47.武闘会(3)
「ジャック・ミヤ・レトリマスだ」
そう紹介された青年を、レアは見上げた。
長身なところや優しそうな外見は、メガネをかけていることもあって、デッドに似ているような気がした。
「初めまして。レア・シィー・ヴァルハイトです」
一瞬、女性らしい作法であいさつをするべきかと迷ったが、自分が軍服を着ていることを思い出して、レアはいつも通り軽く礼をした。
「遠路はるばる、マリーノの為に足を運んでくださったこと、本当に感謝しております」
果たして、マリーノの為として良いのかと首を傾げたい。
「貴女が…」
驚いたように見下ろしてくるミヤを、レアは怪訝そうに見上げて首を傾げた。その肩でクルクル揺れる短い髪。
「いえ、失礼しました。私の事は、ミヤとお呼びください」
そう言ってミヤは頭を下げた。
「では、オレは準備をするとしよう」
紹介を済ませたので、さっさと立ち去ろうとしたカイザックを、レアは呼び止めた。
「本当に勝負なんてするの? どうして?」
「お前は、本当に聡いのか馬鹿なのか…」
「それ、さっきも言ってた」
また話を逸らそうとしていることに気付き、なんとか引き止めようとその服を掴もうと手を伸ばす。その手をひらりと躱して、逆に手首を掴んで引き寄せると、カイザックはその頬に軽く唇を寄せた。
「オレとしては、心配してくれた方が楽しい」
不敵に笑むと、真っ赤になってパクパクしているレアを置いて、直接闘技場へ飛び降りていった。
「し、心配なんてしないんだからっ!」
慌てて見下ろして、レアは叫んだ。こちらを見上げたカイザックが笑う。
「また、誤魔化されたっ! どうして勝負なんて―――」
「貴女を婚約者から奪うのに、決闘が必要なんだそうです」
頬を膨らませていたレアは、背後からの言葉に硬直した。冷や汗が額に浮かんで、レアはギシギシと音を立てそうな様子で首を回した。
「な…どうして?」
「ロイヤでは婚約者から相手を奪うには、決闘が必要なんだそうです。皇帝権限でそんな決まりが出来たみたいですよ」
「っ!!!」
そんなの絶対ウソだ。
「むかつく奴は叩きのめしたくなるだろう」
そんな事を言って、暗く楽しげに笑ったカイザックを思い出す。確か、あの時は―――
(昔、ヒヨード様に襲われそうになったって話をした時…だった…)
思い出して、レアは青くなる。
「赤くなったり青くなったり、お忙しそうですが、席に着きませんか?」
ミヤに冷静に声をかけられて、レアは慌てて頭を振り、自らで頬を叩いた。恥ずかしいやら、心配やら不安やらが混ぜこぜになって、落ち着かないが、慌てても事態は変わらない。
「そうですね。では…」
「そちらはマリーノの席ですから、こちら側へ」
手近なところに座ろうとしたレアの二の腕を、呼びに来ていたハッカが掴んだ。レアが異議を唱える暇を与えず、ズルズルと引きずる勢いで引っ張られる。
「えっ? ちょっと…それは、…色々と人目もあるし…まずいんじゃぁ…」
力で抵抗出来ないレアは、ミヤに助けを求めた。彼はにっこりと人好きする笑みを浮かべただけでハッカの後を着いてくる。マリーノ側に居た父と義兄に助けを求めるように視線を送るが、父は苦笑し、義兄には手を振られた。
「我々も腹を括る事になりましたので、貴女も前線での図太さをもって、こちら側に座っていただきましょう」
無理矢理座らされた座席の前で、ジルドに凄まれ、レアは観念したように肩を落とした。
「陛下がこんな決闘を思いついたのは、貴女のせいですから」
「…た、頼んでないよぉ」
出来る精一杯の抵抗を言葉にしてみたが、ジルドに一睨みされてしまった。その不機嫌さから、カイザックは誰にも相談せずに勝手にこの決闘を決めてしまったのだと思い至る。
(とばっちりだよぉ)
ジルドとレアのやり取りを見ていたミヤは、内心驚いていた。ジルドは顔の強面に違わず、堅物であることも有名な話である。一度信用を得れば崩れがたいが、その信用を得るには並大抵の事では無理である。
信用とは言い難いようではあるが、ジルドが彼女をある一定以上において認めている事は確かなようだった。
一見して、普通の娘だった。
女性にはありえないほど短い肩口の髪と、細身を包むマリーノの軍服。それを除けば、幼さすら残したままの、女性。
絶世の美女でもなく、豊富な身体を持っているわけでもない、そのごく普通の女性だ。
なのに、たった一言で、その場の空気を変える。
話しぶりから、ジルド達ロイヤ軍と真正面から戦った相手であり、ロイヤがこの少女に苦戦した事はその口ぶりから伺えた。それでも、彼らの間に険悪な空気はない。
そして何より、皇帝である青年の隣に立った時、そこに円を感じた。
(とんだ隠し宝だ)
まさか、こんな辺境の地に、こんな者があったとは。
「陛下の相手をする彼は、そんなに強いんですか?」
不安げな様子で闘技場のカイザックの様子を見つめているレアへ、ミヤは聞いた。
「いえ、実力はティンの相手をした三人と同じぐらいです。とは言っても、戦場でのヒヨード様の事は知りませんから、あくまで練習を見ている上での判断ですが」
「ふーん」
聞いておきながら、あまり興味のない返事をするミヤを、レアは見上げた。
「カイザックの実力はどれぐらいなんですか?」
レアの問いかけに、ミヤはびっくりして、飲みかけた水を吹きこぼした。
「え? 知らないの? 知らないのに、さっき婚約者にあんなこと言ったの?」
「…はい、でも、カイザックが絶対勝つのは本当です。…下手したら、ヒヨード様を殺しちゃうかも」
「…」
何がどうなってそう言う話になるのか、ミヤには理解できなかった。だが、目の前の少女は彼が勝つことを疑っている様子は少しもなく、本当に婚約者を殺してしまう可能性を心配している。
「陛下の腕は、上の中って所だよ。本番に強い方だから、本気ならもう少し上かな」
「…なかなか強いですね」
「…本当に知らないんだね」
ミヤは呆れたようにレアを見つめた。しかし、レアはそんなミヤの視線など気にした様子もなく、闘技場中央で上着を脱ぐ男の背中を見つめていた。
(贈り物などしなくても、充分、想ってくれていそうだけどな)
どういういきさつで、皇帝がこの少女を欲しいと思ったのか、どこを気に入ったのか気になるところではあるが、彼女は彼の欠けている部分を満たせる人間なのだと、それだけは分かった。
(名を呼ばせているから、一体何事かと思ったが)
捨てた名―――捨てさせられた名を、皇帝が惜しんでいるとは思っていなかった。名を変えたところで、どちらも呼ばれない事を彼自身が良く分かっていたからだ。
だが、彼女には、本当の名を知ってほしい呼んでほしいと、そんな当たり前の欲求を持つことが出来たのだろう。
「そんなに心配?」
心配そうな少女へ、ミヤは聞いた。
「お守りを…もらったばかりなので、加減が出来るのか心配なだけです」
少女の回答は、ミヤには理解できなかった。
リンゴちゃんのマックを買ったのだけれど、全然使いこなせない。
写真や動画の取り込みとか、楽なはずなのに、慣れない分、時間がかかるので、結局いつものパソコン使ってる。意味ない~
たぶん、我が家でカメラの次に高い家電なのに。




