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バットエンド・キャンセラー  作者: 赤槻春来
最終部.運命の子
112/113

ファルシュという女



 ────べちゃり。




 大量の鮮血が、引き千切られた肉と共に飛び散り赤く染める。

 吹き抜ける音が木霊する中、片翼を亡くした美しい肢体が、血だまりの中に崩れ落ちる。


「ユウさん──ッ!?」


 ただ一拍。遅れて状況を理解し始めて、コウスケの膝が地面につく。


 ──光無く、開いたままの瞳孔。抉り取られ、穴開き失った左腕左胸部。解かれた長髪が、遅れてソレを隠すように、身体に着いては赤く染まる。


「はやく回復魔法を─クソッ!今の俺じゃそんな余裕も…何か、いや、まずは止血か!?でも、この穴をどうやって──」



「──アハッ!」



 コウスケの鼓膜を震わす、(ユウ)と同じ笑い声。ただ必死に、目の前の男を助けようとする自ら(コウスケ)とは対照的に、声の主は足音を鳴らすと、顔を覗き込むように屈み口を開ける。


「そんなに必死こいちゃって…アハッ、アンタ程度でどうにか出来るわけないじゃん」


 ユウと同じ顔の、両手を返り血で赤く染めた女。

 何処か囁くように、そう言い放った彼女に対し、コウスケが視線を変えようとした刹那、全身の激痛と共にその視界がグワンと揺れ変わる。


「─ッ…ぁ…」


 自分は今、後ろ髪を引かれ投げ飛ばされたのだ、と。醜悪な光景を目に、コウスケの思考がそう告げる。

 遠くに見える、ユウを足蹴にする女の姿。彼の姉(ユイさん)とも違うその女は、這いつくばるコウスケを一瞥すると、口角を上げ歯茎を見せる。


「その表情──アハッ!ただオリジナルが死ぬだけなのに感情移入なんてしちゃって!面白ーい!」


 ただ純粋な、子供じみた満面の笑顔。

 まるで話が通じない、と。遠のき始めた思考が警笛を鳴らし、コウスケの意識を無理矢理繋ぎ留める。


「っ」


 金色の瞳で、その声の主を捉えたコウスケ。最早自身の声も出ず、ブレ始めた輪郭の中、女は面白がるように近づいてくると、その見慣れた顔で覗き込む。


「おにーさん、ウチに協力してくれてありがとね!だからトクベツ!生かしておいてあげる!なんてね!アハッ!」


 無邪気に、そして一方的に。輪郭の歪む視界の中、そんな女の言葉を耳にしたコウスケは、たしかに近づく新たな人影を最後にその意識を手放した。



ーーー



 魔王城、合成竜キメラドラゴンが息を潜めるのと同じ頃。ポタポタと、赤い血を垂らしながら、長い廊下に一つの人影が映り込む。


『たかが竜王相手にずいぶんとやられたみたいねぇ?』


「──黙れッ!」


 響き反響する怒鳴り声。

 亡霊か、はたまた恐怖の生み出した幻聴か。体積を失った左肩を抑え、一人吠えた男は、窓に映る魔王ルインを目に、半狂乱となり叩き割る。


「何が『今侵攻すべき』だッ!貴様のせいでアイツを──(イヨ)やローズさえも失ったのだぞ!おまけに忌々しいガズヤ(あの男)も殺しきれずにこのザマだッ!」


 砕けた破片が地面に落ち、赤い液体が飛び散り汚れる。

 ゼーゼー、と。肩を抑えながら、尚立ち尽くした彼は、回復魔法にて無理矢理ソレを止血すると、血の上った頭を壁に落ち着け食いしばる。


『確かに、この私ですら予想外の結果だもの。貴方は悪く無いわ』


 まるで、赤子をあやすように。ルインの鼓膜を、確かに震わせたその声。修正が必要ね、と。硝子片が落ちた音を最後に、廊下は静寂によって支配された。



ーーー



「任務は終わったようだな、ファルシュ(・・・・・)

「──チッ、時間切れかぁー」


 自らの最も速い姿で、ボロボロの身体へ鞭を打ち、倒れたコウスケ達元へたどり着いたスミレ。刹那、彼女の耳に届いた聞き覚えのある声に反応し、ユウと同じ顔──ファルシュと呼ばれた女は砂利を蹴ると、つまらなそうに振り返る。


「目的は果たした。我らがこれ以上留まる必要は無い」


 鎧越しのくぐもった低い声。大剣を背負ったその男は、血の滴る肉塊(・・)を手中に踵を返しそう告げる。

 はぁーい、と。場違いな返事と共に、2人は溶けるように消えていく。


 いつまで固まっていたのだろうか。疲労や怪我だけではなく、縛られたように動かなかった身体。ただあのファルシュなる女に近づいた瞬間、スミレは本能的に萎縮していたのだ。


「──ッ、目的…?いや、今そんな余裕は──」


 金縛りから解放され、整理しようとした独り言を無理矢理逸らして視界を動かす。

 目先に映るは倒れ伏した2人の男。しかし──


「間に合わなかった、か…」


 光無き瞳孔に、ピクリとも動かぬ肉体。明らかに致死量な血の池に沈むその姿を前に、ただ膝から崩れ落ちる。


 ──数刻前まで、自らが女と勘違いしていた男。骸となっても尚、美しさを失わぬソレは、スミレの思考を鈍らせるには十分であった。




「──ここで終わってもらっては困るわ、人狼さん」



 不意に、スミレの思考に響く女の声。


 ──ぴちゃり。


 いつの間に現れたのだろうか、沈黙する彼を抱きかかえた声の主は、スミレを一瞥するとゆっくりと立ち上がる。


 ──ぴちゃり。


 滴る血が地面に落ち、赤い池に波紋を広げる。


「大丈夫。貴女は貴女のすべきことをしなさい」

「──っ!貴女は───」


 ──ぴちゃり。


 赤い池が空気を揺らし、幻のように掻き消える。


 何も無く、しかし確かにあったことだけを伝える紅い池。

 ただ、スミレの言葉を言い終えるよりも早く。その視界に映ったのは、無惨にも引き千切られた片翼だけとなっていた。



ーーー



 ひたひたと、地面を踏む音が廃墟の中で反響する。

 誰もいない──否、いなくなった瓦礫の山。

 その中央に立つただ一つの生命は、血の滴る右手を広げると、うっとりするように頬に添え笑う。



「待っていて──もう一人のオリジナルさぁん…」



 艶やかに、そう呟いたソレは、美しい美貌を揺らし影の中へと消えていく。


 名はファルシュ。この場で作られ(・・・)、瓦礫の山へと変えた張本人である。


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