96.奇跡の翼(1)
年に一度の式とあって、ロイヤ全領内から司祭が集まっており、教会内は人で溢れかえっていた。
三百人の司祭と、その付き人である見習いやシスター達を合わせると六百人以上が、ただ、その異常な光景に唖然としつつ、黙り込んでいた。
新たに司祭となった者の授与式が終わると、壇上の一角で事の成り行きを見守っていた皇帝は、その場の全員にこちらを向いて名を名乗るように言ったのだ。
「…陛下、…失礼ながら…ここにいる全員で、ございますか?」
取り仕切っていた司祭の一人が上ずった声で確認すると、皇帝はそうだと答えた。
「司祭も見習いもシスターも雑用係だろうと、今、ここにいる全員だ」
それだけを言うと、皇帝は自分の一番近い場所に座っていた司祭へ視線を向けた。さっさと名を名乗れと言わんばかりの視線に、司祭は額から汗を流した。
「第七支部のトーマス・マダリスです。皇帝陛下におかれましては―――」
皇帝は盛大にため息を吐いた。
「お前は一体何を考えている? 余計な事を話していたら、ここにいる全員の名を聞くだけで夜が明けるぞ」
名だけで良いんだ。
皇帝はそれだけを言って、次の者へ視線を向けた。
ただひたすら名を聞いていく―――そんな事をする皇帝の意図を、誰も理解できなかった。途中から、遠くて声が届かないとの理由で、後列の者達は一列になって皇帝の前で名乗る事になった。
「?」
その時に初めて、ナイカ・デグリアは皇帝の傍らに、官吏服を着た少女が立っていることに気付いた。
その少女は、座す皇帝のすぐ側にあって、じっと名乗る教会関係者達を見つめていた。その視線が逸らされることはなく、無表情にも近い固い表情を浮かべている。
「貴方ですよ」
後ろから小突かれて、ナイカは慌てて皇帝の前に一歩を踏み出した。少女と視線が合った瞬間、ナイカの心臓が飛び上がる。意味もなく早鐘を打つ自らの心臓に、汗が滲み、息を飲んだ。
(なんて…)
美しい瞳。
神が与えたもうた、この世の至宝。
「…ナイカ・デグリアです」
呼吸する事すら忘れて見入っていたナイカは、慌てて名乗った。
その瞬間、少女の瞳が細く笑んだ。かと思うと、隣の皇帝へ何事か囁いた。
「そうか」
皇帝もまた、小さく笑んでそう応える。
そんな皇帝の表情など見たこともなかった。
「六百人もいて、六人とは少なすぎないか?」
本当に神を信仰している者達なのか、とカイザックは呆れたようにため息を吐いた。
「しかも、司祭クラスが一人とか…」
教会の信仰とは、いかに俗世なのかと、カイザックは二度目のため息を吐いた。
強弱に関わらず、糸を引ける者は六人。中でも、司祭はたった一人。司祭の中でも上位クラスの一人だったのは、不幸中の幸いだった。マリーノの軍医ホルス程度の者はカウントされていない。
「陛下、あれはもしかして…」
肘置きに肘を立てて、立ち去って行く司祭達を眺めていたカイザックは、バローナの遠慮がちな呼びかけに振り返った。
「レアと同じ力を持った人間を見極めてた。後は、顔と名前を覚えておけば、後々役に立つだろうからな」
「…」
予想していたこととはいえ、返って来た回答にバローナは絶句した。名前と顔を一度見ただけで覚えるというレアにも、それをすんなりと受け入れているカイザックにも。
「長い時間、大変だっただろう、イリア」
もう立ち歩いても良いと判断した娘をその膝に抱き上げて、その頭を撫でる。褒められてイリアは嬉しそうに頬を寄せた。
「アレビアは来なくて正解だったな。オレですら、途中から欠伸が出そうだった」
今日は体調が優れないと言って、この場を休んだ正妃へ、皇帝は正解だったと笑った。
「陛下、あまり態度を崩されていますと…」
娘を抱いて笑っている皇帝など、人目に触れない方が良いと考えたジルドが、そっと忠言するのだが、カイザックは更に笑みを深くした。
「恐怖ばかりで治めるものでもないだろう。たまにはいいさ」
言って周囲を見渡した。
確かに、撤退していく司祭達の視線は感じる。今まで、人間らしい部分は極力見せないようにと演じてきたのだが、今はそんなものはどうでも良かった。
「レア、何をしている?」
壇上の中でも、司祭が説教する立ち位置に立って、背後にそびえるように立つ像を見上げているレアは、カイザックの呼びかけにも振り向かなかった。
「なんだ? ゼウスの像がどうかしたか? 見知った顔だったとか?」
イリアをバローナへ預け、レアの隣に立ってゼウス像を見上げる。この教会の物が一番大きいが、見慣れたゼウス像だった。
「…何だかんだ言っても、教会って神さまに近かったりするから、この場に道を見失ったモノが集まってたりするんだよね」
カイザックの問いへ応えになっていない応えを返すと、レアは視線を周囲へ向けた。その視界にちょうど片付けを始めたシスター達が入る。
「マリア! ミランシャ! ソイリィ! ファル!」
突然名を呼ばれた四人は、ギョッとして声のする方を見つめ、そしてさらに身を強張らせた。自分達を呼んだ人間の横には、皇帝がこちらを見ているのだ。
硬直するシスター達を気にするでもなく、声の主は軽い足取りで壇上から降りてきた。短い髪が肩や背中で弾む。
「ちょっと、讃美歌…鎮魂歌の方が良いかな? 歌って欲しいの!」
そう言って自分の手を握り、にっこりと笑う少女に、マリアはほとほと困り果てて、周囲に助けを求めるように視線を彷徨わせた。一緒にいた三人は目が合うと首を振られ、掃除の指揮をしていた司祭は別の誰かに視線を向ける。
「…陛下…」
困り果てた部下達の視線を受けて、最高司祭クラスの一人がおずおずとカイザックへ声をかけた。どうやら彼が皇族の相手を担当しているらしかった。
「我が寵妃の願いだ。歌ってやってくれ」
カイザックの言葉に、その場の司祭達は身を強張らせた。教会にまで、現皇帝の新しい側室の話は届いている。武神や魔女やと揶揄される力を持ったシャーマンだと、教会内ではもっぱらの噂だ。だが、噂は所詮噂でしかない。
皇帝の傍らに立っていても、誰もが、皇帝の小間使いかと思っていた。
周囲からの視線を一身に受けた少女は、そんな事など気にした様子もなく、マリアへにっこりと微笑んだ。
「貴女の名前、わたしのお母様と同じなの」
そう言って無邪気に笑む。
「貴女が歌ってくれたら、みんなも神さまの所へ逝けると思うんだ」
言ったかと思うと、少女は軽い足取りで壇上へ上がっていった。その後を追うように、小さな光が舞う。
その光は、誰の目にも映っていた。
「神さまはあそこにいるよって、道を示してあげたいなと思って」
その腕が天を指す。
その瞬間、マリアは自分の内側から溢れ出す熱い物に、抗えなかった。
楽器屋に行ったら、狙っていたエレアコがなかったんで…アコギ買ってきました。
引けなくても楽しい。
アメリカ(こっち)で買うとケースが付いてこん。
困った。
調律のアプリ探さないと。
弦楽器もいける奴、探さないと。




