第70話 天然痘と知恵――令嬢の知略
王都の空は灰色に覆われていた。全国各地で天然痘の流行が報告され、領地や都市の間に緊張が走る。情報網を通じてマリアンヌはすぐに状況を把握した。
「天然痘……前世での知識が活かせる時ね」
マリアンヌは領地の研究所に急ぎ、医療スタッフや商会の職人たちに指示を出す。これまでに開発してきた薬や衛生管理の知識を活かし、本物の予防策を即座に展開するのだ。
「まず、予防接種やワクチンの技術を応用した免疫強化薬を用意。次に、感染拡大防止のための消毒や衛生管理の指導を各村に送ります」
領民はマリアンヌの指示に従い、衛生管理と薬の準備に動く。村々には簡易的な診察所が設置され、薬の配布や健康相談が始まった。副産物として、領民たちの健康意識も飛躍的に向上し、忠誠心や信頼も同時に確保される。
一方、隣国でキャサリンが薬屋を営む町や貴族層でも、天然痘の情報は伝わっていた。キャサリンは香水や妙薬で社交的な影響力を持つものの、医学的な正確性には限界があった。漢方薬や体調管理の薬はあるものの、本物の感染症対策には至らず、効果は限定的であった。
「これは……やはり差が出るわね」
マリアンヌは冷静に分析する。領地の医療体制や薬の正確性、衛生管理指導の網羅性が、キャサリンの薬屋の影響力を圧倒することは明白だった。全国各地に展開されるマリアンヌの施策は、感染症流行の中で成果が数字として現れるため、信頼と実績が目に見える形で積み重なっていく。
「衛生管理の指導は、各村で口伝えでも広めるの。知識が伝播すれば、自然と感染拡大は抑えられるわ」
マリアンヌは商会の物流や通信網を駆使して、薬や衛生管理マニュアルを隅々まで届けさせる。アルト、ビンセント、ゲオルグ、ニコル――忠誠心で動く側近たちは、薬の配布、診察所の運営、住民への指導を隈なくサポートした。
「これで、隣国の薬屋や聖女令嬢がどれだけ人気でも、効果の差は歴然とする」
全国各地でマリアンヌの薬と衛生指導が功を奏し、感染拡大のスピードは確実に抑えられた。住民たちは感謝の言葉をマリアンヌに送り、商会や領地の信頼はさらに向上する。マリアンヌは薬屋の薬効データや診察所の記録をもとに、報告書をまとめ、王都や各地の有力者に提供することで、科学的根拠と実績をもとに信頼を確立する。
一方でキャサリンの隣国での活動は、香水と妙薬で魅了する戦略こそ巧みだが、感染症対策の実績が伴わないため、町や周辺貴族たちの信頼は揺らぎ始める。聖女の称号や香水の人気があっても、命や健康に直結する問題には限界があるのだ。
「王都や乙女ゲームの世界で影響力を誇示することはできても、実際の効力には限界がある……」
マリアンヌは研究所の窓から遠くの村々を見つめ、深く頷く。薬や医療サービスを通じた正確な影響力の重要性が、今まさに証明されようとしていた。忠誠心に突き動かされた側近たちは、配布や診察、指導を手際よく進め、マリアンヌの戦略を形にしていく。
「科学と知識を使えば、人々の信頼と安全を同時に得られる。これが、キャサリンとの差よ」
その夜、領地の診察所に集まった住民たちは、薬の効能や衛生管理のおかげで安心して暮らせる喜びを噛みしめる。マリアンヌは側近たちとともに、薬の残量や記録を整理し、次の対応策を練る。全国各地での感染症流行は続くが、マリアンヌの知恵と薬学の力が、確実に民と商会、そして影響力の盤石な基盤を築いていた。
こうして、全国各地で天然痘が流行する中、マリアンヌは前世の知識を駆使して本物の医療と予防策を提供し、薬や香水で人気を得るキャサリンとの差を鮮明に見せつけることに成功したのだった。




