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魔女と王様  作者: 新条れいら
ロイヤ編
95/117

95.夢

 音を立てないように部屋に入ると、ベッドの上に小柄な少女が座ってこちらを見ていた。


「おかえり。遅かったね」


 明かりは机に置かれたろうそく一本。窓から差し込む月明かりが、部屋を照らし出していた。十六夜の明かりは、その場を理解するに十分だった。


「起きてたのか」


 上着を脱いでソファに放り投げると、机に置かれていた用紙を手に取った。最近、カイザックの帰りが遅いため、レアが一日の報告を簡単にまとめたものだった。とは言え、仕事の報告はハイドから上がっているだろうから、ほとんどがたわいもない手紙のようなものだった。


 跳ねるように起きてきたレアが、慣れた手つきで水を注ぐのを横目で見下ろす。


「悪かったな、結局、夕餉にも顔を出せなかった」


「イリアは残念がってたけど、賢い子だから分かってるよ。落ち着いたら、ちゃんと埋め合わせしてあげたら良いんだよ」


 注いだグラスをカイザックへ示しながら、にっこりと笑う。そのグラスを手に取りながら、カイザックは小さくため息を吐いた。


「ジルドもミヤも、急に姿が見えなくなってな。いなくなるなら、行方ぐらいは知らせてくれないと困る」


「あはは。そうだよねぇ」


 楽しそうに受け応えをするレアが、一瞬こちらを伺うような視線を向けた。が、カイザックと視線が合うと、すぐに笑顔になる。


「昼間の話だけど…」


 そう言って、レアは寝台の方へ跳ねるように駆けると、くるりと踵を返す。寝着の裾が弧を描いた。


「わたしに出来ることが、あるんでしょう?」


 月明かりの下で、その美しい瞳がまっすぐに自分を見つめていた。


「例え、刃物を突き立てられて死なない身体なのだとしても、オレはレアを危険な目に合わせたくない」


 まっすぐに見つめ返してくる意志の強さに、レアは小さく苦笑した。


 二度と戦場には立たせたくないと、両親は願ってくれた。それは同時に、彼の願いでもあった。本当なら、この部屋に閉じ込めておきたいと、彼が思っている事も知っている。


 大切にしてくれている喜びと、頑固さを混ぜた笑みが漏れた。


「貴方の夢はわたしの夢。貴方の家族はわたしの家族」


 まるで呪文でも唱えるようにレアは昼間の言葉を繰り返す。


「だから、もし、貴方の願う未来にわたしの力が必要なら、遠慮はいらないよ」


 カイザックは自分を物扱いしてきたマリーノの王を嫌悪している。だから、彼らと同じように自分の力を借りるのを、嫌悪している。街道の整備だとか、そういう国の核心に触れないところに置いておきたい。


(でも、それじゃぁ、貴方の望みは叶わないでしょう?)




 レアを本当の意味で伴侶にと望んだ時、そのままロイヤを捨ててしまう事すら脳裏に過った。


 皇帝の仕事が嫌だとか、重圧だとか、そういった事を煩わしく思ったわけではない。


 彼女を、この混沌の中に置く事が嫌だった。


(二人でどこか知らない土地まで…)


 そんな事を考えて、しかし同時にそれが出来ない願いだと言う事も理解していた。


(何のために、皇帝になったのか)


 現状が許せなかったのだ。燃えて崩れていく王都も、名も知らぬ誰かが死んでいくのも、自分の命が常に狙われるという現状も。


 全てを納めて、平穏な日々が欲しかった―――自分にも、他人にも。


 そのために、自分に就いた兵も、相手の兵も、犠牲になった。それまでの争いの中でも、数えきれない人が命を落とした。その犠牲の上の地位を、かなぐり捨てて逃げる事は出来なかった。


「貴方の夢はわたしの夢」


 それが分かっているから、レアはこう言うのだろう。


「貴方の家族はわたしの家族」


 カイザックは、盛大にため息をついた。月明かりの下に浮かぶ少女の瞳は、ザッカで時々かすめるように見せた将の光を宿している。


「分かったよ。一つ、今後の為に頼みごとをするよ」


 少女の頬に触れて、その青く輝く瞳に口づける。揺らぐ炎が掻き消えて、レアは目を瞬かせた。


「オレの知らないところで、勝手に暴れられても困るしな」


 カイザックの懸念に、レアは苦笑した。


「まさかぁ。わたしからは何もしないよぉ」


 レアの言い様に一抹の不安を感じた。伺うように見下ろしたカイザックへ、レアはその内心を読んで苦笑する。


「大丈夫だよ。本当に、心配かけるような事はないし、何かあったら、ちゃんと報告するよ」


 「何もしない」との言質は取れたが、どこか不安を残しつつも、カイザックは考えることを止めた。疲れている時に、奇策の魔女相手は出来ない。


 その細い身体を抱き上げて、寝台へ突っ込んだ。


 レアの冷えた身体を抱きしめると、心地よい眠りがすぐにやってくる。


「…抱きたい…」


 本能のまま呟くが、体はそれ以上に睡眠を欲していた。


「ハイハイ。良い子は寝てください」


「…少しは身がついた…か?」


 細いラインを撫でようとしたが、途中で瞼が落ちる。


「…お疲れ様」


 寝息を立て始めたカイザックの顔を覗き込みながら、レアはその顔にかかる髪に触れた。額に触れて、一瞬の躊躇の後、軽く唇を寄せると、自分の頭まで毛布を被る。


 起きている時にしてくれよと、きっと起きてたら言われただろうなと、そんな事を考えているうちに、レアも夢に落ちた。





 皇帝が妃達を伴って教会を訪れることになったのは、三日後の事だった。


 年に一度行われる、昇進式とでもいうもので、その年に司祭に上がった者と皇帝との顔合わせの意味があった。本来ならば、皇帝一人がいればいいのだが、今年は新たに加わった側室の希望とあって、妃の同伴となった。


「長い間座っているだけだから、イリアは退屈だぞ? それでも行くのか?」


 母達が行くのならば自分も行くと言い出したイリアへ、カイザックは何度もそう問いかけた。特に今年は、目的があるために、式自体が長引く。


「陛下、差し出がましいのですが」


 何度も行くと応える娘に、ほとほと困っていたカイザックへ、バローナが口を添えた。


「イリアも皇族の一員です。この様な機会は今後も増えてまいりますので、良い機会と思います」


 そして、半分駄々っ子のようになっているイリアへ、少し強い視線を向けた。


「イリア、貴女も行くと言ったからには、例え退屈であろうと眠かろうと、きちんと座っていなければなりませんよ」


「はい、お母様! 人前で欠伸などしません!」


 母の視線に負けじと、イリアはしっかりと答えた。その答えにバローナは笑う。


「では、万一の備えとして、扇を持っていきましょうね」


「はい!」


 二人のやり取りを苦笑して見ていたレアを、バローナは軽く睨んだ。


「シィーも、扇は忘れないように」


「…わたし、官吏服で行くから、扇開くと欠伸してるのバレちゃうなぁ」


「え?」


 レアの回答に、バローナはカイザックへ意を問うように視線を向けた。カイザックもまた、肩をすくめて応える。


「まぁ、正装である事に違いはないから問題はない」


 カイザックの返答で、バローナはレアへ視線を向ける。視線に気付いたレアは、意味深に目を細めて笑った。それだけで、ただのモノ好きな見学ではない事を、バローナは察した。呆れたように小さくため息をつく。


「さぞかし、司祭の皆様も驚かれる事でしょうね」


読んでくださる方々、ありがとうございます。

日本も寒いのでしょうね。

風が強いので、体感温度はこちらよりも低いんじゃないかなと思います。

ご自愛ください。


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