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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
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Ep.37 春のさくら(1)「3年1組の朝」

 4月。

 中学校生活、最後の年を迎えた。


 と言っても、中学3年生となったところで何も変わりはしない。

 いつもどおりつまらない学校へ行き、いつもどおり居眠りして、いつもどおり教師に小言を言われる。


 俺、堂本信広の中学3年の学校生活なんて、そんなもんになっていくのだろう。


 ……が、しかし。


 堂本 信広:

「……何、見てんだよ」


 姫泣川河川敷の橋の下、俺はつぶやく。


 堂本 信広:

「……見てんじゃねーよ!」


 ギラリと睨んでやったが、そいつは態度を変えずにこちらを見やる。


 そいつは、段ボール箱の中にいた。

 薄汚れた白いフサフサの毛を体中にまとい、青く潤んだ瞳で、こちらを見ている。

 ちょこんと前足を段ボール箱に引っかけていても、身を乗り出せないくらいに小さい。


 猫:

「ミー、ミー」


 堂本 信広:

「……!」


 ぐっと息を飲んで、立ち去ろうとした足を止めてしまう。


 ああ、ちくしょう。

 天気がいいからって、こんなところでサボろうなんて考えなきゃよかった。

 素直に学校へ、行っていればよかった。

 橋の下で捨て猫を見つけてしまうという、ベタな出来事に遭遇し、朝からげんなりとしてしまった。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 春のさくら

(1)「3年1組の朝」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 登校すると、まだ慣れない3年1組の教室に入り、席につく。

 でっかいため息を吐き出した。

 そんな俺に、後ろの席から声がかかる。


 中曽根 悠:

「あれ、堂本って猫飼ってる?」


 堂本 信広:

「!?」


 1年生の時も同じクラスだった、中曽根悠だ。

 サッカー部のエースで爽やか野郎のそいつは、女からはモテるが、男の一部からは評判が悪いやつだった。

 どうにもかっこつけの部分が鼻につくのは、まぁ、モテない男の僻みでもあるのだろうけれど。


 親の離婚で苗字が変わってしまったため、出席番号が近くなったこいつは、1番後ろの席のせいか、よく前の俺に声をかけてくる。


 堂本 信広:

「飼ってねーよ」


 ふん、と冷静に振り返らずに俺は答える。

 しかし、中曽根は俺の肩に手を伸ばし、何かを指でつまんだ。


 中曽根 悠:

「でもこれ、猫の毛じゃねえの?」


 中曽根の指に挟まれた、細く白い数本の毛。

 それを見て、しまったと思う。

 あの猫野郎が、俺の体をアスレチック代わりに遊びやがったからだ。

 あの後、様子を見るため手を差し伸べたときに、ミャーミャーうるさくよじ登ってきた小さい猫のことを思い出す。


 中曽根 悠:

「俺、猫飼ってるから、わかるんだよ」


 堂本 信広:

「!」


 人懐っこく笑った中曽根の言葉に、反応する。


 堂本 信広:

「お前、猫飼ってんのか……」


 なら、と俺は言葉を続ける。


 堂本 信広:

「もう1匹、飼えるか?」


 つい、そう聞いていた。


 中曽根 悠:

「なに、捨て猫でも拾ったのか?」


 堂本 信広:

「……そんなとこ」


 中曽根に相談するのは気が引けるが、この際、仕方ない。

 やつは真面目な顔つきになり「うーん」と悩んだ。


 中曽根 悠:

「2匹目は、さすがになぁ……今いるのも年寄りで、世話が大変だし」


 堂本 信広:

「そうか」


 まぁ、そう簡単に引き取り手が見つかるわけはないか。というか、俺がそこまで気を回す義理も責任もねーし。

 案外、放っておけば、立派な野良になるのかもしれない。


 中曽根 悠:

「どんな猫なんだ?」


 堂本 信広:

「……白くて小さいな」


 中曽根 悠:

「てことは、子猫か。それだと、カラスとか他の猫に襲われるかもしれないな」


 俺の予想に反して、中曽根は難しい顔を作る。

 たしかにあんなちっこい体、カラスに突かれれば、あっという間に致命傷だろう。少しドキリとした。


 その時だった。


 羽鳥 梢:

「ちょっと堂本くん! またプリント出してないでしょー!」


 堂本 信広:

「あ?」


 教室の前方からずかずかと寄ってきたのは、またしても同じクラスになった、羽鳥梢だった。


 まさか、3年間こいつと同じクラスになるとは。しかもこいつはまた、学級委員なんてものを引き受けている。


 羽鳥 梢:

「昨日締切だった、修学旅行のアンケート! ちゃんと修学旅行委員の子に、渡しておいてね」


 そう言って、俺の机の横にビシッと立つ。

 腰に手を当て背筋をきちんと伸ばすこいつは、相変わらず雑用に追われている。


 堂本 信広:

「あー、あとで出すし」


 羽鳥 梢:

「絶対だからね」


 羽鳥はそう言うと、ある女子の元へ行き話をした。


「伝えておいたからね」「ありがとう梢ちゃん」なんて、言い合っている。

 何だよ、あの女子が修学旅行委員かよ。

 わざわざ羽鳥経由で聞くなんて、うざいやつだな。

 その女子を睨むと、そいつはビビって遠くへ行った。


 モテる中曽根に対して、不真面目で目つきも悪い俺の、女子からの評価は低い。

 背もこの春にやたら伸びてでかくなり、怖い対象でもあるんだろう。

 去年は金髪にしてた時期もあったせいか、不良というカテゴリーに入れられた。

 くだらない、と思う。


 しかし羽鳥は、そんな俺に他のやつらと変わりなく接してくる変わった──バカなやつだった。

 そのバカに対して、中曽根が声をかける。


 中曽根 悠:

「なぁ、羽鳥んとこって、猫飼えない?」


 羽鳥 梢:

「猫?」


 羽鳥は、きょとんと中曽根を見た。

 おいっ中曽根! こいつにその話を振るなよっ。


 しかしやつは、俺の視線には気づかずにバラしてしまう。


 中曽根 悠:

「堂本、猫を拾ったんだって。まだ子猫なんだけど、引き取り手いないかなって」


 羽鳥 梢:

「堂本くんが?」


 羽鳥は次に、俺を見た。

 おい、今のだとまるで、俺が好き好んで猫の飼い主を探してるみたいじゃねーか。


 しかし何と口を挟めばいいのかわからぬまま、羽鳥の視線にさらされて、小さく眉を寄せた。


──何だか嫌な予感がする。


 羽鳥 梢:

「あ、それならさ」


 にこっと羽鳥は笑った。


 羽鳥 梢:

「私が、みんなに聞いてみるよ!」


 堂本 信広:

「!」


 そう言って振り返り。


 羽鳥 梢:

「ねぇみんな、堂も……」


 大きな声を出そうとした羽鳥の口元を、慌てて背後から手で抑えた。


 堂本 信広:

「おい待て、こら!」


 羽鳥 梢:

「ふがっ」


 羽鳥の開けた口は、俺の両手で塞がる。

 彼女はそんな俺の腕を払いのけて、不満そうにこちらを見上げた。


 羽鳥 梢:

「何よ!」


 堂本 信広:

「目立つことすんな! あと、俺の名前を出すなよ」


 猫を拾って飼い主探してますーなんて、俺のキャラではない。

 しかし、羽鳥は「何言ってんの」とこちらをビシッと指さす。


 羽鳥 梢:

「こういうのは、多くの人に聞いた方がいいんだから! 子猫ちゃんを助けたいんでしょ」


 堂本 信広:

「別に、んなこと思ってねーよ」


 羽鳥 梢:

「またまた、照れない照れない」


 堂本 信広:

「人の話を聞け!」


 怒鳴ったのに、羽鳥は笑ったまま教室内に溶けていく。

 それぞれ散らばるグループやクラスメイトたちに、声をかけ始めた。

 やはり俺の名前を出しているんだろう。

 話しかけられたクラスメイトたちが、静かに驚きつつも、こちらに視線を向ける。


 堂本 信広:

「あ……あいつ」


 小さく拳を震わせる俺の横で、中曽根がケラケラと笑った。


 中曽根 悠:

「羽鳥は、昔っから責任感強いからなー。こういうこと、放っておけないんだろ」


 堂本 信広:

「……昔から?」


 中曽根 悠:

「ん、幼馴染みなんだよ」


 堂本 信広:

「ああ、第2の彼女だっけ」


 中曽根 悠:

「バッ……! それはあらぬ噂だ!」


 そんな会話をしていたら、もう全員に聞いたのか、羽鳥がまた寄ってきた。


 羽鳥 梢:

「ダメだ~、このクラスは全滅だよ」


 堂本 信広:

「お前の行動力には、頭が下がるな……」


 嫌味で言ったのに、羽鳥は嬉しそうに笑いやがる。

 しかもその言葉が引き金になってしまったのか、羽鳥は「よしっ」と急に気合いを入れた。


 羽鳥 梢:

「堂本くん、私も最後まで付き合うよ!」


 堂本 信広:

「……は?」


 何のことだ? と、嫌な予感が再来する。そしてそれは、正解だった。


 羽鳥 梢:

「猫の引き取り手探し! 私も協力するから、一緒に頑張ろう!」


 堂本 信広:

「──はぁ!?」


 何でそうなるんだ!

 この生真面目大バカ野郎!


 そんな俺たちの横では中曽根が、のん気に「おー、頑張れ~」なんて言ってやがる。


 3年生になったばかりの、春の教室。

 俺は、人の話を聞かない幼馴染みコンビにうなだれ、またため息を吐き出した。




 ◇ 続く ◇

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