Ep.16 春、芽吹く(5・終)「2年5組の場合」
中曽根 悠:
(あれ──だいぶ離れたな)
俺、中曽根悠は、掲示板に貼り出されたクラス分けの紙を見ていた。
今度の自分のクラスは5組。
最後のクラスだから、見つけるのに時間がかかってしまった。
中曽根 悠:
(あいつと違うクラス、初めてだなぁ)
そう思って1組の欄を見る。「戸田るり」と書かれた文字は、俺の名前からとても遠い。
中曽根 悠:
「………」
中曽根 悠:
(ま、仕方ねーか!)
そう思い直して、ズレていた肩のカバンをかけ直す。
校舎へ足を向けると、はらはら舞う桜の花びらがキレイで、立ち止まって少しの時間、目を奪われた。
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春、芽吹く
(5)「2年5組の場合」
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すでに教室には、ほとんどのクラスメイトがいた。
真ん中後ろらへんの自分の席に座ると、同じサッカー部の御手洗が声をかけてきた。
御手洗:
「よう、中曽根。1年間よろしくな」
中曽根 悠:
「おう、よろしく!」
御手洗は、騒がしい連中が多いサッカー部の中でも、落ち着いているしっかりした印象のやつだ。
背は大谷よりは低いがスラリとしている。柔らかい笑顔を浮かべる御手洗は、2年になってものほほんとして見えた。
御手洗:
「彼女とは離れちゃったな?」
そんな御手洗が、めずらしくからかうようなことを言う。
まぁ、この手のからかいにはもう慣れた。るりとの仲はほぼ学校中に知れ渡っている。
中曽根 悠:
「別にいいし。クラスが違うくらい」
御手洗:
「お、余裕だねぇ」
御手洗は、空いている俺の前の席に腰かけた。
御手洗:
「でも、お前ら長いよな。半年経った?」
中曽根 悠:
「んー、だな」
去年の夏休み前からだから、もう少しで1年になるのか。
でも、何だかあっという間だった気もする。
御手洗:
「普通、中学での付き合いなんて、3ヶ月がいいところなのに、すごいな」
中曽根 悠:
「そうなんだ?」
普通なんて、よくわからないし関係ない。
他人や世間のモノサシには振り回されたくないから、俺はあえて平然を装って答えた。
でも。
御手洗:
「気をつけろよ? 戸田さん結構、人気あるんだぞ」
中曽根 悠:
「──はぁ?」
突然の御手洗の発言に、冷静の仮面がはがれる。
中曽根 悠:
「何だよそれ? 初耳だぞ」
御手洗:
「そりゃあ、彼氏の耳に届くところで言わないだろ?」
御手洗は面白いものでも見つけたかのように、少しだけ顔をニヤつかせる。
るりが人気あるって?
そう言われてもピンとこない。
そりゃあ中学生になってだいぶ、女の子らしくなったけど……。
でも俺は小さい頃からの幼馴染みで、パンツ丸見えのガキンチョの姿だって知ってるんだ。
車酔いでゲロったとこも、お化けが苦手なことも、俺にだけは気が強くてお姉さんぶるとこも知っている。
中曽根 悠:
(何も知らないやつが、るりを好きになるんじゃねーよ)
見えないライバルに腹が立つ。
あいつをそういう目で見る存在は、俺だけでいいんだ。
席を立った。
御手洗:
「ん、どっか行くのか?」
中曽根 悠:
「便所」
もうすぐ予鈴なるぞ、と言葉を続ける御手洗に背を向け手を振った。その背後で御手洗が呟いた声は、俺には届かなかった。
御手洗:
「トイレと逆方向行ってやがんの」
御手洗:
「……わかりやすいやつだなぁ」
・ ・ ・
1組と5組は、階も違う。
俺は一つ階段を下り、すぐに見えた「2ー1」の札を確認して後ろの扉を開けた。
男子生徒:
「あれ、中曽根じゃん」
前同じクラスだったやつがすぐそこにいた。俺は顔だけ教室を覗かせて、そいつに声をかけた。
中曽根 悠:
「るり、いる?」
男子生徒:
「ああ、いるよ」
そいつは教室の奥に向かって叫んだ。
男子生徒:
「戸田! 旦那が呼んでるぞー!」
げっ、そんな言い方するなよな。
教室の奥で背を向けて友達としゃべっていたるりが、慌ててこちらを向いた。
まわりの好奇の視線も、一緒に集まる。
るりはそんな視線を気にしながらも、こちらに早足で駆けつけてくれた。
ふわりと、ちょっといい香りがかすかにした。
戸田 るり:
「な、何?」
中曽根 悠:
「あ、いや……別に」
しまった、勢いのままに来ちまったから何も考えてなかった。
頭をポリポリかく。
るりは小首をかしげる。周りの視線がこっちに集まってきているような気がして、俺は慌ててるりの手を引っ張った。
戸田 るり:
「へ!?」
思いのほか、あっさり体を教室から出したるり。そのまま廊下に連れ出して向き合った。
戸田 るり:
「どうしたの?」
中曽根 悠:
「いやだって、話しづらかったし」
戸田 るり:
「まぁ……たしかに」
るりとこうして向き合うのは、久しぶりだ。
会うのは春休みに初デートして以来だった。
中曽根 悠:
(あんときのこいつ……可愛かったな)
るりは知らない。
デートの前日、俺が緊張して眠れなかったことも。
待ち合わせ場所に早く来すぎたことも。
バスの中で、窓に映るるりの顔を覗き見してたことも。
勇気を振り絞って、名前を呼んだのも。
今こうして、変なヤキモチで顔を見に来たことも。
俺は、こいつに隠し事ばっかりだ。
中曽根 悠:
「……今日さ、一緒に帰らないか?」
頭に浮かんだ呼び出しの口実を口にする。
るりは、パチパチと目を瞬かせた。
戸田 るり:
「あ……」
戸田 るり:
「ごめん、さっき友達と帰る約束しちゃった」
中曽根 悠:
「! そ……そっか」
う、ちょっとショック。
つい黙ってしまった俺を、るりはチラチラと上目で見てくる。
小さく息を吐いて、何か決心したかのように顔を上げた。
戸田 るり:
「あの……」
戸田 るり:
「これから朝の登校、一緒にしない?」
中曽根 悠:
「え?」
きょとんとした俺に、るりは床を見つめながら言葉を続ける。
戸田 るり:
「いつもバラバラで登校してたけど、その……クラスも離れちゃったし」
戸田 るり:
「あ、でも悠が朝苦手なのは知ってるから、無理ならいいし」
戸田 るり:
「で、でもこれを機に、早起き身につけてもいいんじゃないかなーなんて」
くるくる表情を変えながら話するり。
──なんだ、めちゃくちゃ可愛いぞ。
中曽根 悠:
(こんなの、他のやつに見せたくないなぁ)
クラスが違うから、見張れやしないけど。
思いのほか、心配性な自分に秘かにびっくりしている。
中曽根 悠:
「わかった。明日から頑張ってみる」
今の女々しい心を隠すように、るりに応えた。
戸田 るり:
「……うん! ありがとう」
嬉しそうに笑ったるりはやっぱり可愛くて、それは俺だけのものにしたいな、なんて思った。
登校しようと誘ってくれたことが嬉しくて、俺もつい笑う。
その時ふと、1組の教室の中からこちらを見ているひとつの視線と目が合った。
中曽根 悠:
「!」
中曽根 悠:
(林だ。あいつもるりと、同じクラスだったのか)
林和葉。
彼女は俺と視線が合うと、すぐにそらした。
小学校も同じだった林に、俺は1年生の時に告白をされた。
その時は、もうるりが好きだと自覚していた俺は、彼女の告白を断ってしまった。
しかもその後すぐに、るりと両想いになり付き合っている。
中曽根 悠:
(だからって、どうしようもないんだけどさ……)
こんなこと、るりに知らせる必要もないし教えたくもない。
また増えた彼女への隠し事。
少しだけもやのかかった気持ちを晴らしたくて、俺は目の前のるりの笑顔を目に焼き付けた。
・ ・ ・
春に顔を出した、幼い芽たち。
それが今後どんなふうに成長して、どんな花を咲かせるのか。
それはまだ、わからない。
今はまだ、わからない。
青葉中学校2年生のスタートは、こうして切られた。
◇ 終わり ◇
❀次エピソードへ続く




