82.ルイスとミヤ
先帝の子であり、皇位継承権を現在も維持しているのは、アルファ・スズリムガートと言う本日十六になる少年ただ一人だった。
現皇帝ガイディウスがその地位に就いた時、残った多くの継承権を持つ者達は、その権利を破棄した。ある者は官吏に、ある者は王都を離れた。
だが、有力貴族であるスズリムガート家に母を持つアルファは、当時十一歳で反旗を翻す意志はないとして、権利を保たれた。スズリムガート家に野心がある事を理解しつつも、ジルドはアルファから継承権を奪えなかった。
未だ混乱した中で、時期皇位継承権を持つ者がいない状況は、カイザックを支持した宰相も難色を示したのだ。そして何よりも、スズリムガート家との繋がりの強い教会が難色を示した。
(皇族を絶やせば、ロイヤは四方八方から攻められる事になるものね…)
だから、兄以外の皇族を絶やしてしまう事は、どうしてもできなかったのだ。
「これはこれは。ルイス様、ご機嫌麗しゅう」
すれ違おうとしていた女性陣からのあいさつに、ルイスはにっこりと微笑んで言葉を返し、丁寧に腰を小さく下げた。
「ルイス様、先日のお話、考えてくださいました?」
(嫌な相手に捕まっちゃったなぁ)
と内心で思っている事など、微塵も表に出すこともなく、ルイスは微笑みを絶やさない。
「先日のお話、と申しますと?」
本当に分からないと言うように、少し困惑したような表情を作りつつ、笑む。相手の年長の女性の頬が引きつるのが見えた。
「嫌ですわ、ルイス様。お若いのに物忘れなんて。ルイス様に縁談をお持ちしましたでしょう? 陛下は何とおっしゃっておられましたか?」
「あぁ、そのお話でしたか」
ルイスはにっこりと微笑んだ。
「皆さん、心配してくださって、たくさんお話を下さるので、忘れてしまいましたわ」
「なっ…!」
相手の一団の顔色が豹変するのを、内心で楽しんでいた。いくらこちらが挑発しても、彼らは自分の立場を超えるような事はしない。
それを知って、からかっている自分は、意地が悪いと言う自覚はある。それでも、自分の立場を超えて来てくれる人を、ルイスはずっと待っている。今も、目前の面々は内心で生意気なと内心で歯噛みしていながら、自分にはぬるい嫌味ほどしか言ってこない。
「綺麗どころが集まって、何の話です?」
穏やかに割り込んでくるその声を聴いた時、ルイスは泣き出したいような感情が胸を締め付けた。しかし、それを表に出すことを、ルイス自身が良しとはしなかった。
「ミヤ様、ずい分とお久しぶりです」
声の方へ笑顔で振り返りながら、ルイスは静かに言った。
そこには、少し髪の伸びた、見知っていながらも久しぶりに見る男の顔があった。
「ご無沙汰しております、ルイス様」
女性なら一発でその笑顔に懐柔されてしまうだろう笑みを浮かべたミヤの瞳は、しかしその奥では笑っていない。
「まぁ、ミヤ様。長いご出張でしたね。お疲れでしょう。私共とよろしければ、あちらで…」
頬を赤らめた婦人が言う言葉を、ミヤは困惑を織り交ぜた笑みを浮かべて見せながら遮った。
「申し訳ありません。仕事で来ていますので…。ルイス様、陛下がお呼びです」
にっこりと微笑むミヤの言い様に、目前の女性陣がうっとりしているのとは逆に、ルイスはギクリと身を強張らせた。
兄の盟友であり、一の忠臣であるミヤは、二十六でありながら、未だ未婚のため、女子からの熱い視線は避けようがなかった。しかも、宰相の次男でありながら長男を差し置いての宰相補佐である。将来性も抜群で、浮いた話は多いが婚約者はいない。
(せめて、婚約者でもいてくれれば、良かったのに)
優しく差し出された手に、内心わずかに躊躇しながら、ルイスは手を取った。兄が呼んでいるなど、嘘であることは、ルイスにはすぐに分かった。
「さて…」
壁側まで連れて行かれると、それまで優しく触れていただけの手を力強く引かれる。抵抗する隙すら与えられずに壁側に追いやられて、ルイスはキッと男を睨み付けた。
その頬を痛いほど引っ張られて、ルイスは抵抗しようと手を振り上げる。が、その手も空振りする間もなく捕らえられてしまう。
「あれほど、婦人方をからかうなと言っておいただろう。お前達兄妹は、そんなとこばっかり似て。毎回、俺が助けてやれるわけじゃないんだぞ」
全て男と壁の間での出来事で、ルイスの侍女からは、二人が熱いやり取りをしているようにしか見えないのが、更に厄介だ。
「…だって」
頬をつねられたままでもルイスは抗議の声を上げた。ここで分かったなど言ったところで、嘘っぱちでしかない。
「こんな小娘に馬鹿にされても言い返さないなんて、そんな気概のない人と関わる気はありません」
「…お前、それでどうして情報通なんだ」
心底うんざりと言いながら、ミヤはルイスの頬から手を離した。その同じ手で、つねっていた頬に触れる。ルイスは自分の胸が跳ねあがるのを必死に隠した。
「ほんと、もう…じゃじゃ馬娘」
クスクスと低く笑う声を聞いていた。その顔は先程浮かべていた作ったような笑みでもなく、幼い頃からずっと見てきた、大好きなそれだった。
(私の前だけで、『俺』とか…ずるい)
自分が特別なんじゃないかと勘違いしたくなるから、やめて欲しいと思いながら、それを口にすることは決してできない。
「ミヤ様」
これ以上は隠しきれないと、ルイスは俯いて、男の胸を押した。
「あまり近づかれますと、周囲が誤解します」
「別に誤解されたって、お互い困らないよ」
そんな時だけ、にっこり笑って言ってくれるものだから、困る。こんなやり取りを繰り返すようになったのは、いつからだっただろう。
これが好意からくるのか、ただの意地なのか、時々分からなくなる。それでも、縁談を持ち込まれる度に、頭を過るのは決まってこの男。
それを知ってか知らずか、兄は妹に縁談を持ち込まれても、全てを脇に置いていた。その積み上がった縁談話は、その山から再び兄の手に触れることもなく埃をかぶっていくので、周囲は兄ではなく、ルイス自身へ縁談を持ってくるようになってしまった。
兄自身がきっぱりと断ってくれれば、面倒もないのにと恨めしくも思うが、たぶん兄にも兄の考えがある事は、何となく理解できた。
「ミヤ様こそ、私をからかって遊んでおられるでしょう」
「酷いなぁ、ルイス様。俺は本気なのに」
「…そんな顔で言われても」
からかうなと言ったその口で、今まさにからかってますと言う顔をしている。でも、その瞳の奥に、微かな本気が見えたりするから、たちが悪い。
(いつまで、こんな駆け引きを繰り返すのか…)
いつからか始まったこの関係に、名を付けることは困難だった。お互いに意識しているのに下手な所で距離の取り方を見誤ってしまったのだ。
「自分達でどうにかしろ」
呆れた兄にそう言われたのは、ついこの間の事だ。
(…自分達では、もうどうしようもないから、困っているのに)
男の身体越しでも、他の女性達からの羨望と嫉妬を感じる。もしも、自分が皇帝の妹でなかったなら、飲み物をかけられたり、足を引っかけられたりはしていただろうと苦笑気味に思う。
(そんな事でもあれば、この人は助けてくれたかしら…)
ルイスが何気なくミヤを見上げたところで、会場の端でざわめきが起きた。背を伸ばしてその方向を確認したミヤが、楽しそうに笑う。
「今日の主役、食べられなきゃ良いけどなぁ」
その言葉で、誰が会場に入ったのかを理解したルイスだった。
あぁ~ごめんなさい。
一日、飛ばしてしまいました。
理由は、現在クライマックスを書いているから…(^_^;)
頭の切り替えが出来ずに、アップが出来ませんでした。すみません。
でも、もう大丈夫。
とりあえず、書き上げたので、後はショートショート2本書くだけ。
一本は、ちょうどこの辺りのショートです。
本編に入れたいけど、テンポが狂うから入れられないなぁと思ってたもの1点。
もう1点は、ネタバレと言うか…どうなってんの?ってところをラストシーンの捕捉で書く。
これまた、本編に入れたら異色だから、抜き出しです。
それさえ書いてしまえば、後はもう、ひたすら編集ですね。
まだ、書きたてほやほやだから、どこまで冷静に書き直しが出来るのかは分からないところですが。
編集のスピードが乗ったら、毎日更新にしますね。
引っ越し業者も決まり、今日にも段ボールが来ます。
ひたすら詰め込み作業。
2月の半ばには、船の1便を送ります。
なんとか、間に合ったかな。
新作は、引っ越し作業しながら、メモを隣において、音楽でも聞きながら練ります☆




