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魔女と王様  作者: 新条れいら
マリーノ
41/117

41.選出

 退屈だと豪語した青年を見た時、ドルテ・パルマはこれはぎょせると思った。


 大国ロイヤの皇帝だが、所詮は年の若い男だ。今も国政より体を動かすことを優先している。所詮は周囲に持ち上げられ、皇帝になったに過ぎないと。


 王家とは往々にして、権力を正当化させるための道具でしかないと、ドルテは理解していた。


「貴殿が有能であるなら、何も心配するに及ばないではないか、宰相殿」


 そう言った青年の言葉に、青二才がと喉まで出かかった言葉を飲み込む。


 だが、皇帝は宴の誘いを受けた。


 約一年の遠征中、女に不自由していたのだろう。だから、あんな女性らしからぬ小娘が重宝されるのだ。ここはその欲求を十分に満たしてやりさえすれば、良い。あわよくば、子でも設けさせ、その正当性を主張すれば良い。


「ですが、武会はどうしましょう。本気で人選をしても良いのでしょうか?」


 長男の言葉に、ドルテは少し考えた。


 相手は侵略してきているのだ。もし武会で負ければ機嫌を悪くする可能性もある。


「腕の立つ者を用意しておけ。相手の力量で上手く負けられるような手練れを」


 弱小国ではあるが、周囲の蛮族と張り合ってきたつわものはいるのだ。ヴァルハイトの娘だけが特別ではない事を、あの若造に理解させ、マリーノでの引き続きの権力を保持していく。


「ヒヨード、お前も本気で行っていい。ただし、最後には上手く負けるんだぞ」


「あんな色気のない女なんか、のし付けてやるのに、皇帝陛下も変わってるね」


 次男の言い様に、ドルテは口の端だけで笑う。


「そう言ってやるでないよ。一年も禁欲だったんだ、どんな女も魅力的に見えるもんだ」


「オレだったら、あんなのは一年経っても嫌だね」


 ヒヨードの婚約者嫌悪は今に始まった事でもないので、ドルテは笑うに留めた。次男にヴァルハイトの娘を付けたのかは、ただの政略的意味しかない。それを理解している次男も、嫌悪はしても拒否はしなかった。


「手加減したことが分かるように負けてやればいい」


 父親の言に、次男はにやりと笑んだ。




 ロイヤの皇帝がマリーノ城に入城して五日目の朝、レアは事後処理の為に出廷した。


 翌日には出向こうかとしたのを、ベッドに入る事を強要されてしまい、仕方がなく今日の出廷になった。かと言って、誰かに呼び出されたわけではない。王宮は今、ロイヤの皇帝への対応で右往左往している状態だった。


 とは言え、当の皇帝は夜になるとヴァルハイト邸にやってきているのだが。


「レア、今日は出廷出来たんだな」


 長い廊下を軍部の方へ歩いていると、書類を抱えたケイトに声をかけられた。昨日から帰宅していない義兄は、徹夜明けなのか目の下にクマを作っている。


「お義兄様、お忙しそうですね」


「まぁね。頼まれた事がなかなか終わらなくて」


 そう言いながら、両手いっぱいの書類を抱え直した。少しでも持ってあげたかったが、それは逆に迷惑をかける事だと分かっているレアは、申し訳なさそうな顔をした。


「遠慮なくこき使ってくれるねぇ…」


「光栄なことだと思って、頑張るよ」


 今、義兄に仕事を頼んでいるのは、他ならぬカイザックだ。マリーノの国力を知るのに、あらゆる資料を要求していた。国書に勤務の義兄が筆頭になって、その要求に応えているのだが、これがなかなか過酷な仕事になっているようだった。


「レアはこれから?」


「カイザックが訓練所を使いたいって言うから、許可を取りに。なんでも、パルマ宰相と話して武会を開くんだって。けっこう余興好きなのかも」


「はは…そうかもね…」


 内容を知っているだけに、カイトはそう言うしかなかった。


「と言う事は、皇帝陛下は訓練所の方? 報告があるからお邪魔するよ」




 お前の意見を聞きたい、と言われて、レアは正直、困ったなと思った。


 総合訓練場はそれなりに広く、各エリアでそれぞれの熟練者が体を動かしていた。


「わたしより、カイザックの方が良く分かってると思うけど」


「だが、オレはマリーノの実力は知らん。ちょうど良いのはどの辺りか、意見を聞きたい」


 そう言われて、レアは一番近い場所で訓練をしている弓を引く五名の兵士達を見つめて考えた。


「ちなみに、勝ちに行くんですか? 引き分けに行くんですか?」


 一応、国同士の催しだ。どちらの国にも花を持たせるのだろうと思って聞いたのである。


「もちろん、勝ちに行く」


 力強く返され、レアは脱力した。


「だったら、一番の実力者を選べば良いよ」


「実力差がありすぎたら、面白くないだろう」


 そんなものなのかなぁとレアは首を傾げる。自分が武器を扱えない事もあって、武会などの催しには、それほど興味を持てなかった。故に疎くもある。


「たぶん、パルマ宰相も、似たような事考えてるよね」


 見るともなく訓練の様子を見つめるレアの漏らす言葉を、カイザックは黙って聞いた。


「接戦して、あえて負けてみせて、…ロイヤに華を持たせて恩を売る気じゃないかな」


 国を動かす祭事に疎いと言うレアはしかし、人心の動きを良く理解している。不意に口にする言葉は事情を的確に把握していた。


「では、完膚なきまでに、叩く事にするか」


「…」


 面白そうに言うカイザックに、レアはがっくりと肩を落とした。もはや、ほどほどにと言う言葉など届かないのだろうか。


 一通り見渡した限りでは、マリーノに勝てる要素はないに近い。人の数が違うのだから、優秀な人材の量も質も違うのだ。それが分からない宰相ではないと思いたい。


「剣はマリック、ロート、イルマ。槍はバーン、セリヤ、ドーマ。弓はシースリー、ママロア、…でしょうか。弓の、あの人、まだ名前が分からないな」


 訓練場を見渡していたレアは、馬上から的へ弓を構える一人を指差してカイザックを見上げた。


「…いつの間に、それだけの人間と面識を得たんだ?」


 分かってはいた事だが、カイザックは聞かずにはいられなかった。ザッカ前線でのレアの行動を思い起こしてみても、そんなにロイヤ兵との接点はなかったように思う。


「普通だよ? さすがに仲良くなった、とは言えないけど」


「お前の普通は、普通じゃないんだぞ」


 呆れたように言って、その頭を撫でる。記憶力が良いに加えて、コミュニケーション能力が高過ぎる。ザッカ前線でトムの死を前に、レアの言った「忘れられない」と言う言葉の意味は、感情的な意味ではなく、言葉そのままの意味なのだ。


「そう言えば、カイザック」


 くちゃくちゃになった髪を押えながら、レアは男の背後をチラリと覗き見ながら、言った。


「デッドとティン、知らない? 帰ってきてから見てないんだけど」


 カイザックはレアの視線の先を理解して、笑う。


「さぁ、知らないな」


 ワザとらしい答えに、レアは頬を膨らませた。


「なんだ? 何か用事か?」


「パルマ殿の長男殿から、居所を聞かれただけだよ」


 それだけでパルマの要件が推測出来たが、カイザックは何も言わなかった。


「こちらでしたか、皇帝陛下」


 レアが何事かを口にしようと口を開きかけた時、ケイトが二人を見つけて小走りにやって来るところだった。


「ハッカ」


 カイザックが後ろに控えていた一人に声をかけ、レアの背を押した。


「弓部隊に知らない奴がいるらしいから、紹介してやってくれ」


 レアがまだ知らないと言った兵を指さして促す。


「え? 別に良いよ…」


 全部知ってなきゃいけないわけじゃないと言いかけたレアを、カイザックは視線だけで促した。これ以上は関わらせてもらえないのだと理解して、レアは諦めてハッカの後をついて行った。


「貴方と同じことを、考えますよね」


 レアの背中が遠ざかったのを確認して、フードの男がため息交じりに言った。


「雇えることは当然と考えてるんだろう?」


 カイザックが肩をすくめる。それを見て、フード男は深々と意味深なため息を吐き出した。つい十日前に、当然と思って話を進めた人間が言う事ではない。


「拒否するなら、レアを人質に取ってでも了承させるぐらいの事は考えているでしょうね。マリーノの戦力で、本当に力のあるのは、レアの部隊の傭兵達ですから」


 ケイトが遠ざかるレアの背を見送ったまま、呟く。


 そうやってレアを、エバンスを追いつめてきたのが、パルマ家だった。


「だ、そうだ。どうする?」


 カイザックはフード男を見た。


 視線を向けられたフード男は肩をすくめる。


「そんな脅しに付き合ってやるほど、お人好しだと思うか?」




 久々に気持ちよく昼間から酒を飲んでいたと言うのに、その珍客のお陰で心地いい酔いは台無しだ。


「君の雇い主に最後に華を持たせてやろうとは思わないのかい?」


 許可もしていないのに自分の隣に座って来た男は、ビールを傾けながらティンを見た。


「残念だな。シィが軍を解散させた時点で、オレは解雇されてるんだ。別に華を持たせてやる義理はねぇよ」


 辛い干し肉をかじりながら、男を見ることもなくティンは気のない返事をした。


「そんな事を言うが、君はヴァルハイト嬢を大切にしているだろう。マリーノの将軍として最後に華を持たせてやりたいとは思わな…」


「思わねぇよ!」


 テーブルにジョッキを置いて、ティンは男を睨んだ。噴き出す殺気を押えてはいるが、男は身を強張らせる。


「シィをあんな死地に放り出した上に、権力と引き換えに差し出すような国の為に、なんでオレが動かなきゃならん!?」


 それが彼女の望んだことであろうとも、それが彼女の幸せに通じるものだとしても、あの小さな少女を、エバンスを苦しめてきたのは軍家だ。彼らの功績を、横からかっさらって行った事など、一度や二度では済まない。その溜めこんできた怒りは、どこにも吐き出す事も出来ずに、ずっと溜まってきた。


「この際だから言わせてもらうが、オレが我慢してきたのは、あいつらがそれで良いと言うからだ。でなきゃ、後ろから叩き切ってやってたぞ!」


 確かに隣で座っているはずなのに、その気迫に押しつぶされそうな錯覚を覚えて、男は喉を鳴らした。しかし、ここで引き下がるわけにもいかない。


「そんな事を言っても良いと思っているのか? お前らの大切な指揮官がどうなっても良いんだな」


 ティンは男の引きつった笑みを見ていた。


 確かに大切なものを盾に取られれば、相手の言いなりにならざる負えない事もあるだろう。エバンスもレアも、そうやってマリーノに縛られてきた。


「ぶち壊してみたくないか?」


 そう言った青年の顔が浮かんだ。気に食わない青二才だ。なのに、妙に憎めない笑みを浮かべるその青年が、アレの救いになる。ならば、もはや何も恐れることはない。


「その、陳腐な脅しがオレに通じるとでも思っているのか?」


 パルマ家長男の顔色が一瞬にして、強張ったのを、ティンは横目で睨みつけるような目で見ていた。


「オレはマリーノの人間じゃない。それにオレはあんたらが嫌いだ。国をくれると言ったって、雇われてやる気はない」


一週間に一人ぐらいの割合で、登録してくださってる方がいらっしゃいます。

ずいぶんとお礼が遅くなりましたが、本当にありがとうございます。

自分が読んでいてポイント付けたり、感想書いたりしないので、

あなたのその行動がどれほどの労力かと思うと、本当に感謝いたします。

ありがとうございます。

とっても励みになってます。


まだまだですが、色々勉強して感覚とスキルを上げていきます。


高校の頃、初めて人に読んでもらった時の緊張と喜びを思い出します。

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