第33話 王太子と幼き令嬢の出会い
王宮の書斎で、王太子は書類に目を通しながらも、心ここにあらずだった。先日、13歳のマリアンヌ・フォン・ルーベルと王太子の婚約者を決めるお茶会で初めて対面した瞬間――その光景が、頭の中から離れない。
彼女はまだ幼い年齢にもかかわらず、他の令嬢たちが王太子の視線を意識して必死に装う中、まったく媚びず、堂々と自らの実績と事業計画を語った。その姿勢、冷静な判断力、そして自信に満ちた態度……王太子は瞬く間に、幼き令嬢の才能と魅力に心を奪われたのだ。
「なんという少女だ……13歳にして、あの落ち着きと理知……」
王太子は机の上の書類を無造作に押しのけ、窓の外の庭園を見つめる。庭園の樹々の緑や、遠くに光る王都の屋根も、今はマリアンヌの姿に比べれば色あせて見えた。彼女が座った椅子の姿勢、ゆっくりと紅茶を飲む指先の仕草、他の令嬢の華やかさに惑わされない眼差し……すべてが鮮明に焼き付いている。
王太子は心の中で繰り返す。
「こんなに独立心が強く、実務能力に長けた少女は、他にいない……いや、他の令嬢とは比べ物にならない」
侍従の報告によれば、マリアンヌは王都に拠点を移し、レストラン、服飾、化粧品事業、教育制度の整備などをほぼ自力で進めているという。しかも、青田刈りで選抜した優秀な生徒たちを王都と領地に配置し、即戦力として活用している。王家の後ろ盾を得ているとはいえ、13歳の少女としては異例すぎる活躍ぶりだ。
「彼女が本気で事業を動かしている……社交界の騒ぎなど、どうでもいいと思っているあの態度……美しい、そして恐ろしいほど理知的だ」
王太子は思わず胸の高鳴りを感じた。初めての感覚だ。これまで数々の令嬢と顔を合わせ、婚約候補としての会話や挨拶は経験してきたが、あの瞬間ほど心を奪われたことはなかった。彼女の無関心さこそ、王太子の心をより強く刺激したのだ。
「彼女にとって私は、単なる社交界の形式にすぎない……でも、だからこそ、彼女の世界にどう関わるかを考えねば」
王妃もまた、マリアンヌに注目していた。王妃にとって、幼き令嬢の事業や教育への手腕は、王家の威信や王都経済の発展に直結する重要事項だった。王太子は心の中で決めた。マリアンヌの才能を尊重しつつ、王家としてできる限りの協力を行うべきだ、と。
「彼女の才能を伸ばし、王都と領地を共に発展させる……そのためには、形式的な婚約や社交界の駆け引きよりも、実務面での関わりが最も重要だ」
王太子は侍従を呼び寄せ、細かい指示を出す。マリアンヌの事業や教育、青田刈りの進捗を定期的に報告させ、王家としての支援策も整備する。王太子自身も、タウンハウスの現場を訪れ、彼女の指示の仕方や生徒たちの働きぶりを観察することを考えた。
「彼女はまだ13歳だ……だが、思考も行動も大人顔負けだ。むしろ、大人にはない柔軟さと独創性がある」
その日の夜、王太子は窓の外に広がる王都を見つめ、静かに呟いた。
「幼き令嬢……マリアンヌ・フォン・ルーベル。君の才覚と無関心さに、私は一目惚れしてしまった。だが、無理に近づくのではなく、君が自ら選び、私と関わる道を見つけてもらう……それが最善だろう」
星が瞬く王宮の夜空の下、王太子は13歳の少女の事業と影響力、独立した精神に心を奪われながらも、静かに戦略を練り始める。幼き令嬢と王太子――二人の未来は、社交界の形式を超えて、すでに静かに、しかし確実に交わり始めていたのだった。




