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魔女と王様  作者: 新条れいら
ロイヤ編
90/117

90.欠伸

 そろそろ―――そう言った人物の顔は暗闇の中で、あまりよく見えなかった。


 狭い空間で男が三人集まっているというのに、明かりは小さなろうそく一本だけだった。


「息子も十六になりましたしね」


 男の言葉には、どこか興奮するような熱を含んでいた。


「そうですね。しかし、こうもすぐに動き始めては、向こうに勘付かれるのではありませんか?」


 一旦は肯定し、しかし、穏やかな声は危惧を言葉にする。


「皇帝の懐刀のミヤが戻りましたからな。アレは猫の皮を被った虎…いや、鼻が利くという面でオオカミですかな」


 忌々しいと口にしながらも、その興奮は隠しきれていないようだった。


「貴殿の所にいる例の小娘は、あれから色目は使ってきましたかな?」


 軽蔑も露わな声音に、彼は思わず出そうになったため息をギリギリのところで飲み込んだ。


「今や、東の街道運営にはなくてはならない存在になりましたね」


 嘘偽りない真実を、彼は言った。皇帝の意向で自分の部署へ配属された少女は、最初こそ質問してきたが、二週間を過ぎるころには部署内の官吏達から一目置かれるほどの地位を築いていた。


「ほう、ハイド殿から高評価を獲得するとは、よほど垂らしこまれましたか?」


 下卑た含みを感じ取って、彼は相手を睨み付けた。暗闇でそれを確認することは出来ないはずだったが、相手は媚びるような気配を漂わせた。


「しかし…」


 気を取り直すように男が言う。


「甥の方も、どうも気に入ったようでしてね。まぁ、確かにドレスを着て黙っていれば綺麗ではありましたが」


「ほう、例の田舎娘が化けましたか?」


「あれならば、皇帝が落ちるのも納得はできますな」


 話の内容が断線しているだけでなく、つまらない方向へ向かっていることに、ハイドは内心で舌打ちをした。


(化けた? あの娘が?)


 脳裏に過るのは、官吏服で駆け回る少女の姿だった。最近は少し伸びた髪を後ろで一つに結んでいるが、それがまた町娘のように簡素だ。とても、皇帝の寵妃には見えない。


 それでも、持ち込まれる問題(仕事)に対する処置も的確であり、同時に適材適所を見抜く力に長けているため、他人への振り分けも気遣いも出来る。


 認めるのは尺ではあるが、共に仕事をしていて気持ちがいい相手だった。


 認めたくなくとも、昔から知る皇帝が、側に置いておきたくなる気持ちも、理解できた。


(あいつは色香に疎い。そういう所が彼女にもあるから、居心地がいいんだろうな…)


 そこまで考えて、ハイドはハッと我に返った。なぜ自分が、嫌悪する相手を理解してやらねばならないのか。


「しかし、皇帝は浅はかですな」


 そうだ、あいつは浅はかだ。


「自らの弱点を、王宮に出すなど、狙ってくれと差し出しているようなものですね」


 そうだそうだと頷きかけて、その会話に、ハイドはギョッとした。


「退位と娘、どちらを取りますかな」


 穏やかな声音で、物騒な言葉を奏でる男を、ハイドは見つめた。どこまで本気であるのかを見極めようとしたのだが、暗闇でそれは叶わない。


「彼女には、手を出さない方が良いですよ」


 冷ややかな声音は当たりを沈黙させた。周囲の熱気が一気に冷え込むのを感じながら、ハイドは腰を上げた。


「彼女の噂をご存じないのですか? 武神だ魔女だというのは横に置いたとしても、一軍の将であったのです。慎重に動かなければ、痛い目を見るのはこちらだ」


 たかが小娘一人と侮る事の恐ろしさを、ハイドはこの二週間で思い知った。


「では、貴殿は弱点である娘を突かないと?」


 疑心に滲む問いに、ハイドは小さく笑った。


「弱点を突く事に異論はありません。ただ、それが本当に弱点であるのか、もう少し見極めが必要だ、と言っているのです」


 自分の内面が、どうしても彼女を弱点だとは思えなかった。


 確かに、分厚い書籍二冊も持てぬ非力さも目の当たりにした。まくった腕の細さも知っている。だが、その双眸に非力さは一欠けらも見出せない。むしろ、彼女の背後に立つ師子王や双剣よりも、底知れぬ恐ろしさを感じていた。


「計画は以前の通りに。彼女を盾に取る事には、…もう少し慎重にいきましょう」





 レアはうんっと伸びをして、欠伸をした。


「シィー、お行儀が悪いですよ」


 そう指摘されて、慌てて姿勢を正したのだが、イリアにびっくりするぐらい見つめられていた事に気付いて、レアは苦笑いを浮かべた。


「イリア、人前であのように欠伸をしてはいけませんよ」


「はい、お母様」


 ポカンと呆けていたイリアは、母の指摘に素直に頷いた。


「酷いよ、そんな言い方」


 バローナの言い様に、レアはがっくりと肩を落とした。そのレアの様子を視界の隅に収めながら、バローナは紅茶を口にする。


「酷いのは、シィーの方ですよ。淑女が人前で喉が見えるほど欠伸するなんて」


「うーん。じゃぁ、どうしても人前で欠伸が出そうになったら、どうするの?」


「どうするって…。そもそも人前で欠伸しようだなんて…」


「イリアの今後の為にも、教えてよ、バローナ」


 身を乗り出しそうな勢いで言われ、娘のイリアまで興味津々の視線を向けられ、バローナは困惑しきった。人前で欠伸するなど、淑女がやってはいけないこと。しかし、人間の生理現象でもあるため、対処がないわけではない事も確か。


「…仕方ありませんね」


 そう言って、手元の扇子を開く。こうするのだ、あぁするのだ、こういう場合はどうするんだと問答を一通り終えて、バローナはそれまで会話に全く加わってこなかった人物へ視線を向けた。


「ルイス様、どうかされましたか?」


 その身体が椅子から飛び上がるのを、全員が見ていた。


「えっ!? えっ! あぁっ! そうですよね。人前で欠伸なんて…」


「…その話は終わったよ?」


 レアの指摘に、ルイスは慌てて繕うように背筋を伸ばす。その頬が赤らんでいることを、レアもバローナも気付いた。


「ルイスお姉さま、お顔が赤いですよ? 熱があるのでは?」


 イリアが気遣うようにルイスを見上げ、ルイスはさらに顔を真っ赤にした。


「いえ、違うの。違うのよ、イリア。ありがとう」


 慌てた様に手を振るルイスを、イリアは心配そうに見上げている。ルイスは大丈夫だというように、にっこりと笑う。


「イリア、大丈夫だよ。ルイスはちょっと、急展開にびっくりしちゃってるだけだから」


「っ!!」


 気を取り直して、紅茶に手を伸ばしていたルイスは、取り損なってガシャンと音を立てた。驚愕に見開かれたルイスの瞳に、レアはにっこりと笑って見せる。


「相思相愛、おめでとう。お式はいつなの?」


「っ!!?」


 あまりの驚きに、バローナまで手に取っていたクッキーを取り落した。双方から驚愕の視線を向けられて、レアはぱちくりと目を瞬かせる。


「え? ミヤのお嫁さんになるんじゃないの? ルイスからミヤの気配がす―――」


「シィー!!」


 突然、真っ赤になったルイスに口を塞がれてしまう。


「…シィー、イリアの前ですから、言動には気を付けてください…」


 察したバローナが小さく咳払いをして、レアを諌める。何の話をしているのか理解できていないイリアは、自分の名が出たことに「何のお話?」と首を傾げた。


「イリアはもう少し大きくなったら、教えてあげるね」


 レアに宥められるように頭を撫でられて、イリアは頬を膨らませつつも納得した。父も母もレアによって変わった事を十分に理解しているイリアにとって、レアは神にも等しかった。


 娘の、レアへ対する感情にやや不安を抱きつつも、バローナはルイスへ視線を向ける。


「おめでとうございます。…シィーがそう言うという事は、ルイス様の望まれた結果だったと思ってよろしいのでしょうか?」


 暗に、政治的背景に則った婚約なのかと気遣っているのが理解できて、ルイスは困惑しながらも頷いた。自分の顔面が熱を再び持つのを、どうにも止められない。


 その様子に、バローナとレアは思わず視線を交わした。


「良かったね」


「ルイス様のポーカーフェイスに、皆まんまと騙されていたのですね」


 ルイスがミヤに気がないと誰もが思っていた。―――そう思われるようにルイスが行動してきたのだ。ミヤとルイスの婚約が知れれば、誰もが政略的だと思うだろう。


 そうではない事は、今のルイスの表情を見れば、一目瞭然だった。


「…あぁ、でも。まだ、公表はしないの。だから、まだ秘密にしておいてくださいね」


 遠征後の情勢が落ち着いていない事が理由なのは、その瞬間に理解できた二人だった。



あとがき書きすぎだなと思ったので、ちょいちょい削除していきますね。

ブログに書いていこうと思います。


『新条れいらの小説日記』

https://blogs.yahoo.co.jp/reira_forest02

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