番外編その6 あなたと 〈篠田かなえ〉就任1年目
男の人は怖い。
どんなに優しい表情をしていたって、その仮面の下では何を考えているのかなんてわからない。
その手は、さっきまで誰に触れてたの?
その言葉は、あの人にも言っていたの?
わからない。
でもたったひとつ、わかることがある。
男の人なんて──信ずるに値しない存在だ。
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番外編その6 あなたと
〈篠田かなえ〉就任1年目
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野原先生:
「あっれー、篠田先生、全然飲んでないじゃないですかぁ」
篠田 かなえ:
「……はい」
寄りかかってきそうなほど近くなる英語教師に、私は眉間が寄らないように気をつけた。
私、篠田かなえは、この春に青葉中学へと就任した。
4月早々に開かれた、新任教員の歓迎会。
青葉中学から数駅離れた大きな居酒屋で、それは行われた。
大きな声で笑い真っ赤に酔っぱらう人たちが、まさか教員だと店員も思わないだろう。
野原先生:
「カシスソーダとか、可愛いの飲んでるねー!」
英語教師の野原先生は、年齢も近い女性教師だ。
だから私と仲良くしようと近づいてくれているのだろうけれど、今の私にとってはそれが負担だった。
篠田 かなえ:
(教師陣とは、距離を置きたいのよね……)
篠田 かなえ:
(とくに、英語教師なんて……)
どうしてもあの顔がちらつく。
野原先生に罪はないのだが、どうしても英語教師という括りが、私に嫌な記憶を呼び起こさせていた。
二股をかけていた、前の職場の元彼。
英語教師でスマートだった彼。
私をフって、向こうと結婚した。
どちらも同じ職場の教師。最悪だった。
篠田 かなえ:
(もう、関わりたくない)
他の教師とは、距離を空けさせてもらう。
そういうスタンスで、私は新たな学校に就任した。
ああ、早く歓迎会、終わらないかな。
そう考えている私の邪魔をするかのように、また酒臭い教師が1人、近づいてきた。
教頭の、眞鍋先生だ。
眞鍋教頭先生:
「お、ここは華やかだね~」
野原先生:
「あ、眞鍋先生! 真っ赤じゃないですかぁ」
少し先輩の野原先生は慣れたもので、タコのように真っ赤な教頭先生を見て、明るく笑った。
私はつい目をパチパチさせて、アルコールまわりすぎてないかしら、なんて体の心配をしてしまう。養護教諭の性だ。
眞鍋教頭先生:
「やあやあ篠田先生、今年度から、よろしくお願いしますよぉ」
間延びした教頭先生は、私のもうひとつのグラスにビールを注ぐ。
形だけの1口を飲み、私も「よろしくお願いします」と頭を下げる。
一通り当たり障りのない会話をして、赤ら顔の教頭先生は突然言った。
眞鍋教頭先生:
「篠田先生は、いい人はいないの?」
篠田 かなえ:
「!」
嫌な質問だ。
私はわざと微笑んで返した。
篠田 かなえ:
「ええ、残念ながら」
野原先生:
「え、意外! 篠田先生、美人なのにっ」
野原先生もその話に食いついたので、まいってしまう。
やだなぁ、この話題はあまりされたくない……。
眞鍋教頭先生:
「なら、うちの若いもんはどうです? 結構いい年の男、うち多いよ!」
眞鍋教頭先生:
「数学の犬井先生に、体育の坂本先生でしょ、あと理科の宮沢先生……はバツイチか」
篠田 かなえ:
「は、はぁ……」
そんなの、どうでもいいんだけれど。
少し困っていたら、教頭先生の後ろにいた男性が振り返った。
大きな背中越しに、お酒で赤くなった顔が見える。
坂本 平八:
「ん、教頭、呼びました?」
眞鍋教頭先生:
「あ、坂本先生! 呼んではないけどちょうどいい!」
ガハハ、と教頭先生は笑いながら彼の腕を引っ張った。
この人は、ええと……さっき言ってた、体育の坂本先生か。
体格のいい彼は、いかにもスポーツ青年といった風貌だ。
教頭先生の隣で、小さくできない体で申し訳ない、と言っていそうな表情で正座していた。
眞鍋教頭先生:
「坂本先生、おすすめだよ! 真面目だし単純バカだし筋肉バカだし」
坂本 平八:
「教頭、それほめてないですよ」
坂本先生は、体に似つかわしくない情けない表情で嘆いた。
少しだけ、私もそれにクスリと笑ってしまう。
野原先生:
「えー、でも坂本先生に篠田先生はもったいないですよ! 美女と野獣です!」
坂本 平八:
「野原先生まで、あんまりだ!」
勝手に話題に出されたうえ、勝手に侮辱された坂本先生がちょっと気の毒。
彼は、もしかしていじられ役なのかしら。
篠田 かなえ:
「……あ、あの。気になさらないで下さいね」
気にかけて、そう言ったのだけれど。
坂本 平八:
「ははは、大丈夫です」
坂本 平八:
「でも篠田先生は、ちょっと気にしてもいいですよ」
篠田 かなえ:
「……え?」
どういう意味かしら──と考える前に、坂本先生はそそくさとまた席を離れてしまった。
そして、その手に持っていた飲み物グラスを見て目を丸める。
お酒で真っ赤になっていたと思っていた坂本先生。
でもその手にしていたのは、ソフトドリンクのウーロン茶だった。
篠田 かなえ:
(そういえば、車で来てたんだわ)
それなのに赤ら顔。
酒の場の席に酔いやすいのかしら、と私は思った。
・ ・ ・
坂本 平八:
「じつは、ほぼ一目惚れだったんだけど」
隣で平八さんはそう言った。
私はその言葉に小さく驚く。
坂本 平八:
「かなちゃん、なかなか寄せつけてくれなかったから」
篠田 かなえ:
「あの頃は、失礼しました」
小さく笑うと、彼も笑った。
坂本 平八:
「君が俺を意識してくれるよりもっと前から、俺は意識してたんだよ」
そう言って彼は、テーブルの下、手を差し出してくれる。
私も差し出した右手。
それを握ってくれる彼の左手の薬指で、さっきはめたばかりの指輪が光った。
横に並び、2人で前を見て座っている。
その眼前には、円卓に並ぶ職場の人々や友人が、明るい笑顔を向けてくれていた。
今日、この日を盛り上げてくれる式場の司会者が、マイクを通して来賓挨拶を進める。
司会者:
「新郎側のご来賓を代表していただきまして、新郎のご勤務先、市立青葉中学校校長、眞鍋邦一様にお願いいたします」
司会者:
「どうぞ、前にお進みくださいませ!」
その言葉に従って、眞鍋校長先生が前に出る。
お酒はまだ飲んでないはずだけれど、緊張であの日のように、タコみたいに真っ赤になっていた。
今年度から校長となった彼は、まだ慣れない立場で頑張るように、祝辞を述べてくれる。
その中で、あの日の私と彼のエピソードも……。
眞鍋校長先生:
「あの時、かなえさんに坂本くんを推薦したのは私でありますゆえ、彼には大きな恩を売らせていただきました!」
茶目っ気を入れた言葉に、会場からドッと小さな笑いが起きる。
野原先生:
「きゃー、さすが校長先生!」
犬井先生:
「どうして俺を推薦してくれなかったんですかー!」
招待させていただいた、懐かしい青葉中学の先生たちが、はやすように声をあげる。
ふふ、相変わらずこの中学の先生は、ノリがいい。
私の新たな赴任先の中学の先生たちも、つられるように笑っていた。
坂本 平八:
「眞鍋先生、もしかしてちょっと飲んだかな?」
篠田 かなえ:
「かもしれないわね」
くすくす笑って、私たちは顔を見合わせた。
今日この日を、あなたと迎えられて本当によかった。
男の人なんて信じられないと思っていた数年前が、嘘のよう。
あなたとなら、心から信じて歩いてゆける。
あなたとなら、どんな苦難だって乗り越えていける。
歩きましょう。
この先もずっと。
だから。
この手をずっと、離さないでね。
◇ 終わり ◇




