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第39話:夢の中へ

 馬車を降り、思い切り体を伸ばす。

 俺たちはようやく、交易都市アンプラに帰ってきたのだ。


 当初の予定より、大幅に長引いた旅だった。

 錬金術師というのは、もう少しインドアな商売だと思っていたのだが。


 辺境伯は応接室にて出迎えてくれた。こちらを一瞥すると、わずかに口元を緩める。

 報告を行う。


「よくやってくれた」


 白磁器の開発、カリミナの護衛、邪教徒の討伐。

 当初の役割はカリミナ嬢のご意見役という、いわば気軽な同行者のはずだった。

 護衛については、暗に期待されていただろう。しかしそれ以外は、この男にとっても想定外のはずだ。


「報告は受けている。白磁器の件、見事だ。あれが軌道に乗れば、この領の収益構造は大きく変わる」

「恐縮です」


 軽く頭を下げる。


「それに邪教徒の件だ。グイヤンを救ったのもお前だな」

「ええ、はい」


 辺境伯は俺の様子を見て、椅子に深く腰を下ろした。そして、少し間を置いてから本題を切り出す。


「ハイド。ひとつ提案がある」


 一瞬の間をおいて、続けた。


「我が家お抱えの錬金術師になってほしい」


 そう来たか。

 本来であれば、貴族からの提案はイコールで命令だろう。しかし、そのような雰囲気ではない。


「……それと、娘の教育係だな」


 つまり、大体これまで通りということか。


「もちろん、いずれも強制はせん。お前の研究を妨げるつもりもない」


 辺境伯が説明した内容は、思っていたより緩やかなものだった。

 薬品や錬金術品を伯爵家が求めた際に優先的に卸すこと。相談役として時折助言を行うことだけだ。

 常駐を求めるわけでも、他の依頼を断れというわけでもない。俺をガチガチに縛るつもりはなさそうだ。


 それも当然か。

 彼も、シャーリニィの力の一端を知っている。

 俺の後ろに立つハイエルフの少女。俺の機嫌を損ねれば、彼女を敵に回すことになる。

 そのデメリットを考えるなら、強引な条件を出すより、友好的な関係を築く方が賢明だと判断するのも当然。


 研究費用を出してもらえるのはありがたい。

 魔石の合成など、俺の知識を活用すれば金策の手段はいくらでもある。だが現金化は難しいものばかり。

 権力者とのつながりは、その辺りの煩わしい手間暇を省ける。


 そして――


「ハイド様、受けてくださるのですか?」


 目をキラキラさせて、俺の顔を覗き込むカリミナ嬢。

 こんな風に期待されては、断ることなど出来るはずもない。


「ええ、謹んでお受けします」


 俺が答えると、辺境伯が小さく頷いた。


「まあ! よろしくお願いいたしますわ!」


 喜色満面のお嬢様。その耳は、心なしか赤い。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 伯爵家を出ると、空が橙色に染まりかけていた。


 カリミナに夕食もどうかと引き留められたが、さすがに断った。今日はもう、身体が限界だ。豪勢な料理よりも、静かな部屋と寝台の方がありがたい。


 とはいえ、腹は減っている。緊張が抜けた途端、空腹が一気に押し寄せてきた。

 これから食事の準備をする気力も時間もない。

 自然と足が向かったのは、以前から馴染みにしている宿『銀の蜂蜜亭』

 食堂も兼ねているここなら、遅い時間でも温かいものが食える。


 扉を開けると、食堂の暖かな空気が頬を撫でる。


「あらあら! いらっしゃい!」


 恰幅の良い女将が、カウンターの奥から顔を出した。丸い頬に人懐っこい笑みを浮かべながら、しかしすぐに眉を寄せる。


「ずいぶん久しぶりじゃないかい。あんたのアレ、もうとっくに無くなっちゃったのよ」

「ああ……」


 俺はこの女将にリンスをはじめとした美容品をいくつか提供している。

 その対価として食事を提供してもらっている。

 今回の出張の間に、尽きてしまっていたらしい。


「ちょっと出張が長引きましてね。また近いうちに持ってきますよ」

「頼んだよ。あれが無いと、もう他の使う気にならなくてねぇ」


 女将は腕を組んで大げさにため息をつく。だが顔はどこか楽しげだ。完全に生活の一部になっているらしい。


 席に腰を下ろしたところで、店の扉がもう一度開いた。


「おっ、先生じゃねぇか!」


 野太い声が食堂に響いた。振り返ると、大柄な男が俺を見て人懐っこい顔を崩している。上級冒険者のゴルドだ。


「あんたが常連だって聞いて、俺も通うようにしたんだよ」

「わざわざ?」

「そりゃそうだろ」


 当然といった顔で言い切る。


「またポーションを売ってくれないか。お前さんのやつが切れてるんだ」

「では明日、持っていきますよ」

「頼んだ」


 やり取りを聞いていた女将が、カウンターの向こうで感心したように頷いた。


「やっぱりあんた、すごい先生だったのねぇ」

「まあ、それなりには」


 あんまり謙遜するものではないか。実際、辺境伯お抱えとなったわけだし。


「で、今日は何にするんだい」

「そうですね……」


 女将に促され、俺はメニューに目を落とした。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 帰宅した。

 俺のアトリエ。俺たちの家に。


「今日はゆっくり寝たいですね……」


 ナトが肩を回しながら、ほっとしたように息を吐く。


「……うん」


 短く応じるシャーリニィ。

 もともと口数の多い方ではないが、今日はさらに言葉が少ない。

 無理もない。戦闘に加え、長距離の移動、そして気の張る仕事の連続だった。彼女もさすがに、疲れているらしい。


 扉に手をかけた、そのときだった。


「待っていたぞ、ハイド!」


 聞き覚えのある、できれば聞きたくなかった声。思わず顔がしかめっ面になる。

 振り返ると、門の前にひとりの男が立っていた。


 プルンブ。

 帝都の錬金術協会にいた頃、俺を追い出した貴族のボンボンだ。

 その後も俺の研究に執着し、しつこく付きまとってきている。


「俺に断りもなく、急に姿をくらませやがって」


 なんでお前に断る必要がある。


「今日こそ渡してもらうぞ」


 研究成果はやらん。


「シャーリニィさんを!」


 絶対にやらん。


 そうだ、こいつはシャーリニィに一目惚れしている。

 長い銀髪、整った顔立ち、均整の取れた体躯。人間離れした美しさだ。男なら誰だって夢中になるだろう。


 それにしたって、こいつは諦めない。

 何度追い返されても諦めず、こうして懲りずに現れる。


 俺は一つため息をついて、手短に伝えた。辺境伯家のお抱え錬金術師になったことを。

 このプルンブの家は子爵だったか男爵だったか。どちらにしても辺境伯より格下だ。

 俺に手を出せば辺境伯を敵に回すことになる。それがどういうことか、こいつにも分からないはずはない。


「ぐぬぬ……たとえそうだとしても、身分など関係あるものか!」


 プルンブが歯を食いしばる。


「シャーリニィさんを無理やり従わせるなんて、許せるはずがないだろう!」


 ……?

 そうか。こいつ、俺がシャーリニィを無理やり従わせていると思っているのか。

 視線をシャーリニィに向ける。


「シャーリニィ、外して見せてやれ」


 シャーリニィの首には黒革のチョーカーがある。俺がプレゼントしたものだ。

 彼女は気に入って、常に着けている。確かに一見すれば、奴隷の首輪に見えなくもない。


「はぁ……仕方ないですね」


 彼女は渋々といった様子で、チョーカーを外す。


「え?」


 プルンブはぽかんとした様子。

 俺は説明してやる。


「この通り、この首輪は隷属の首輪じゃない。彼女は、自分の意志で俺についてきてくれているんだ」

「もう行きましょう、ご主人様」


 シャーリニィがそう言いながら、俺の腕に絡みついた。なぜかナトも反対側の腕を掴んでくる。


「そ、そんな……」


 がっくりと項垂れる。

 哀れなヒロインを救うヒーローにでもなるつもりだったのか?

 ようやく、現実を理解したらしい。


 地面に膝をついたプルンブを残して、俺たちは扉をくぐった。


 ようやく、帰宅だ。

 扉を閉じれば、面倒な奴はいない。

 見慣れた天井、使い慣れた机、薬品の匂いが染みついた壁。長旅の後で見ると、何でもないはずのものが妙に落ち着く。


 明日からはどうしようか。

 まずはポーションの補充。それから女将に頼まれていたリンスも作らないといけない。

 伯爵家との契約もある。注文が来れば優先的に回す必要があるだろう。

 もっとも、お抱え錬金術師といっても、想像していたほど縛りは強くない。研究の自由は確保されている。


 やりたいことはいくらでもある。

 魔石の合成。新しい薬品。応用技術の展開。

 頭の中に、次々と案が浮かんでくる。


 まあ、ともかく――


 今日のところは、ゆっくり眠ろう。


 寝室に移り、ベッドに倒れ込むように横になる。

 すぐ隣に温もりを感じる。反対側にも、もうひとつ。


 目を閉じる。

 ここには戦いも、疑念も、厄介事もない。


 今夜は、心地よい夢が見られそうだ。



【終】



これにて『王水の錬金術師』は完結です。

ちょっと物足りないかもしれませんが、書きたいものは一通り書いてしまったので〆とさせてください。


主人公ハイドくんは、今後も好き勝手に研究開発したり、ヒロインたちといちゃいちゃしながら過ごすことでしょう。

ナトやカリミナとの関係がどこまで進むか等も気になりますが、そこは皆さんの想像におまかせということで。


読んでくださり、本当にありがとうございました。

いつか他の作品で出会えたら、そのときはまた、よろしくお願いいたします。


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これでおわりだと!? もっとつづけ
勝った第一部完ッ!?
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