第三十一話
ヘンダーソン中尉はコックピットの中から立ち昇る黒煙を見た。方向は目標とする敵航空基地。奇襲が成功したのだろう。となれば邀撃機は少数か全くないはずだ。
たしかに、国防軍は消火に復旧にと混乱を極め、邀撃機を上げることはできなかった。しかし既に紹介に就いていた戦闘機六機、近接航空支援を終え帰投中のシュトゥルム二機、その護衛の戦闘機二機が存在した。
全機合わせて十機。帝国軍はおよそ八十機だったから数の上では到底太刀打ちできない。それでも数機でも撃墜すればそれだけ基地に降り注ぐ爆弾は減る。
先陣を切ったのはシュトゥルムだった。実は、シュトゥルムは一撃離脱に徹すると空戦に於いて強力な戦力となる。大重量爆弾を搭載するための強力なエンジン、三〇ミリ機関砲も備えている。大きな揚力を発生させるための大きな主翼を持ち、良好なロールを備えるため鋭い旋回が可能。ただしエネルギー保持は悪いため格闘戦には向かない。
シュトゥルムは急降下爆撃のための速度耐性を活かした急速度で襲い掛かる。
ヘンダーソンは飛び込んできた無線でこの二機を認めた。護衛機をその速度ゆえに丸で無視。まるで深々と刃を突き立てるかのようだった。一機が撃墜され一機が深手を負わされた。
編隊の下に突き抜けて離脱していく敵機を追うことは不可能だった。もっとも追撃可能でも追うことはないが。
続いて敵戦闘機が迫る。
無線を通して編隊を堅持するよう指示が飛ぶ。声音には緊張と恐怖が滲んでいた。
防禦銃座が一斉に射撃を開始したが敵機は構うことなく突っ込んできて、六機が撃墜された。
攻撃後はやはり降下で得た速度を活かして友軍戦闘機を振り切り離脱していく。
離脱していく敵機を目で追うと編隊の前方で上昇し始めた。また一撃離脱を繰り返す腹積もりに違いない。あれを繰り返されると打つ手が無い。
ただ敵基地の対空砲の射程を考えるとあと一撃凌げば敵機は誤射を避けるために去るはず。
ヘンダーソンは操縦桿を握る手に力を込めた。回避のために編隊を多少外れることになっても、敵機が空域から離脱していくのなら問題にならない。
再び近接する敵機を睨み付ける。護衛機はその任務を果たすべく敵機の針路上に立ちはだかるように機動した。敵機が降下に移ると同時に機首を上げ、ヘッドオンの構えだ。
相互対進の状態での一瞬の射撃戦。敵機の内一機は護衛機に目標を切り替えねばならなかったようだ。護衛機一機が被弾、炎上した。
視線の先で黒点が休息にその大きさが拡大する。こちらに向かってダイブしてきていた。編隊が乱れるのを承知で左旋回。
Gが体に掛かる中、視界の隅を敵機が急降下で抜けて行くのが見えた。狙われたのは自機ではなく隣を飛んでいた僚機だった。右翼をもがれ、炎に包まれながら落ちていく。
パイロットと機銃手の顔をありありと思い描けるが、今追憶に浸る暇は無い。敵機の行方を追うと戦闘空域を離脱するようだった。代わりに黒煙の花が周囲に乱れ咲く。
美しい薔薇には棘がある。ヘンダーソンはふとそんな言葉を思い出したが、どう考えても自分を取り巻く状況はそんなに手緩くない。第一薔薇の棘は飛散しない。
一機、エンジン直下の炸裂でまるでアゴにアッパーを喰らったかのようにどもり打ち震え、ジャンカーになったボクサーのようにふらふらと墜ちていった。
一機、主翼を大量の破片が襲った。燃料タンクが破損し燃料が漏れ出て尾を引いている。任務の続行が不可能と判断して爆弾を放棄、母艦へ引き返していった。
護衛機が対空砲へ機銃掃射を掛けるべく先行して降下、敵基地に突入する。これは対空砲火を分散させ、爆撃機を守ることを意図したものだ。
ヘンダーソンの見るところ、狙い通り対空砲火、特に機関砲が分散しているようだった。ただ分散しているといっても元が大規模な基地だけあって元々の数が多い。撃墜されるまでは至らなくとも次々と僚機が被弾していく。
ヘンダーソンの小隊の目標は燃料タンク。これを叩き国防軍の燃料が無くなれば敵機は飛べずただの鉄塊になり下がる。この敵基地は元は帝国軍の基地であったため燃料タンクの場所は熟知している。燃料タンクほどの建造物、場所を変えることなど不可能だ。
盛んに撃ち上げられる対空砲火によって一機また一機と撃墜される。一機、パイロットが戦死したらしくゆっくりとロールしながら落ちていく。
燃料タンク上空に達した。ご丁寧にタンクに迷彩塗装が施されている。たしかに何も知らない状態で高高度から偵察したなら見落とすかもしれないぐらいに出来は良い。
攻撃開始を告げる無線を送り、またバンクも送る。耳を聾する炸裂音がし、機体が激しく揺さぶられた。破片がいくらか命中したが急降下爆撃に問題は無い。
急降下に移り、爆弾を命中させることに全神経を集中する。幸いにして燃料タンクは艦艇よりはるかに大きくそして脆弱、至近弾でも十分に破壊可能だ。投下後、即座に操縦桿を万力でもって体に引き付け機首を起こした。
後背から砲弾の炸裂音など比にならないほどの轟音が響き、機体が危険なほど揺さぶられた。まるで嵐の大洋の小舟のごときだ。振り返ると天まで届くのではと思われる黒煙がもうもうと立ち昇っている。目的を達したのは明らかだった。
小隊に目をやる。自分含め四機。三分の一の損害を被った。部下を四人失ってしまった。
この攻撃によって国防軍航空基地は非常な深手を負い、スリン島の戦いという重要局面に於いて万全を発揮できなくなった。換言すれば、国防軍は確立した制空権を失った。




