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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.1 片恋消しゴム(1)「おまじない」

 消しゴムのおまじないって、知ってる?

 好きな人の名前を直接消しゴムに書いて、ケースに戻す。

 そして、その名前を誰にも見つからずに使い切ることができたら、両思いになれるっていうの。


 けっこういろんなパターンがあって、イニシャルで書くとか、色ペンを使わなきゃいけないとか。

 私たちの小学校で流行ったのは、ピンクのペンで片思い相手のフルネームを書いて、誰にも名前を見られずに自分だけで使い切ったら成功ってやつだった。


 え、何でそんな話をしているかって?

 そりゃあ……もちろん。


 私がそのおまじないをまさしく実行中だから。

 もう中学生になったけど、ね。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 片恋消しゴム

(1)「おまじない」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 望月 美羽:

「あーん、もう暑いよー!」


 私の席の前に立つ友達の美羽《みう》が大声で叫んだ。


 望月 美羽:

「早く衣替えしたーい!」


 羽鳥 梢:

「もう来週でしょ、我慢しなさい」


 下敷きをうちわ代わりにして扇ぐ美羽を、その横に立つ梢《こずえ》ちゃんがたしなめる。


 望月 美羽:

「もー、何だって5月でこんなに暑いかな!? 地球温暖化はんたーい!」


 羽鳥 梢:

「美羽一人が反対してもねぇ」


 梢ちゃんはやれやれ、と肩をすくめて私に笑いかけた。

 私もそれを受けて小さく笑う。


 望月 美羽:

「もー、梢ちゃんってば中学になっても超クール! 私もクールになりたーい! ね、るりっち! 」


 戸田 るり:

「え、クール!?」


 突然話をふられて思わず慌てる。

 クール……かぁ。


 戸田 るり:

「うーん。 私は別に今のままでいいけど 」


 きょとんとして首をひねる私に、美羽がビシッと人差し指を突きつけてくる。


 望月 美羽:

「あ・まーい! うちらもう中学生よ? ガキンチョ小学生じゃないのよ!? そろそろ大人っぽいガールにならなくっちゃ! 」


 戸田 るり:

「が、ガール……」


 たじろぐ私に美羽は、髪型がどーだとか肌のお手入れがどーだとか制服の着こなしがどーだとか、マシンガンのように力説し始めた。

 こうなった美羽はもう、止められない。


 羽鳥 梢:

「あーあ。 始まっちゃったよ、美羽漫談 」


 美羽の昔からのテンション高いご高説を前に、梢ちゃんは諦めたように腕を組んだ。

 私戸田(とだ)るりと、羽鳥《はとり》梢ちゃんと、望月《もちづき》美羽は小学校からの仲良し3人組だ。

 中学では美羽だけ別のクラスになってしまったけれど、始業前と休み時間はこうして集まっておしゃべりをするのが、入学以降の恒例となっていた。

 決まって私の机の前に集まるのは、明るい窓際だからだろう。

 2階にあるこの教室から見えるグラウンドでは、始業前に間に合うよう登校してきている生徒たちがたくさんいた。

 その中で、私はすぐに見つけられる人物がいる。


 戸田 るり:

(あ……中曽根)


 ちょうど門とグラウンドの中央らへん。

 友達と歩いている彼は、まだ体に合っていないダボっとした学ラン姿で友達と笑っていた。


 中曽根悠《なかぞね ゆう》。

 私と同じ1年2組。

 というか、小学校時代もずっと同じクラスだった腐れ縁。

 サッカー部で、元気で、私よりもちょっとだけ背が高い。

 そして私の。

 片思いの相手。


 望月 美羽:

「るりっち、また中曽根ウォッチング!?」


 戸田 るり:

「!!」


 美羽の耳打ちに、私はハッとして窓から視線を外した。


 戸田 るり:

「ち、違っ」


 望月 美羽:

「いーのいーの、 友情よりも愛情でも 」


 羽鳥 梢:

「こら美羽、からかわないの」


 戸田 るり:

「ううぅ……」


 顔から湯気が出るくらい、恥ずかしい。

 私が中曽根を好きだってことを知っているのは、梢ちゃんと美羽だけだ。

 美羽は好きな人がころころ変わるし、梢ちゃんは恋愛に興味がないみたいだから、どうしても恋愛話では私の片思いがメインになってしまう。

 まぁ主に美羽が私をからかいそれを梢ちゃんがたしなめる、という図になるのだが。


 望月 美羽:

「もー、早く告っちゃえばいいのに」


 戸田 るり:

「いやだよ。 また同じクラスなんだから、ギクシャクしたくないもん 」


 望月 美羽:

「でもでも! 憧れの制服デートとかできちゃうかもだよ!? 」


 羽鳥 梢:

「美羽がすればいいじゃん」


 望月 美羽:

「そうなのよ! そのためには早く王子様見つけないと! 」


 梢ちゃんナイスアシスト!

 自分のチェックした男の子の話をしだした美羽はもう、私の片思いには興味がなくなったようである。

 ああ、でもこんなんじゃ言えないな。

 まさか消しゴムおまじない実行中だなんて。

 美羽だったら絶対「そんな子どもじゃないんだから!」って言われちゃう。

 中学生になった途端に大人になるわけじゃないのに、最近の美羽はやたら大人ぶりたいようだ。


 でもまぁ、そんな気持ちもわかる。

 中学生になるって、大人への階段を大きく上がった気になるもん。

 まだ慣れない制服や、大人っぽい先輩たち。

 教科ごとに先生が変わる授業も新鮮。

 まるで違う世界に飛び込んだみたいだ。


 戸田 るり:

(でも)


 戸田 るり:

(おまじないくらいなら、いいよ……ね?)


 自分の机に置かれたペンケースをちらりと見る。

 その中に入れられた、中学から使い始めた消しゴム。

 そこにはピンクのペンで書かれた彼の名前が、紙ケースに隠されているのだった。



 ・   ・   ・



 ホームルームも終わり、1限目が始まる頃。

 私の横に座る彼が首を傾げた。


 中曽根 悠:

「あれ?」


 中曽根は私の席の横である。

 絶賛片思い中である私はすぐに彼の行動を把握することができる。

 というか、小学校でも同じクラスの腐れ縁。

 どうして彼が首を傾げているかなんて、ピンとくる。


 戸田 るり:

「もしかして何か忘れ物?」


 中曽根 悠:

「お、戸田よくわかったな」


 戸田 るり:

「わかるわよ。 この忘れ物大臣 」


 中曽根 悠:

「はっはっは。 何なら総理と呼びたまえ 」


 戸田 るり:

「バーカ」


 お調子者の中曽根とのこんなやりとりは昔から。

 でもこんな馬鹿なやり取りが、私は大好きだった。

 クシャって笑う中曽根の顔が好き。

 おどけて笑うその仕草も。

 最近大人びた喉元も。

 まだ長い袖から出している手も。

 じつは全部、好きなんだよ。

 なんて……言えるはずもないんだけどね。


 戸田 るり:

「で、何忘れたの」


 中曽根 悠:

「消しゴム」


 戸田 るり:

「……消しゴム!?」


 中曽根 悠:

「うん。戸田ちょっと貸して」


 戸田 るり:

「貸して!?」


 それは、ま、まずい!


 中曽根 悠:

「何をそんなに驚いてんだよ」


 戸田 るり:

「い、いや……その」


 中曽根 悠:

「それ、貸してよ」


 戸田 るり:

「!」


 何で、よりによって私の消しゴムは今ペンケースからはみ出ているのか。

 自分を責めたい気持ちが押し寄せてくるが、そんなのは今は後回しだ!


 ど、どうすればいい!?


 戸田 るり:

(これで貸さないのって、おかしいよね!?)


 戸田 るり:

(でも貸したら、おまじないの効果が……?)


 戸田 るり:

(いやこの場合、片思い相手本人なら逆に効果増?)


 戸田 るり:

(ってバカバカ! 貸すのはやっぱり、リスク高くない!?)


 中曽根 悠:

「なーに一人百面相してんだよ。 借りるぞ 」


 戸田 るり:

「あ!」


 私がぐるぐると考えている間に、中曽根は無遠慮にも禁断の消しゴムに手を伸ばしかっさらってしまっていた。


 な・中曽根〜〜〜!


 私の心には今、嵐が吹き荒れている。

 だって彼が今持っている消しゴムには、彼本人の名前が書かれているのだ。

 彼の消しゴムじゃないのに、だ。


 戸田 るり:

(ああ、神様……!)



 ◇ 続く ◇


10年前に完結した作品、全270話(+後書き3つ)のものを閉鎖されたサイトから転載します。(エブリスタでも転載中)思い入れある作品です。どうぞよろしくお願いいたします!

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