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バットエンド・キャンセラー  作者: 赤槻春来
最終部.運命の子
111/113

束の間の平和

 しとしとと、霧雨ほどの雨粒が、ひび割れた石畳の表面を撫でる。

 山積する瓦礫と、物言わぬ町並み。そこはかつて、アール王国王都と呼ばれた都市だった。


「──やっぱり、またここにいた」


 ザッザッと。道を踏み鳴らしながら、無音を掻き消す女の声。

 傘を差した声の主は、目前に濡れ佇む男へと、ゆっくりその足を進め歩く。


「もう、いきなりいなくなったって聞いて、ホントに心配したんだから。…雨も強くなって来たし、今日はそろそろ戻ろう?ね、コウスケ」

「……あぁ、わかったよ。ミリン」


 男─コウスケの言葉を皮切りに、再び訪れる沈黙。

 虹色に輝く石を握り締め、女─ミリンの傘に入った彼は、変わらぬ雨雲を一瞥すると、その場を後にした。



ーーー



 魔王軍の王国侵攻から1年。突如として現れた『神』により、大陸は壊滅的な被害を受けた。

 住処を、家族を、そして集団たるアイデンティティを失い、有象無象と成り果てた人々。誰もがその日を足掻き、かろうじて明日へ繋げていくだけの世界。


 そんな世紀末のような一幕にて。人里離れたボロ屋の中で、目を覚ましたコウスケ。身体を伸ばした彼は、立て掛けてあった1対の剣を身に着け、部屋をあとにする。


「おはようコウスケ。よく眠れた──わけない、よね…」


 共有スペースに出るなり、そう言葉を漏らす肩ほどまで伸びた黒髪の女。コウスケの妻である彼女ミリンは、疲れた顔の彼を席に促すと、用意していた朝食を並べ隣に腰掛ける。


「ミリン、俺は──」


 ──どうすればよかったんだ、と。


 何度も反芻する言葉を言いかけて、あの日(・・・)の光景が頭を過ぎる。

 逆流しかけた胃液を堪え、反射的に口を塞ぐ。いつものように、ミリンが擦る中、不意に扉を叩く音が、2人だけの室内に鳴り響く。


「わたしが出るから。少し待ってて」


 予期せぬ来客。

 何処か警戒するように、手足に鱗を纏った彼女は、扉の前で足を止める。


「どちら様で──」



「ようやく見つけたぞ。コースケ、ミリン。…ったく、俺達に話もせずこんな人気なの無い場所にいたとはな。おかげで1年近く探す羽目になったぞ」



 懐かしく、そして2人が忘れることのできなかった美しい声。

 固まる2人を他所に、ゆっくりと開け放たれた扉から、赤茶髪の女が姿を現した。



ーーー



 アール王国王都近郊、王族の別邸。その城下は、先の大戦から逃れ、かろうじて原型を保ったその町は、多くの人が集まっている。


「──そう。…引き続き、よろしく頼むわ」


 屋敷の一室にて。部下の報告を受け、そう言葉を発した子どもを抱えた女。

 部下が退室したことを確認した彼女は、胸に眠る我が子をそっと撫で、民衆が動く外の景色へと視線を向ける。


「…『無茶だけはしないで』って、言ったんだけどな」


 ポツリと溢れた言葉が、自分の手を微かに湿らせる。


 ──数月前、自らが腹を痛めて産み落とした、紅い瞳の可愛らしい男の子。父親譲りであろう、微かに生えかかった赤茶色の髪をしていて。どうしてあの時止めなかったのか、と。彼の忘れ形見となったその子を見る度、怯えたあの日の表情が、頭を過ぎる。


「アネモネ姉様」

「──っ、ローズ!?」


 壁から滲み出たように、そこ(・・)に立っていた紅目の女─ローズ。

 いきなり名前を呼んできた彼女は、驚く姿を他所に、淡々と資料を並べると、無表情な顔をゆっくりと上げ話す。


「ユイ姉様が勇者・・を見つけました」

「あの2人を…?」

「はい。ユイ姉様曰く、いつでも大丈夫だそうです」


 我が子が生まれるよりも前に、名誉と共に人々の前から姿を消した2人の功労者。戦後国が安定しつつある中、兼ねてより探していたその彼らが見つかったのは、アネモネにとっても吉報である。


 そう、と。短く返事をして、彼女は山積みの書類へと視線を向ける。


「ありがとう、ローズ。えぇ、そうね…明日の昼頃にお願いしてもいいかしら?こちらはもう準備自体はできているのだし」

「──わかりました」


 無表情を貼り付けて、返事と共に溶けるように消えるローズ。

 彼女の姿を見送ったアネモネは、机の引き出しを不意に開けると、いつか()がくれた一冊の本を徐に撫で息を吐く。


「うぅ…ぁっぁっ」

「はぁい、ごめんねー。ごはんの時間ですねー」


 そんな心を知ってか知らずか、不意にぐずりだす赤子。純粋なその()に、彼女は服を開けさせると、頭を撫で乳をあげる。


「ふふっ…よしよし」


 ただ無意識に、微かに口から漏れた声。


 ──もし、彼が生きていたら、一緒に笑ってくれたのだろうか。

 そんなありもしない想像を振り払って、落ち着きかけた思考を回す。


 復興しつつある民と、明らかになった英雄(・・)の行方。が残してくれた平和な箱庭で、今、自分にできることは何か。


 小国の女王(アネモネ)は、そんな彼女唯一の安らぎへ、その思考を委ねていった。



ーーー



 赤茶髪の女に連れられ、旧アール王国へと足を踏み入れたコウスケとミリン。

 荒廃した町並みの中で、王城跡へと案内された2人は、そこに現れた人物を前に、立膝をして頭を下げる。


「お久しぶりです、姫──陛下」

「ミリン、並びに我が夫コウスケ。陛下の御尊顔を拝し、恐悦至極に存じ奉ります」


 ぴちゃり、と。瓦礫の上に水の滴る音。

 コツコツと、ひび割れた床を歩き、近づいたその人物は、顔を上げるよう2人に促すと、その口を開ける。


「そんなに畏まらなくていいわ、お二人共。そもそも今は非公式。…それに、貴方達はこの世界を救った勇者(・・)なのだから」


「───ッ」


 ──勇者。それは1年前、神と戦い世界を救った者に与えられた称号。

 久しく聞き慣れた、呪いとも呼べるその称号を耳に、コウスケは息を詰まらせる。


「陛下、流石にそれは──」

「やめておけ、ミリン」


 ただ一瞬だけ、顔を歪めた彼を目に、庇い立てようとして言葉を被せられたミリン。

 陛下と呼ばれた女─アネモネの横、案内の女は首を振ると、目配せをして言葉を続ける。


「お前達のトラウマは知ってる。…俺達だって、その呼び方にいい印象は無い」

「なら──」


「ではもし、その印象を、その意味を、変えることができるとしたら?」


「──ぇ?」


 ミリンかコウスケか、はたまたその両方から漏れ出た、素っ頓狂な声。


「ユイさん、それってどういう…」

「ふん…だからそれを話すためにお前達を呼んだんだ」


 アネモネ、と。案内の女─ユイは説明を促すように彼女の名前を呼ぶ。


 一歩前に出て。アネモネは少し息を吐いて、その視線を2人に合わせる。






「願いを一度だけ叶える石。──もし、そんなモノがあるとしたら、貴方達はどうしますか?」




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