったため――セオドアも行くことになった。
ライラが用意してくれたドレスは昼間の物と比べると格段におとなしいもので、露出も少なく手足が隠されていることにほっとする。
(体のラインも隠れているものがよかったんだが、さすがにそれは望みすぎか)
とはいえ、ぴったり肌にフィットしているというわけでもなく、その点は良かった。
一方でライラは、昼間ほどではないが肩が両方とも露出し、豊かな胸を強調するボディスで、スカートも深いスリットが入っているというものだったため、セオドアのドレスはきっと、昼間の服装がセオドアにとって疲労するものであったことに気付いているライラの、彼女なりの配慮なのだろう。
「ふふっ。どう? エイラス。これならあなたも文句ないでしょ」
エイラスの前でくるりと回って後ろを見せる。
後ろも背中の半分以上が開いているという、まさに悩殺用のドレスだ。
「「おお! なんてお美しい。ライラ姫、どうかわたしの妻になってください」なーんて言われちゃったりして。
いっそ、男爵さまを籠絡しちゃおうかしら。
だってほら、招待されたってことは、目にとめられたってことでしょ? 十分可能性あると思うのよ。
もしそうなったら、どうしたらいいと思う? エイラス」
「さあね」
そんなことあるわけない、という顔でエイラスは全然取り合わないふうを装いながらもライラのドレス姿を無視しきれないらしく、ちらちらと胸元に目を配っている。
しかしライラはそれに気付かず、エイラスの愛想のない態度にむっとした顔になった。
「ちょっと。なによ、その気のない態度。失礼ね!
あたし、そんなに魅力ない?」
「ばか。相手は貴族さまだよ。僕たち平民なんか相手にするわけないだろ」
「そんなの分からないじゃない!」
などなど。2人のやりとりを後ろから見ながら、セオドアは、2人はお似合いだと思った。
ライラは昨日あんなふうに言ったが、エイラスも十分ライラを意識しているように見える。きっと何か、ちょっとしたきっかけがあればエイラスもライラへの想いを自覚して、2人は恋人同士になるんじゃないだろうか。
そんなことを考えて、ほほ笑ましく見守っていると。
馬の蹄の音とともにガタゴトと石畳をかむ車輪の音が聞こえてきて、闇の中から黒馬車が現れた。男爵の使いの箱型馬車だ。
止まった馬車の御者台に座っていた黒服の男が帽子のつばを指で挟んで一礼し、馬車の後ろから降りてきた男がうやうやしく客室のドア――そこには男爵家の紋章が描かれていた――を開ける。
そんなふうに扱われるのはこれが初めてと、ライラは興奮した様子でエイラスの手を借りて馬車へと乗り込む。
「セオドア。きみも」
「……ああ」
支え手は不要だと思ったが、これも礼儀というものなのだろう。エイラスの手に、手袋をはめた手を乗せて馬車へ乗り込む。
エイラスが向かい側に乗り込むと、男がドアを閉めた。
このとき、セオドアはなんだかいやな予感を感じていたのだが、それらしく思うところはどこにもないと思い直して、胸の予感を打ち消した。
きっと、こんな慣れない服装をして貴族の夕食会に行くことに気が塞いで、だからこんなふうに感じるのだろうと……。




