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この空色バス、春先行き。【青春オムニバス・第二章スタート!】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.16 春、芽吹く(5・終)「2年5組の場合」

 中曽根 悠:

(あれ──だいぶ離れたな)


 俺、中曽根悠は、掲示板に貼り出されたクラス分けの紙を見ていた。

 今度の自分のクラスは5組。

 最後のクラスだから、見つけるのに時間がかかってしまった。


 中曽根 悠:

(あいつと違うクラス、初めてだなぁ)


 そう思って1組の欄を見る。「戸田るり」と書かれた文字は、俺の名前からとても遠い。


 中曽根 悠:

「………」


 中曽根 悠:

(ま、仕方ねーか!)


 そう思い直して、ズレていた肩のカバンをかけ直す。

 校舎へ足を向けると、はらはら舞う桜の花びらがキレイで、立ち止まって少しの時間、目を奪われた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 春、芽吹く

(5)「2年5組の場合」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 すでに教室には、ほとんどのクラスメイトがいた。

 真ん中後ろらへんの自分の席に座ると、同じサッカー部の御手洗みたらいが声をかけてきた。


 御手洗:

「よう、中曽根。1年間よろしくな」


 中曽根 悠:

「おう、よろしく!」


 御手洗は、騒がしい連中が多いサッカー部の中でも、落ち着いているしっかりした印象のやつだ。

 背は大谷よりは低いがスラリとしている。柔らかい笑顔を浮かべる御手洗は、2年になってものほほんとして見えた。


 御手洗:

「彼女とは離れちゃったな?」


 そんな御手洗が、めずらしくからかうようなことを言う。

 まぁ、この手のからかいにはもう慣れた。るりとの仲はほぼ学校中に知れ渡っている。


 中曽根 悠:

「別にいいし。クラスが違うくらい」


 御手洗:

「お、余裕だねぇ」


 御手洗は、空いている俺の前の席に腰かけた。


 御手洗:

「でも、お前ら長いよな。半年経った?」


 中曽根 悠:

「んー、だな」


 去年の夏休み前からだから、もう少しで1年になるのか。

 でも、何だかあっという間だった気もする。


 御手洗:

「普通、中学での付き合いなんて、3ヶ月がいいところなのに、すごいな」


 中曽根 悠:

「そうなんだ?」


 普通なんて、よくわからないし関係ない。

 他人や世間のモノサシには振り回されたくないから、俺はあえて平然を装って答えた。

 でも。


 御手洗:

「気をつけろよ? 戸田さん結構、人気あるんだぞ」


 中曽根 悠:

「──はぁ?」


 突然の御手洗の発言に、冷静の仮面がはがれる。


 中曽根 悠:

「何だよそれ? 初耳だぞ」


 御手洗:

「そりゃあ、彼氏の耳に届くところで言わないだろ?」


 御手洗は面白いものでも見つけたかのように、少しだけ顔をニヤつかせる。


 るりが人気あるって?

 そう言われてもピンとこない。

 そりゃあ中学生になってだいぶ、女の子らしくなったけど……。


 でも俺は小さい頃からの幼馴染みで、パンツ丸見えのガキンチョの姿だって知ってるんだ。

 車酔いでゲロったとこも、お化けが苦手なことも、俺にだけは気が強くてお姉さんぶるとこも知っている。


 中曽根 悠:

(何も知らないやつが、るりを好きになるんじゃねーよ)


 見えないライバルに腹が立つ。

 あいつをそういう目で見る存在は、俺だけでいいんだ。

 席を立った。


 御手洗:

「ん、どっか行くのか?」


 中曽根 悠:

「便所」


 もうすぐ予鈴なるぞ、と言葉を続ける御手洗に背を向け手を振った。その背後で御手洗が呟いた声は、俺には届かなかった。


 御手洗:

「トイレと逆方向行ってやがんの」


 御手洗:

「……わかりやすいやつだなぁ」



 ・   ・   ・



 1組と5組は、階も違う。

 俺は一つ階段を下り、すぐに見えた「2ー1」の札を確認して後ろの扉を開けた。


 男子生徒:

「あれ、中曽根じゃん」


 前同じクラスだったやつがすぐそこにいた。俺は顔だけ教室を覗かせて、そいつに声をかけた。


 中曽根 悠:

「るり、いる?」


 男子生徒:

「ああ、いるよ」


 そいつは教室の奥に向かって叫んだ。


 男子生徒:

「戸田! 旦那が呼んでるぞー!」


 げっ、そんな言い方するなよな。


 教室の奥で背を向けて友達としゃべっていたるりが、慌ててこちらを向いた。

 まわりの好奇の視線も、一緒に集まる。

 るりはそんな視線を気にしながらも、こちらに早足で駆けつけてくれた。

 ふわりと、ちょっといい香りがかすかにした。


 戸田 るり:

「な、何?」


 中曽根 悠:

「あ、いや……別に」


 しまった、勢いのままに来ちまったから何も考えてなかった。


 頭をポリポリかく。

 るりは小首をかしげる。周りの視線がこっちに集まってきているような気がして、俺は慌ててるりの手を引っ張った。


 戸田 るり:

「へ!?」


 思いのほか、あっさり体を教室から出したるり。そのまま廊下に連れ出して向き合った。


 戸田 るり:

「どうしたの?」


 中曽根 悠:

「いやだって、話しづらかったし」


 戸田 るり:

「まぁ……たしかに」


 るりとこうして向き合うのは、久しぶりだ。

 会うのは春休みに初デートして以来だった。


 中曽根 悠:

(あんときのこいつ……可愛かったな)


 るりは知らない。

 デートの前日、俺が緊張して眠れなかったことも。

 待ち合わせ場所に早く来すぎたことも。

 バスの中で、窓に映るるりの顔を覗き見してたことも。

 勇気を振り絞って、名前を呼んだのも。

 今こうして、変なヤキモチで顔を見に来たことも。

 俺は、こいつに隠し事ばっかりだ。


 中曽根 悠:

「……今日さ、一緒に帰らないか?」


 頭に浮かんだ呼び出しの口実を口にする。

 るりは、パチパチと目を瞬かせた。


 戸田 るり:

「あ……」


 戸田 るり:

「ごめん、さっき友達と帰る約束しちゃった」


 中曽根 悠:

「! そ……そっか」


 う、ちょっとショック。


 つい黙ってしまった俺を、るりはチラチラと上目で見てくる。

 小さく息を吐いて、何か決心したかのように顔を上げた。


 戸田 るり:

「あの……」


 戸田 るり:

「これから朝の登校、一緒にしない?」


 中曽根 悠:

「え?」


 きょとんとした俺に、るりは床を見つめながら言葉を続ける。


 戸田 るり:

「いつもバラバラで登校してたけど、その……クラスも離れちゃったし」


 戸田 るり:

「あ、でも悠が朝苦手なのは知ってるから、無理ならいいし」


 戸田 るり:

「で、でもこれを機に、早起き身につけてもいいんじゃないかなーなんて」


 くるくる表情を変えながら話するり。


──なんだ、めちゃくちゃ可愛いぞ。


 中曽根 悠:

(こんなの、他のやつに見せたくないなぁ)


 クラスが違うから、見張れやしないけど。

 思いのほか、心配性な自分に秘かにびっくりしている。


 中曽根 悠:

「わかった。明日から頑張ってみる」


 今の女々しい心を隠すように、るりに応えた。


 戸田 るり:

「……うん! ありがとう」


 嬉しそうに笑ったるりはやっぱり可愛くて、それは俺だけのものにしたいな、なんて思った。

 登校しようと誘ってくれたことが嬉しくて、俺もつい笑う。


 その時ふと、1組の教室の中からこちらを見ているひとつの視線と目が合った。


 中曽根 悠:

「!」


 中曽根 悠:

(林だ。あいつもるりと、同じクラスだったのか)


 林和葉。

 彼女は俺と視線が合うと、すぐにそらした。


 小学校も同じだった林に、俺は1年生の時に告白をされた。

 その時は、もうるりが好きだと自覚していた俺は、彼女の告白を断ってしまった。

 しかもその後すぐに、るりと両想いになり付き合っている。


 中曽根 悠:

(だからって、どうしようもないんだけどさ……)


 こんなこと、るりに知らせる必要もないし教えたくもない。

 また増えた彼女への隠し事。

 少しだけもやのかかった気持ちを晴らしたくて、俺は目の前のるりの笑顔を目に焼き付けた。




 ・   ・   ・



 春に顔を出した、幼い芽たち。

 それが今後どんなふうに成長して、どんな花を咲かせるのか。


 それはまだ、わからない。

 今はまだ、わからない。


 青葉中学校2年生のスタートは、こうして切られた。




 ◇ 終わり ◇

❀次エピソードへ続く

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