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魔女と王様  作者: 新条れいら
マリーノ
48/117

48.武闘会(4)

 レアがこの変化に気付いているとは知らなかった。


 とは言え、自分がレアの変化に気付いているのだから、何ら不思議な事でもなかった。


 目を閉じる。


 何事かとざわめく観客、思惑通りに腸煮えくり返ってくれている対戦相手、大勢の中でもすぐに分かる半身の存在。


 自分の鼓動と風の音。


「護るべきものはあるか」


 風の問う声。静かに深く、深淵の底より響く。


「我らが仕えるは、世界樹の化身。その名に連なる神子、神の名において力を欲するか」


 不意に、唇に触れた幼い指先の感覚が蘇る。微笑んだ成熟した、幼い瞳。


「忘れて良いよ、今は」


 その言葉を思い出し、カイザックは小さく笑む。


「いや、今はまだ」


 深淵の底で、誰かが優しく笑った。


 瞳を上げる。耳に始まりを告げる歓声、地を蹴る音。




 最初の一撃を後ろに飛んで避け、二波を抜刀で受ける。


 思ったよりも重いそれに、カイザックは内心驚いた。


「ずいぶん、余裕ですね。まさか、私をただのお飾り将軍だとでも思っていましたか?」


 言われる通りなので、カイザックは受け身のままにっこりと笑って答えとした。案の定、ヒヨードの頬が引きつる。


 侮っていたわけではないが、どう答えようと火に油だ。そうなるように、散々煽ってきた。


 だが、さすがに相手もこちらの思惑が分からなかった訳ではないらしい。


「まさか、皇帝陛下ともあろうお方が、あんな貧相なお下がりがお好きだったとは、意外でした」


 体重をかけてきた重みと共に、下卑た笑みが近づく。しかし、それを受け止めるカイザックは、一瞬キョトンとし、それから「あぁ」と呟いた。


「残念ですが、ヒヨード殿。そんな陳腐な挑発には乗れません」


「!?」


 腕に微かに押し返す力を込める。


「レアは確かに痩せてますが、とても綺麗でしたよ」


 ヒヨードの笑みが再び引きつる。


「それに、意外と胸もある」


 遠くロイヤの観客席の方から、言葉にならない声が聞こえてきた。


「あ、怒ってるな」


 睨み付けてくるヒヨードから、そちらに顔を向けてカイザックは面白そうに言った。胸を押えて、顔を真っ赤にしているレアが何事か叫んでいた。


「馬鹿な事を言うな。この距離と歓声で聞こえる訳が―――」


「聞こえたんだろ? だから、怒っている」


 なんでもない事のように言ったカイザックの、その不敵な笑みに、ヒヨードは背筋に冷たいものを感じた。


 カイザックが得物を払う。


「やはり、気味の悪い女だ」


 体制を立て直したヒヨードは吐き捨てた。


「そして、それを平然と受け入れる貴方も」


 目の前の男を睨み付ける。


「オレは信心深いんでね」


 カイザックのうそぶく言葉にヒヨードは舌打ちする。どこまでも馬鹿にしてくる態度に、ともすると相手が皇帝だという事を忘れる。


(あのむかつく女と縁が切れる良い機会かと思ったが、こっちはこっちでむかつく)


 一部で武神の名を語られるレアを、常に疎ましく思ってきた。父はその知識を一族に取り入れるために自分との婚姻を結ばせたが、好き嫌いだけを言わせてもらえば、絶対容認出来ない。


 芳醇な四肢も、男を楽しませる言葉も持たない、何より自分に微笑まない女を誰が好むか。


 ヒヨードは構え、再度男へ切り込んだ。


 それでも、家の為になるのなら、耐えなければならない。ならば、オモチャにすればいいと気付いた。エバンスの死の真相を知ったレアが、自らの罠に引っかかる光景は楽しかった。証拠など、見つかるはずもないのに。


決闘これはオレの勝手な復讐だ」


 激しく切り込み、何度も接触するその瞬間、皇帝は低く言った。


「レアの師匠を殺しただろう?」


 ぞっとするほど静かに問われ、ヒヨードは思わず距離を取った。その様子を目だけで追い、カイザックはロイヤの座席へ視線を送る。


「オレの忠臣の一人に、ルイーグスと好敵手だった奴がいてな。国を追われた奴をずっと気にしていた」


 ジルドは多くを語らないが、部下にずっと行方を探らせていたのは知っていた。


「誰も復讐は望んでないが、何もしないのはオレの胸がスッキリしない」


 刃先をまっすぐにヒヨードに向ける。


「パルマを力で潰すのは簡単だが、後に遺恨を残す。とりあえず、お前を叩きのめしてオレも矛を収めることにした」


「な…」


 何を根拠に、と言いかけたところで、重い一撃が放たれた。一瞬でも反応が遅れれば、自分の首が飛んでいた強さに、ヒヨードの全身から汗が噴き出す。


 ギリリと刃の交わる嫌な音が耳に付く。


「あ…貴方だって、その地位に就くまでに何人も殺して来ただろう!」


 自分の地位を手に入れるために、邪魔な者を排除する。それは当たり前に行われてきた。排除されたくなければ、自分が排除する側に立つしかない。そう教えられてきたし、それを間違いだと思った事もなかった。


「あぁ、そうだ。…別にお前達のやり方を否定している訳じゃない」


 さらに力が加わり、ヒヨードの腕は悲鳴を上げ始めた。


「ただ、やっぱり、やり方が気に食わない」


 碧眼に映る色が変わったのを、ヒヨードは見た。恐ろしい程の力が加わる瞬間、必死に身をよじって逃げ出した。


 嫌な音がして振り返ると、今までいた場所が陥没していた。


「ん? けっこう気を付けたんだけどな」


 地面に突き刺さった自分の得物を引き抜きながら、皇帝はのんびりと言った。その様子があまりに普通で、ヒヨードは唖然とした。


「な…にが…?」


「神が与えた力さ。別に大したことじゃない」


 軽い調子で言い、皇帝は引き抜いた得物で軽く地面を掻いた。それだけの動作なのに、地面に鋭利な跡が残る。


「ば…っ」


「化け物? まぁ、それでも良いが、一応決着はつけさせてもらう」


 言い終わった瞬間、カイザックの腕が凪ぐ。




 棒立ちになっていたヒヨードが、その場にぺたんと座り込んだのを見て、レアは席を立った。


 呼び止められるのも気にせず、闘技場のヘリによじ登って降りようと試みる。下で見ていたティンが無言で手招きをしたので、飛び降りた。


 無事に地面に降り立ち、ティンへの礼もそこそこに駆け出す。


「ちゃんと手加減できただろう?」


 レアに気付いた皇帝が、得物を鞘に戻しながらにんまりと笑った。


「ほどほどにってお願いしたのに!」


「殺さなかったから、良いだろう?」


「そう言う問題じゃぁ…」


 言い募ろうとして、レアは諦めた。見上げたカイザックが、とても満足そうな顔をしていたので。


「ヒヨード様、大丈夫ですか?」


 レアは地面に座り込んでいるヒヨードへ視線を向けた。命に別状はないとは分かっていたが、その首に赤い筋があって、レアはギョッとした。


「皮一枚薄く切っただけ」


「ぬぅあぁっ!?」


「なんだ? 腕の一本でも落としてた方が良かったか?」


「その冗談、笑えませんから!」


 慌ててヒヨードの駆け寄ろうとしたレアの腕を、カイザックは掴んだ。そのままの勢いで引き寄せる。


「これで、レアはオレのものだ」


 レアがその意味を理解するよりも先に、カイザックはその額に唇を寄せた。


小説で臨場感ある戦闘シーンって、どう表現すればいいのやら。

まぁ、戦闘物ではないから、こだわらないけど。


カイザックのスキンシップが止まらないんで、だんだん、セーブもしないで書くようになってきてしまった。こいつはキス魔なのかも~

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