Ep.37 春のさくら(1)「3年1組の朝」
4月。
中学校生活、最後の年を迎えた。
と言っても、中学3年生となったところで何も変わりはしない。
いつもどおりつまらない学校へ行き、いつもどおり居眠りして、いつもどおり教師に小言を言われる。
俺、堂本信広の中学3年の学校生活なんて、そんなもんになっていくのだろう。
……が、しかし。
堂本 信広:
「……何、見てんだよ」
姫泣川河川敷の橋の下、俺はつぶやく。
堂本 信広:
「……見てんじゃねーよ!」
ギラリと睨んでやったが、そいつは態度を変えずにこちらを見やる。
そいつは、段ボール箱の中にいた。
薄汚れた白いフサフサの毛を体中にまとい、青く潤んだ瞳で、こちらを見ている。
ちょこんと前足を段ボール箱に引っかけていても、身を乗り出せないくらいに小さい。
猫:
「ミー、ミー」
堂本 信広:
「……!」
ぐっと息を飲んで、立ち去ろうとした足を止めてしまう。
ああ、ちくしょう。
天気がいいからって、こんなところでサボろうなんて考えなきゃよかった。
素直に学校へ、行っていればよかった。
橋の下で捨て猫を見つけてしまうという、ベタな出来事に遭遇し、朝からげんなりとしてしまった。
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春のさくら
(1)「3年1組の朝」
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登校すると、まだ慣れない3年1組の教室に入り、席につく。
でっかいため息を吐き出した。
そんな俺に、後ろの席から声がかかる。
中曽根 悠:
「あれ、堂本って猫飼ってる?」
堂本 信広:
「!?」
1年生の時も同じクラスだった、中曽根悠だ。
サッカー部のエースで爽やか野郎のそいつは、女からはモテるが、男の一部からは評判が悪いやつだった。
どうにもかっこつけの部分が鼻につくのは、まぁ、モテない男の僻みでもあるのだろうけれど。
親の離婚で苗字が変わってしまったため、出席番号が近くなったこいつは、1番後ろの席のせいか、よく前の俺に声をかけてくる。
堂本 信広:
「飼ってねーよ」
ふん、と冷静に振り返らずに俺は答える。
しかし、中曽根は俺の肩に手を伸ばし、何かを指でつまんだ。
中曽根 悠:
「でもこれ、猫の毛じゃねえの?」
中曽根の指に挟まれた、細く白い数本の毛。
それを見て、しまったと思う。
あの猫野郎が、俺の体をアスレチック代わりに遊びやがったからだ。
あの後、様子を見るため手を差し伸べたときに、ミャーミャーうるさくよじ登ってきた小さい猫のことを思い出す。
中曽根 悠:
「俺、猫飼ってるから、わかるんだよ」
堂本 信広:
「!」
人懐っこく笑った中曽根の言葉に、反応する。
堂本 信広:
「お前、猫飼ってんのか……」
なら、と俺は言葉を続ける。
堂本 信広:
「もう1匹、飼えるか?」
つい、そう聞いていた。
中曽根 悠:
「なに、捨て猫でも拾ったのか?」
堂本 信広:
「……そんなとこ」
中曽根に相談するのは気が引けるが、この際、仕方ない。
やつは真面目な顔つきになり「うーん」と悩んだ。
中曽根 悠:
「2匹目は、さすがになぁ……今いるのも年寄りで、世話が大変だし」
堂本 信広:
「そうか」
まぁ、そう簡単に引き取り手が見つかるわけはないか。というか、俺がそこまで気を回す義理も責任もねーし。
案外、放っておけば、立派な野良になるのかもしれない。
中曽根 悠:
「どんな猫なんだ?」
堂本 信広:
「……白くて小さいな」
中曽根 悠:
「てことは、子猫か。それだと、カラスとか他の猫に襲われるかもしれないな」
俺の予想に反して、中曽根は難しい顔を作る。
たしかにあんなちっこい体、カラスに突かれれば、あっという間に致命傷だろう。少しドキリとした。
その時だった。
羽鳥 梢:
「ちょっと堂本くん! またプリント出してないでしょー!」
堂本 信広:
「あ?」
教室の前方からずかずかと寄ってきたのは、またしても同じクラスになった、羽鳥梢だった。
まさか、3年間こいつと同じクラスになるとは。しかもこいつはまた、学級委員なんてものを引き受けている。
羽鳥 梢:
「昨日締切だった、修学旅行のアンケート! ちゃんと修学旅行委員の子に、渡しておいてね」
そう言って、俺の机の横にビシッと立つ。
腰に手を当て背筋をきちんと伸ばすこいつは、相変わらず雑用に追われている。
堂本 信広:
「あー、あとで出すし」
羽鳥 梢:
「絶対だからね」
羽鳥はそう言うと、ある女子の元へ行き話をした。
「伝えておいたからね」「ありがとう梢ちゃん」なんて、言い合っている。
何だよ、あの女子が修学旅行委員かよ。
わざわざ羽鳥経由で聞くなんて、うざいやつだな。
その女子を睨むと、そいつはビビって遠くへ行った。
モテる中曽根に対して、不真面目で目つきも悪い俺の、女子からの評価は低い。
背もこの春にやたら伸びてでかくなり、怖い対象でもあるんだろう。
去年は金髪にしてた時期もあったせいか、不良というカテゴリーに入れられた。
くだらない、と思う。
しかし羽鳥は、そんな俺に他のやつらと変わりなく接してくる変わった──バカなやつだった。
そのバカに対して、中曽根が声をかける。
中曽根 悠:
「なぁ、羽鳥んとこって、猫飼えない?」
羽鳥 梢:
「猫?」
羽鳥は、きょとんと中曽根を見た。
おいっ中曽根! こいつにその話を振るなよっ。
しかしやつは、俺の視線には気づかずにバラしてしまう。
中曽根 悠:
「堂本、猫を拾ったんだって。まだ子猫なんだけど、引き取り手いないかなって」
羽鳥 梢:
「堂本くんが?」
羽鳥は次に、俺を見た。
おい、今のだとまるで、俺が好き好んで猫の飼い主を探してるみたいじゃねーか。
しかし何と口を挟めばいいのかわからぬまま、羽鳥の視線にさらされて、小さく眉を寄せた。
──何だか嫌な予感がする。
羽鳥 梢:
「あ、それならさ」
にこっと羽鳥は笑った。
羽鳥 梢:
「私が、みんなに聞いてみるよ!」
堂本 信広:
「!」
そう言って振り返り。
羽鳥 梢:
「ねぇみんな、堂も……」
大きな声を出そうとした羽鳥の口元を、慌てて背後から手で抑えた。
堂本 信広:
「おい待て、こら!」
羽鳥 梢:
「ふがっ」
羽鳥の開けた口は、俺の両手で塞がる。
彼女はそんな俺の腕を払いのけて、不満そうにこちらを見上げた。
羽鳥 梢:
「何よ!」
堂本 信広:
「目立つことすんな! あと、俺の名前を出すなよ」
猫を拾って飼い主探してますーなんて、俺のキャラではない。
しかし、羽鳥は「何言ってんの」とこちらをビシッと指さす。
羽鳥 梢:
「こういうのは、多くの人に聞いた方がいいんだから! 子猫ちゃんを助けたいんでしょ」
堂本 信広:
「別に、んなこと思ってねーよ」
羽鳥 梢:
「またまた、照れない照れない」
堂本 信広:
「人の話を聞け!」
怒鳴ったのに、羽鳥は笑ったまま教室内に溶けていく。
それぞれ散らばるグループやクラスメイトたちに、声をかけ始めた。
やはり俺の名前を出しているんだろう。
話しかけられたクラスメイトたちが、静かに驚きつつも、こちらに視線を向ける。
堂本 信広:
「あ……あいつ」
小さく拳を震わせる俺の横で、中曽根がケラケラと笑った。
中曽根 悠:
「羽鳥は、昔っから責任感強いからなー。こういうこと、放っておけないんだろ」
堂本 信広:
「……昔から?」
中曽根 悠:
「ん、幼馴染みなんだよ」
堂本 信広:
「ああ、第2の彼女だっけ」
中曽根 悠:
「バッ……! それはあらぬ噂だ!」
そんな会話をしていたら、もう全員に聞いたのか、羽鳥がまた寄ってきた。
羽鳥 梢:
「ダメだ~、このクラスは全滅だよ」
堂本 信広:
「お前の行動力には、頭が下がるな……」
嫌味で言ったのに、羽鳥は嬉しそうに笑いやがる。
しかもその言葉が引き金になってしまったのか、羽鳥は「よしっ」と急に気合いを入れた。
羽鳥 梢:
「堂本くん、私も最後まで付き合うよ!」
堂本 信広:
「……は?」
何のことだ? と、嫌な予感が再来する。そしてそれは、正解だった。
羽鳥 梢:
「猫の引き取り手探し! 私も協力するから、一緒に頑張ろう!」
堂本 信広:
「──はぁ!?」
何でそうなるんだ!
この生真面目大バカ野郎!
そんな俺たちの横では中曽根が、のん気に「おー、頑張れ~」なんて言ってやがる。
3年生になったばかりの、春の教室。
俺は、人の話を聞かない幼馴染みコンビにうなだれ、またため息を吐き出した。
◇ 続く ◇




