第4章6
伯爵は危険が伴うかもしれない仔馬探しに、何とかして愛する娘を行かせずに済む方法を模索していた。
今回の件は周囲が娘の同行を容認しているような感があり、明らかに自分の訴えが受け入れられる事は難しいと感じ伯爵は困惑していた。
ならば自らが如何にかして娘を説得させるしかないと思いながらも、思いだけが空回りとなり、全然上手く行くようには思えなかった。
それでも発言権の強い妻さえ味方につける事が叶えば、場合によってはそれも手段の一つとして有効となり得る可能性を秘めているのだが、この様子を見れば殆ど絶望的のようにも思われる。
伯爵は深いため息を一つ零すと腕を組み、額に汗を滲ませながら真剣な表情でじっと何かを考えていた。
その姿には同情こそ覚えるが、恐らく誰もが無理であろうと感じていた。
だが、如何言う訳か伯爵の強張っていた表情が一瞬だったがほんの少しだけ崩れた気がした。
何か良い考えでも思いついたのだろうか?
すると今度は咳払いを一つし、息子の方に向き直った。
「ルシオン、お前は代理として頼んだ大切な役目もまだ全うしていないではないか。託された役目も真面に出来ぬ輩に、如何して私が次なる使命を与えられると思う? 与えた所で到底全うできるとは私には思えない」
「そんなのッ。これとそれとは話が別じゃないか」
「別では無い! 一つの事すら真面に成し遂げられぬまま中途半端に放置するような者が何を戯けた事を申すかッ。話にならないな。それこそ有り得ない話しだ」
「別に放置した訳じゃ……。うちが心配で戻って来ただけで……」
「ならばこちらの心配はもう良いから、お前は託された書状を届けるべく自らの行動を修正しなさい」
「え――っ」
「何だ? その『え――っ』と言うのはッ。それでも、如何しても行くと言うのであれば、跡継ぎとは言えお前にこの先とても我が領地を任せる訳には行かない」
「そんなの横暴だよぉ。あんな少ない情報だけでどうやって探せって言うんだよ。行ってみて分かったけど、かなりあれはキツイよ。父上もやってみれば分かるって」
「無理を言うな! 領主がそんなに長い間領地を空けられる筈がないではないか!」
「やっぱり父上もそう思っているんじゃないかぁ」
「……。だから最初話したでは無いか。難しいだろうが頼むと……」
「頼まれたけど……、やっぱりアレは無理だよぉ。あれだけ探して未だに大した手がかりも掴めないんだよ。このままだったら俺1年経っても見つけられる気がしないけど、それでも良い?」
「ふざけた事を抜かすなッ!」
「ふざけてないよ? 俺的にはかなり真剣な話なんだけど……」
「っ……、つべこべ言ってないで、とにかく無理だと思うのならば、早く出立しなさいッ」
「え――っ」
伯爵は何とか言いくるめてルシオンの出立を促してはみたが、その息子の力ない返事は予想を遥かに超えるものだった。
「父上、もう諦めてよぉ。だいたい別に書状を届けたからと言って如何なると言う訳でも無いんでしょ? 元々そう言う事は苦手だし私には無理だったんだ。跡継ぎの件も……、もうこの際如何でもいいや。専門の者に任せて下さって良いですよ」
キッパリとそう言い切る息子の姿に、伯爵は再び呆れかえった様にあんぐりと口を開けたまま息子を見つめていた。
(何故うちの息子は一度しか試みずに、こうも自信有り気に潔く物事を諦めてしまえるのか!?)
「そう言う者に任せられないからお前に頼んだのではないかッ!」
深いため息を吐きながら、伯爵は息子の不甲斐なさと、とにかくローレライを行かせたくないので必死の抵抗を試みているようだった。
きっとこの二人は自分の存在を忘れているに違いないとフリードルは思っていた。
気持ちは分かるがこうも話が反れて無視されてくると、居心地としてはたまったものではない。
フリードルは伯爵とルシオンに注目しつつも、夫人とローレライの姿を視界の隅で追いかけながら機会を伺っていた。
夫人は何事も無いような素振りで平然と紅茶を啜り、ローレライは手を胸の前に組んで心配そうに二人の姿を交互に追っている。
やがて、夫人がこちらの方を伺う様な素振りを見せると、何か意味有り気に微笑んだ気がした。
(これは、何かを 期待されているのか? )
フリードルは少しだけ考え込んだ。
伯爵の言う事も分かるが、内容を聞いているとルシオンに任せるのも役不足であろうと聞けば聞く程思えてならない。
このままでは一向に話は平行線のままで先に進まないと感じ、とりあえず今思い立った案を口にしてみようと試みた。
「あの……、その件は本当に他の者に任せられないものなのでしょうか? 失礼ですが、どう考えてもお話を伺っている限り、私も今のフリードルには難しいと思えてならないのですが……」
「無理は承知の上だ。だが書状の件は他には頼めない。もし内容が他者に知られる事となれば、最悪イシュラルは潰される。無理だ」
「私では?」
「そんな事はさせられん! ドーリアに迷惑はかけられないッ!!」
「と言う事は、『言えば協力してくれるであろうから話せない』と言う訳ですよね?」
「うっ……」
不敵に微笑むとフリードルはそう告げた。
結局観念した伯爵は、目を閉じでじっと何かを考えた後、フリードルが現状を知ってしまったと言う事もあり、決して他言せぬように口止めすると、書状の詳しい内容は伝えられなかったが掻い摘んで探している人物の数少ない情報を差し障りのないと思える範囲で重々しく語り始めた。
最初は厳しい表情で真剣に聞き入っていた感じのフリードルだったが、そのうち内容を聞いて行くと段々表情が明らかに和らいで行った。
「なんだ……。最初に言ってくだされば良かったのに……。私、多分知っていますよ、そのお方。本人には何時でも会えませんが、側近にでしたら2日もあれば接触できます。お届けしますよ」
「なっ……!!?」
思いもよらぬ返答が帰って来て、伯爵も他の者達も返す言葉を見つからないようで、口元が半開きになっている。
「4日……いえ、3日で帰ってきますから旅支度をしておいて下さい。これでルシオンも一緒に行けるし、何も問題はありませんよね? では、書状は私がお預かりします。ルシオン!」
「あっ、ああ、ちょっと待ってて」
慌てて書状を取りに行き、ルシオンはフリードルにそれを手渡した。
「では、急ぎますのでこれにて失礼致します!」
「……頼む……」
結局伯爵は口を挿む機会を失い、呆然と立ち尽くしたままフリードルを見送る事となった。




