55.宴(6)
「ロイヤはそんなに暗殺を気にしなきゃいけないの?」
レアの問いに、頭痛を感じていたジルドは表を上げた。
話題が物騒でも現実的な方面に向いたことに、安堵すらしている。
「オレが皇帝に就いて、落ち着いたように見えるが、まだまだ表面上でしかない」
カイザックの言葉にミヤがギョッと主を見た。
ただでさえ、ロイヤの後継者争いの激しさは他国にも轟いているのだ。そんな男の王宮に入る女性に、物騒な話をすることはない―――そう思ったのだが。
「ミヤ、レアを侮らない方が良いぞ。コレは今回の遠征の目的が領土拡大ではないと見抜いていた」
「!」
驚愕の視線を向けられ、レアは慌てて口に入れていたチーズを飲み込んだ。
「そ…そんな事くらい、誰にでも分かるんじゃぁないの?」
「誰でも…ねぇ」
カイザックの含み笑いに、レアは墓穴を掘った事に気付いた。飲み込んだチーズが喉につっかえるような感覚に、何度も唾を飲み込む。
「誰にでも分かっていたら、今のロイヤに皇帝の居場所はないな」
「…そんな事になっていたら、私はこの首を差し出さなければなりませんね」
ミヤが自分の首筋を撫でながら、嫌そうに言った。
「目的はなんだと思う?」
案の定、面白そうな視線を向けてくるカイザックに、レアは遠慮なくため息をついてみせた。自分は政事や駆け引き事は鈍いと言っているのに、彼は面白がって聞いてくる。女が口を挟むのが楽しいのか、意外な答えが出るのが楽しいのか、どこを気に入っているのかはレアには分からなかった。
「それは分からないよ。貨幣を統一すれば、物流も盛んになって潤うし、間者を放たなくても得られる情報が増えるなぁって、それぐらいしか…」
そう話しながら、レアはふっとカイザックを見上げた。
(わざわざ、皇帝が出るかな?)
せっかく落ち着いたのに、皇帝の椅子も暖まらぬ内に、王都を離れるなんて、彼がするだろうか。
「鬼の居ぬ間に…って事?」
レアの呟きに、皇帝はにやりと笑んだ。
「皇帝になって気が大きくなったのだろうと、周囲は思っているだろうな」
そう見えるように演じてきたのだ。思ってくれていなくては困る。
商売の幅が広がると、商人達の気運を上げ、出兵への国民の期待値を上げることで、皇帝のただの気まぐれではない流れを持っていくのに、三年をかけた。商人達への手回しなどは、もっと以前からの下準備もあったのだ。
「急がなきゃならない理由があったんだね」
笑みもなく遠くを見つめるカイザックを見つめ、レアは呟く。大国を担う事が一体どんなことかは分からない。けれど、生半可な覚悟じゃ務まらないのだけは分かる。
(命を狙われ続ける覚悟なんて…)
どれだけ覚悟していたって、精神は擦り減るだろう。
「半分は、逃げたかったんだよ」
レアの神妙な呟きに、カイザックは小さく苦笑した。
「さっさと落ち着かせて、三日ぐらい寝たいって言うのが、本心」
悪戯っぽく笑む皇帝の本心に、レアは同じように笑って見せたが、ミヤもジルドも笑えなかった。それがどれほど切実な願いだったのかを、良く分かっている。
「憂いはさっさと取り除いて、本格的に国の安定と発展に集中したいって言うのが、残りの理由だ―――ミヤには悪いがな」
「それはもう、気にして下さらなくて結構ですよ、陛下」
苦笑したミヤの、苦い物でも噛みしめるような声音に、レアは首を傾げた。それに気付いたミヤが、また苦笑する。
「今の陛下の最大の反対派は、オレの兄が率いているんですよ」
「あらら…」
それはそれは、二人がそんな顔をするわけだ。反対派をどうするかは相手の出方にもよるのだろうが、下手をすれば忠臣の兄の首を取らねばならない。
「ミヤは兄とも仲が良かったんだ。オレは昔から嫌われていたが」
「兄は貴方の有能さに気付いていたから、嫌悪していたのでしょう」
「そんなものか?」
「そうなんですよ」
そんなやり取りをしながら、ミヤは懐かしい感覚に小さく笑った。
「なんだ?」
その含みのある笑みに皇帝が首を捻った。その様子がまた懐かしく、ミヤは笑う。
「こういう風に、気兼ねなく話すのは、ずい分久しぶりだなと思いまして」
「…即位してからは、友ではなく臣だったからな。…ジルドも」
そう言って、いたずらっ子のような視線をジルドに向けた。
「以前は、口うるさい爺やみたいでしたから」
「みたいじゃなくて、本当に口うるさかったんだよ」
「陛下が作法に鈍感すぎたのですよ」
二人の青年に言い様に言われて、ジルドは諦めたように返した。三人のやり取りを、レアは目を細めて見ていた。
「帰国したら、このように気の抜けたままでは困りますぞ」
「心配は無用だ」
楽しそうに皇帝は応えた。
「良いなぁ、楽しそうだなぁ。ロイヤに行ったら、わたしもどこかの部署で雇ってよ。自分の洋服代くらい自分で稼がなきゃね」
レアの楽しそうな声音に、その場に居た三人がそれぞれの思惑で凍りついた。
「ドレスぐらい、用意してやれる」
「…毎日コルセットは辛いよ」
レアが唇を尖らせるので、カイザックは彼女がドレス嫌いになったのではと一抹の不安を抱いた。
「軍部は嫌ですぞ」
ジルドにしてはハッキリと否を口にした。本来なら側室に働く場所を与えるなどと…と言いたい所だが、そんな事が魔女に通用しない事を良く理解していた。
「どうして?」
軍部が良いとは思っていないが、こうもはっきりと拒否されると少し傷付いたのか、レアはジルドの顔を見上げた。が、ジルドはさっと顔を背けるだけで、返答はない。
まかり間違って戦闘の作戦なんぞを提示された日には、奇抜な恐ろしい作戦を実行させられそうで、ジルドは想像しただけで血の気が引く様な気がした。
「女官がいない訳じゃないけど…色々不安だなぁ」
レアの真価を未だ把握しきれていなかったミヤは、大多数を男が担う職場を思い描いて不安を口にする。ミヤの不安が徒労である事を理解しているカイザックは、諦めたように息を吐いた。
「元から閉じ込めておけるとは思っていない。好きにすればいい。無理だけはしないと言う約束を守るならな」
皇帝からの了承に、レアは素直に喜んだ。
「では、誓いといこうか」
話はまとまったと、皇帝は膝を打った。その言葉に忠臣である二人がハッと表を上げる。
「我が安眠の日々の為に」
そう口にすると、皇帝は盃を掲げる。
「ロイヤの増々の繁栄を願って」
ミヤがそれにならって掲げた。
「では、私は陛下のご世継ぎ誕生を願って」
一つ咳払いをすると、ジルドも盃を上げた。ジルドの言に、カイザックが小さく噴き出す。盃を掲げた男三人から見つめられ、レアは目をぱちくりさせた。
「早く掲げろ。腕が怠い」
「えっ? えっー!? えぇーっと…」
状況が飲み込めない状況で、求められるままにレアは慌てて近場の器を掲げた。
「じゃぁ、わたしは…皆が仲良くできますように!」
星に願うような願いを口にした少女に、男性陣は一瞬目を見合わせ、人知れず笑い合って盃を打ち合わせた。
その行為がロイヤで、いかな理由で行われるか知らないレアは、彼らの結束に水を差さなかったことに安堵して、彼らに続いて盃を傾けた。
宴、終了。
長かった…。
ドルテさんの悪あがきとか書いても良いんだけど、読んでてつまらないよなって。
デッドのその後は、また出てきますから。




