第34話「カヌレ・デ・ザムルー」
第34話
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グレた名門貴族の三男は、魔法の廃れた世界で、大魔導士の魔法の力をこっそり使い、世界を救う 第122話「影の守護者、カヌレを焼く」
と合わせてお楽しみください。
ヴァルノクスとの会談から1か月ほど過ぎたある日。
王都アイーズは、いつも通りの穏やかな朝を迎えていた。
――はずなのだが。
「マサヴェイ様、聞きました? 最近、王都に“カヌレ専門店”ができたらしいですよ~!」
シスモが朝からテンション高く、僕の部屋に飛び込んできた。
「カヌレ専門店……?」
「そうです! アユナちゃんも“すっごく美味しいらしいのよ!”って言ってました!」
アユナが……?
それは気になる。
すると、ちょうどそのタイミングで扉がノックされる。
「マサヴェイ王子、失礼します」
アユナが顔を出した。
淡い桃色のワンピースに、春色のリボン。
今日も可愛い。
「マサヴェイ王子。あの……もしよければ、一緒に行きませんか?
その……カヌレ専門店……」
少し頬を赤らめながら言うアユナ。
僕の心臓が跳ねた。
「い、行くよ。もちろん」
「やったぁ……!」
アユナが嬉しそうに微笑む。
その横でシスモが満面の笑みで頷いていた。
「では、決まりですね~!」
こうして僕たちは、王都で噂のカヌレ専門店へ向かうことになった。
・・・・・・・・・・
王都アイーズの中心街。
石畳の通りには、朝から人が多い。
「すごい……本当に行列だ……」
店の前には、すでに二十人ほどの列ができていた。
店の看板には、可愛らしいカヌレのイラスト。
「“カヌレ・デ・ザムルー”……名前まで可愛いな」
「マサヴェイ君、甘いもの好きだもんね~」
シスモがにこにこしている。
「ち、違うよ。甘いものは普通だよ。普通」
「ふふっ、マサヴェイ王子、耳が赤いです」
アユナがくすっと笑う。
……なんだこの幸せ空間。
列に並んでいると、店の中から忙しそうに動く店員の姿が見えた。
――その瞬間、僕は目を疑った。
(……え?)
黒髪を高く結い、白いエプロンをつけ、
信じられないほど手際よくカヌレを焼き、箱詰めしている女性。
あれは――
「リュシアンナ……?」
ヴァルノクス家長の一人、
忍びと情報収集の達人、リュシアンナ・ネレアーク・ヴァルノクス。
その彼女が、
なぜかカヌレ専門店で店員をしていた。
「マサヴェイ王子、どうしたの?」
アユナが首をかしげる。
「い、いや……なんでも……」
(なんでいるんだよ……!)
すると、リュシアンナがこちらに気づいた。
目が合った瞬間、彼女の表情が一瞬だけ固まる。
だが――
「い、いらっしゃいませぇぇぇ……!」
声が裏返った。
アユナが不思議そうに首をかしげる。
「この店員さん……なんだか緊張してる?」
「そ、そうですね~。新人さんでしょうか~?」
シスモが笑顔で言う。
(いや、絶対違う……!)
リュシアンナは明らかに動揺していた。
僕の方を見ないようにしながら、ぎこちなく接客を続けている。
そして僕たちの番が来た。
「い、いらっしゃいませ……! カ、カヌレはいかが……」
声が震えている。
(カヌレしか売ってないだろうが……)
アユナが微笑む。
「おすすめはどれですか?」
「えっ……あっ……えっと……!」
リュシアンナは完全にパニックだった。
普段の冷静沈着な姿はどこへ行ったのか。
「こ、こちらの“焦がしバターのカヌレ”が……その……とても……」
「とても?」
「とても……とても……!」
「とても……?」
「とても……美味しいです……!」
最後の方はほぼ泣きそうだった。
(リュシアンナ……忍びのプロなのに……)
アユナが首をかしげる。
「なんだか……この店員さん、マサヴェイ王子のこと見てません?」
「えっ!? そ、そんなこと……!」
リュシアンナが裏返った声で否定する。
「マサヴェイ君、知り合い?」
シスモがにやにやしている。
「ち、違うよ! 全然知らない!」
「そ、そうです! 全然知りません!」
リュシアンナも全力で乗ってくる。
(いや、乗るなよ……!)
アユナがさらに不思議そうに言う。
「でも……なんだか息ぴったりじゃないですか?」
「「ち、ちがいます!!!」」
僕とリュシアンナの声が重なった。
店内の空気が一瞬止まる。
アユナがぽかんとした。
「……仲良し?」
「「違う!!!」」
また重なった。
リュシアンナは顔を真っ赤にして、
カヌレの箱を震える手で差し出した。
「こ、こちら……本日のおすすめを……全部……!」
「全部!?」
アユナが驚く。
「ぜ、全部……買ってください……!」
「えっ……?」
「お願いします……! このままだと……私が……!」
リュシアンナの目が必死だった。
忍びのプロが、カヌレの店で追い詰められている。
(……買うしかないじゃないか)
「じゃ、じゃあ……全部ください」
「ありがとうございますぅぅぅ……!」
リュシアンナは涙目でレジを打ち、
山のようなカヌレを袋に詰めてくれた。
アユナが笑顔で言う。
「すごい……! こんなに買うなんて、マサヴェイ王子、カヌレ大好きなんですね!」
「ち、違うよ……!」
「殿下、甘党だったのですね~♡」
シスモがにやにや。
(違う……違うんだ……!)
店を出ると、リュシアンナが店の奥から
こっそり忍びのように手を振っていた。
(……絶対あとで説明してもらうからな)
僕は山ほどのカヌレを抱えながら、
アユナとシスモと一緒に帰路についた。
――王都アイーズに、
“秘密の拠点”が増えたらしい。
そしてその拠点は、
なぜかカヌレの甘い香りに包まれていた。
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