プロローグ
長谷川は目の前の少女を見ながら、何から教えるべきかを考えていた。
「……?」
セミロングの黒髪に黒い瞳、向かいに座る少女は、少し不安そうにして彼と目を合わせたかと思うと、その目をすぐに逸らした。
九歳にしてはその容姿はまだ幼く、少し瘦せているせいか小学校低学年にも見えた。
名前はユイ。
顔立ちは西洋風に整ってもいるが、日本人と言われても不思議ではなかった。だがそうではない。
「ユイは読み書きできるのかい?」
彼女は無言でゆっくり、首を横に振った。
「そうか……じゃあ、数字はわかるかな?」
少しだけ間をおいて、彼女は右手を上げるとゆっくり一本ずつ指を折って見せる。三本目を折ったところで「……さん……」と答えた。
「おぉ! 四とかもっと沢山の数字は?」
彼女は再び無言で首を振り、下を向いてしまった。
「そうか、よし! ユイはもっと数字を覚えたいか?」
「……ん」
すると消え入りそうな声を発し、少しだけ頭を上げて、長谷川に上目遣いで肯定した。
「よーし! そしたら今から俺はユイの先生になろう! まずは数字から、そして少しずつ読み書きもできるようになれたらいいな」
ユイが少し首をかしげたが、その表情が少しだけ和らいだように見えたことに、彼はホッとした。
彼女の知識が乏しい理由を長谷川はすでに知っていた。
彼女は少し前まで奴隷だったのだ――
出会って間もない、そんな訳アリ少女に何を提案するんだと思うが、これから一緒に暮らすのだから、やはり放っておけない。
そしてほんの数日前の出来事、彼は元の世界のことを、どうしてこうなったかを思い出さずにはいられなかった。




