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魔女と王様  作者: 新条れいら
カイナより
56/117

56.少年と王様。少女と少年の夢。

 二度目の邂逅が果たされるとは思っていなかった。


 漆黒の闇に緑の光沢の髪、黒かと見紛うほどに深い緑の瞳。


 一度目よりもはっきりとその存在を認識できることに、カイザックは気付いた。一度目には気付かなかったが、深淵の様子も以前よりも鮮明に理解できる。


 カイザックの内心を知っているのか、少年は小さな苦笑を漏らす。


「散々、説明不足だと言ってくれたようだな」


 少年の姿に似つかわしくない、老齢な苦笑だった。


「あんたからは何も聞かされてないからな」


 上の立場から物を言われることに慣れていないせいか、カイザックは微かな不快感を滲ませる。その言葉に、少年は微かに驚いたように目を見開き、そして、驚くほど幼い無邪気な笑みで笑う。少し、困ったような。


「何がおかしい。本当の事だろう」


「いや、あんたは正しいよ。ただ、今を生きているあんたに、ごちゃごちゃと説明して、今を生きにくくする必要はないと思っていた」


 どこか諦めたような、それでいて喜んでいるような、―――そんな笑み。


「でも、忘れていた。あんたはオレに近い方だったな」


 何かを懐かしむように少年は笑う。


「護るために、他の何をも引き換えに出来る。そんな奴に神の制約や分別など意味はない」


 それは自分もまた、そうだと言っているのだ。護るために、節理すら歪めてしまえると。


「お前の矜持に反しないのであれば、持てる力を使えばいい。その罪を魂に抱く事にはなるが、そんなもの、あんたは少しも恐れはしないだろう?」


 それは確信に満ちた言葉だった。


 その笑みを、カイザックは知っていると思った。


 どこでどのように知っているのか、それは分からない。なのに、ひどく懐かしく感じる。


「…まだ、思い出さなくていい」


 思い出そうと意識を探るカイザックに、少年は言った。


「余計なことまで思い出して、あいつ等に見つかる必要はない」


「あいつ等?」


 少年は一度口を開きかけ、閉じた。そして、僅かな時間逡巡し、カイザックをまっすぐに見つめた。


「お前達のように、魂の真価の上がった者を狙ってくる者がある。お守りは元来、その者達から、お前達を隠し守るためのものだ」


 少年の逡巡の理由を理解して、カイザックはため息を吐いた。そんなスケールの話をされても、実感どころか現実味を感じないからだ。しかし、本当の話である事もまた知っている。


「今はそれで良いんだ。今を悩み苦しみ、幸せに生きてくれる事が、オレ達の願いだ」


 願いと聞いて、カイザックは自分の内側のざわつくのを感じた。昔にも、同じ言葉を聞いたと思った。


「オレはあんたを知っているのか?」


 口をついて出た問いの奇妙さに、カイザックは顔を歪めた。少年の目元だけが微かに緩む。


「千年のときの中の何処いずこかに」




 瞼を上げると、少女が自分を覗き込んでいた。


「聖魔さまに逢ってたの?」


 夜明け前のもっとも闇深い空が窓の外に見える。明かりもない部屋で、なぜそれがこうもはっきりと分かるのか、ぼんやりとした頭で考える。


 レアが小さく笑った。


「カイザック、知ってた? 今の貴方の瞳は深い緑色をしてるんだよ」


「?」


「聖魔さまの影響が、今だけ、少し強いんだよ。…あぁ、戻ったよ」


 いつもの綺麗な青、とレアの細い指先が目じりを優しく撫でる。重い身体が溶けるように、カイザックはゆっくりと息を吐き出した。


「…レアは、あいつを知っているのか?」


 しばらく息の仕方も忘れていたかのような肺に、ぎこちない呼吸を繰り返しながら、カイザックはレアへ腕を伸ばした。


「聖魔さまのこと?」


 その腕が頬に触れる。彼の内面の混乱を感じて、レアは小さく苦笑した。自分も幼い頃は、現実と夢との区別が出来ずに、良く混乱していた。


「神さまの半身で、聖魔さまって呼ばれてる事しか」


 その手に抱かれ、送り出された輪廻の果てが、ここだという事ぐらいは分かっている。


「わたし達が思い出すこと、望んでないんだよ」


 空一面に張った網の先、神さまへ手を伸ばすことも、彼らはあまり良しとは思っていない。今ここにある生を、存分に生きることを望んでいる。


「…旧知に認識されないって、辛くないのか?」


 思い出さなくていいと言った少年の、瞳を思い出す。以前はすぐに忘れたのに、今ならその心の在り様すら分かるような気がするのだ。


「カイザックがそう思ったから、覚えていられるんだよ」


「…そんな曖昧なもので…」


 レアの指がカイザックの前髪を撫でる。


「曖昧だからこそ、なのかも」


 その想いだけで全てが成し遂げられてしまう。他人を幸せにすることも、恐ろしい狂気の事象も、その想いだけで、とても簡単に成ってしまう。


「矜持に反しなければ…」


「なぁに?」


 カイザックの呟きにレアは首を傾けた。短い髪がその頬にかかる様を見つめ、カイザックは目を閉じる。


「いや、なんでもない」




 微かに光を帯びる、白の空間に足を降ろす。


 柔らかい光に包まれた部屋にあるのは、大きな寝台だけ。薄い天蓋に手をかけると、揺れるそれらが微かに光を纏う。


「眠っているのか?」


 広い寝台の隅っこで眠る少女の頬に触れる。長いセピアの髪が指に絡み、少年はそれへ口付けた。


 遠い過去を思い出し、小さく笑った。


「和也君に逢いに行ったの?」


 寝台から声が上がった。少女の傍らに腰を下ろしていた少年は、たくさんのクッションに埋もれる少女を覗き込んで笑った。


「今は和也じゃない」


「そうだったね」


 肯定して、少女はゆっくりと身を起こした。動く度に光が舞う様を、少年の目が追う。


「迎えに行く時まで、もう会わないって言ってたのに」


 少女の笑い含みの声音に、少年は苦笑した。


「あいつが説明不足だって、怒ってるようだったから」


「現世を生きてる間は、必要ないのにね」


 少女は少し困ったように笑い、そして少年の頬に触れた。


「嬉しそうだね」


 彼にしては珍しく、外見の年相応の、喜びが滲むような笑みが浮かんでいた。


「そうだな。もしかしたら、オレはずっと逢いたかったのかもしれないな」


 嬉しそうに笑んだ少年の笑みに釣られるように、少女もまた微笑む。


 これまでの数えきれない出会いの中で、唯一、彼がもう一度逢おうと『約束』を交わした相手。いつ果たされるとも知れない、その曖昧な『約束』を、期待して待てるほど、自分達もまた幼くはいられなかった。


 それでも、心のどこかで期待していたのかもしれない。


 千年の刻も一瞬だったと、彼は少女の腕の中で呟いた。


この話が、今後どこまで『魔女と王様』にかかわってくるかは、全くの未定。

ごちゃごちゃするので、極力入れない予定ではあるけれど。


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