第4章5
父である伯爵の目が自分から反れたことに少し安心し扉に目を向けたルシオンは、ティーセットを持って立っている人物の姿を見て胸を撫ぜ下ろした。
こういう時、いつも絶妙なタイミングで間に入って空間を和らげてくれるその者の存在は、家族にとってとても大きなものだ。
「お二人とも、お話合いはそれ位になさってください。お客様が呆れられていますよ」
夫人が柔らかな笑みを漏らしながらそう告げた。
「いいえ。そのような事は……」
フリードルが慌てて夫人の言葉を否定する。
「あまり熱くなりすぎると纏まる話も纏まりませんわ。少しお茶にして心を落ち着けましょうよ」
そう告げると夫人は侍女の並べて行く皆のティーカップの中に紅茶を注いで行く。
「フリードルは本当にお久しぶりね。お元気そうで何よりだわ。少し留守をしていたものだから失礼してしまって御免なさいね。侯爵とフェローラは御健勝なの?」
「有難うございます。はい、変わりなく。伯母上もお元気そうで何よりです。母も久し振りに一緒に来たいと申していたのですが、急でしたので今回は私が一人で参りました。また落ち着きましたらこちらに赴きたいとの事でした」
「まあ、そんなに気を使わなくても良いのに。フェローラだったらいつでも大歓迎よ」
フリードルの母とローレライ、ルシオンの母は従姉妹同士にあたる。
双方の母が同じ土地の出身と言う事もあり、子供の頃に避暑に母の実家へ訪れた折などは、毎年一緒に遊んだりもしていた。
一人っ子のフリードルにとって歳の近い先従兄妹である二人は幼馴染であり、遠くにいる兄妹のような存在だった。
故に伯爵家の出来事はフリードルにとっても到底余所事で済まされるものでは無く、出来る事ならば協力したいとの思いは殊の外強く、この地に赴いたのだ。
注がれた紅茶を一口飲むとカップを置き、フリードルは伯爵夫妻の様子を伺った。
少し落ち着いた様子の伯爵に、フリードルは話しを切り出す期を伺っていた。
「あの……、先程の件ですが、私が護衛と言う形でローレライのお供させて頂く……、と言う事ではいけないでしょうか?」
「フリードルが護衛!?」
ローレライの瞳が見開き輝いた。
「いや、それは申し分ない申し入れだが、そもそも私はまだローレライを行かせるとは認めていないのだ。それにフリードルには王城での大切な勤めがあるではないか。それを差し置いて我が家の事に手を貸して貰う訳には……」
「既に城勤めは辞めました。民を蔑み苦汁を強いる王の護衛など、とても私には続けられませんでしたので」
確固たる意志を持つかの如く、自信に満ち溢れた眼差しでフリードルがそう告げると、最もだと伯爵も頷く。
フリードルは先頃まで城で王を守る近衛騎士総隊長と言う重職についていた。
腕は誰から見ても確かなもので、護衛としては申し分ないだろう。
しかし、候の許しもなく頼んでしまって良いものか?
いやいや、抑々ローレライを行かせる訳には……。
伯爵は頭の中で色々な事を思い巡らせていた。
そんな伯爵の様子を見て最初に口を挿んだのは、やはり夫人だった。
「あなた、ローレライを行かせてやって下さい。あの子ももう17歳。私が嫁いできた齢です。そろそろただ親が守ってあげるだけではなく、自分で自分の生き方を考える事を認めてあげても良い年頃ではありませんか?」
あの恐怖の夜、ローレライは厩舎で母親と二人で一つの毛布にくるまり色々な話をしていた。
ザビーネ夫人が去ってから、母からパウリンの事に触れる話は何も告げられる事はなかったが、母にはザビーネ夫人から『自分にはとても大きな使命がある事を告げられた』とだけの話しはしていた。
あの日ザビーネ夫人が、仔馬がローレライを導くであろうと話しをした事は、母も一緒にいて聞いている。故に母はその事も踏まえてきっとそう助言してくれたのに違いなかった。
「お願い、お父様ッ!」
可愛い娘に真剣な眼差しでそう告げられれば伯爵も辛い。
「いや……、だが、しかし……」
どう考えても分が悪い。
反対しているのはどうやら自分一人だ。
伯爵はどうにかして娘を行かせない策はないかと考じていた。
「いや……、だがフリードルもまだ独りの身。それが護衛とは言え、若い娘と二人でと言うのはいささか不味いのではないか?」
「心外です! 伯爵は私をその様な目で見られていたのですか!?」
「酷いですわ、あなたッ! フリードルは我が家の事を案じて、色々と策を嵩じてくれていると言うのに……。それにフリードルはそのような邪な事を考える子ではありません! 私が保証します!」
「いや……しかしだなぁ……」
「あなたは、妻であるこの私の言葉が信じられないのですかッ!?」
ローレライやルシオンとは兄妹同前のように育った時期もあり、フリードルの人となりは幼き頃より良く知っている夫人だ。その様な彼が、何があろうと伯爵の恐れているような事をしでかす筈はないと本気で思っている様だった。
「いや、そうではない。私は勿論信用しているが、周囲の目がそうは捉えないであろう? 世間とはそう言うものなのだ」
「ならば、お兄様にも一緒に来て貰えば良いのよ。全てが解決するわ」
「それは良いわね。ルシオン一人だと心許ないけれど、フリードルも一緒であれば問題は何もないわね」
そう告げられ目を向けたルシオンの眼差しは、期待に満ちたように輝いており、そのあまりにも乗り気な息子の姿に伯爵は溜息をつくと頭を抱え込んだ。




