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魔女と王様  作者: 新条れいら
ロイヤ編
92/117

92.午後にお茶でも飲みながら(2)

 自分達の後ろ盾なしで皇帝の座に座ったという事は、自分達の影響力が極端に落ちたことを意味する。


 自分達の支持はイコール国民の支持、と言う構図が崩れたことになる。


「そうなると、ただの厄介な集団でしかない」


 そう口にするカイザックは、本当にしみじみと言った。ここ最近の仕事で足を引っ張っているのが、それであることはその場の誰もが理解できた。


「土地の権利を振りかざし、復興がままならない?」


「それだけじゃない。最近は、道路を通るにも通行料を請求してくる」


「…」


 カイザックの返答に、全員が絶句した。そんな事をすれば、物流は滞る。復興も発展も、どちらにとってもマイナスでしかない。


「しかも、皇帝の意向だとか言ってる関所もあるみたいでな。苦情と対策と、教会との駆け引きで、最近忙しいと言う所だ」


「教会、キライ」


 教会のせいで父との交流が出来ていないと理解したのか、カイザックの膝の上で、イリアが頬を膨らませた。その頭を撫でながら、カイザックは小さく笑む。なかなか賢い娘だ。


「せっかくの機会だ。これまでの皇族と教会との関係を変えようと思ってる」


「具体的には、どのようにされるおつもりですか?」


 ルイスの顔色が青ざめている事を理解し、カイザックは安心させるように笑んで見せる。


「内戦の様な事には、絶対にしない。民や街を焼くような事は…二度と」


 ルイスが何を恐れているのか、カイザックには痛いほど分かった。後継者争いで傷付いたのは、自分達だけではない。多くの民が家族を失い、家を失った。


 皇帝を巡る争いで、これ以上の痛みは受け入れがたい。


「具体的な方法は検討中だし、お前達に言うつもりはない。わざわざ危険に曝す事を、オレは望んでないんだ」


「…それは、別にいいんだけど」


 教えてもらえない事に、誰も文句はない。知ったところで何かが変わる訳でもない。逆に知る者として、危険に曝される可能性の方が願い下げだ。


 レアは、不安げなルイスとバローナをこっそりと見つめた。


 カイザックの膝の上で、菓子を頬張るイリアは、幼くてかわいい。この子が憂いなく成長し、この国の柱になる事は、自分もまた願うこと。


「手伝うよ」


 凛と響いた言葉に、カイザックは驚いて表を上げた。


 まっすぐな瑠璃色の瞳と、正面からぶつかる。逃れようがない強い意志の奥に、微かな炎が揺らいでいた。


「…いや、それは―――」


「思い出して、カイザック」


 レアの申し出はありがたかったが、この件に関わらせる気のなかったカイザックの言葉を、レアは強い口調で遮った。


 驚くほど強い声音に、全員が彼女を振り仰ぐ。


「あの荒野で―――」


 小柄なレアの、それでもそこにいたのは、振り仰ぐほどに強い意志。


「ザッカで、わたしが欲しいと最初に思った時、貴方は何を考えたの?」


 すくむほどに強い視線に、カイザックはしばらく見返す事しか出来なかった。全てを見通しているその瞳に、呼吸すら忘れる。


 乾燥したあの荒野で、少女の短い髪が揺れるのを見ていた。


 手に入れることを望んだ時、最初に自分は何と考えたか―――


「『役に立つ』。そう思ったはずだよ」


 ゾッとするほどの冷たい視線に、カイザックは息を飲んだ。


(そうだ。役に立つと思った。…教会との因縁に一石を投じる事が出来ると…)


 少女の神がかりな力を前にして、畏怖や嫌悪よりもまず、そう考えた。上手く使えば、教会を解体することも可能ではないかとすら、考えた。


「…」


 カイザックの無言を肯定と取ったのか、しかし、少女は瞳を緩めて苦笑した。


「言ったはずだよ? 武神でも魔女でも、貴方が望むなら、って」


 そうして、にっこりと微笑んだレアの笑顔を、その場の全員が微動だに出来ずに見つめていた。どちらにでもなれる―――彼女はそう言っているのだ。


「…シィー、貴女は…一体…」


 場を和ませるためか、冷めてしまった紅茶を口に運んでいたレアは、囁くようなバローナの問いに、困ったように苦笑して見せた。


「何者かという問いかけに、わたし自身が答えを持ってないんだ。何代も前のわたしの魂が、神さまの友達だった。そうだった事を覚えてる。―――だからという訳じゃないけど、少しだけ神さまに手を伸ばせる。…それだけだよ」


 神さま―――少年と少女の姿をした『彼ら』が、自分達の様な存在を、どう呼んでいたのか。そこまでは、意識の表層に浮かんでは来ないけれど、彼らがそれらを大切にしていたのは分かる。


 神は平等ではない。


 しかし同時に、世界に存在する秩序は、残酷なほどに平等だった。


(だから、あの人はあんなに…)


 絶対の秩序を壊すほど怒り、狂い、泣き叫んだ。それでも、壊さなかった。


(それは同時に、『世界』をとても愛しているから)


 レアは静かに瞳を上げた。


「わたし達の存在は、とても特殊だけど、世界(この国)の在り様を変えてしまうほどの何かが出来る訳じゃないから、教会に乗り込んで、全部を吹っ飛ばすとかは出来ないよ」


 出来たら簡単なんだろうけどね。


 困ったような笑顔で物騒な事を口にするレアに、もはやバローナは何も言えなかった。なのに、恐怖の感情は湧かない自分自身を、バローナは不思議に思う。


「わたし達、という事は、他にもシィーの様な人がいるの?」


 ルイスの問いに、レアはくすりと小さく笑って、カイザックへ視線を動かした。その瞳の動きにつられるように視線を動かしたルイスは、兄の何とも言えない表情に、額に汗が滲むのを感じた。


「…まさか」


「そのまさか、だよ」


 レアはますます渋い顔のカイザックを指さす。


「もう一人は、そこですっごく渋い顔をしてる王様だよ」


「指をさすな、指を」


 振り払うようにレアの手を下げさせながら、カイザックはバツの悪そうな顔をしつつ、レアを睨む。


「知る人間は、少ない方が良いんじゃないのか?」


「そんな制約はないよ」


 対するレアは嬉しそうに笑んでいた。


「家族ぐらいには良いんじゃない? いざとなったら、人知を超えた力で守ってもらえると思ったら、安心じゃない?」


「そう易々と、そんな場面になってたまるか」


「お兄様…」


 二人の会話を唖然と見守っていたルイスの呟きに、カイザックはガリガリと頭を掻いた。


「…オレは別に、レアほど何かが出来る訳じゃない」


「剣圧で地面が割れるのに?」


「…空が飛べるわけじゃ―――」


「飛んできた矢は止められるじゃない」


「お前なぁ…」


 レアの茶々に、カイザックは諦めたように大きなため息を吐いた。そして、呆然としているバローナやルイスを一回り見つめて、再度ため息をつく。


「オレもレアと同じ。自分の正体に名前を持ってない。化け物にも神にもなれるが、ひとまず、この命が終わるまでは、お前達と変わらない人でいる…つもり」


「…つもり?」


 レアの指摘に、カイザックは片眉を上げた。


「家族に手を出されたら、やぶさかではない、という事だ」


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