83.『ズボンの騎士』ねっ
侯爵様との昼食の席に、おじいちゃん家令に案内される。
「本日はお招きに預かり、大変恐縮にございます。」
「今日は堅しい挨拶はよい。報告の席だと考えてくれ。」
「かしこまりました。」
椅子が用意されていて、おじいちゃん家令に抱き上げられて椅子の上に座らせられる。
まるでお子様の扱いよ、全部一人でできるわよっ・・・ とも言えずに黙ってなすがままにされる。
「先に私からの報告だ。」
給仕が昼食を運んでいる間に、侯爵様からのご報告?
まさか、何事かを思いついて、また私に何かやらせようとでも思ってるのかしら。もうこれ以上余分な仕事を増やされたくはないし、きっぱりと断るわよ。
「昨日先触れが来て、モンタランベール伯爵家三女、デルフィーヌ・モンタランベールがレオンティーヌに面会を望んでいる。この娘は貴族学園でレオンティーヌの護衛騎士になる予定だが、ヴィヴィがこの娘を見定めてもらえぬか?」
「私は魔法使いですよ。剣士を見定めるなどできようはずもありません。」
「魔法使いだからこそだ。魔法使いを護るための騎士を魔法使いの目で見定めてくれ。」
「見るだけですよ。レオンティーヌ様の護衛に選ぶかどうかの判断は私にはできませんよ。」
一瞬眉根を寄せたような気もしたけど、そんな表情はすぐにしまい込まれ、頷いた侯爵様。
「ああ、それで構わない。」
そうよ、護衛騎士に使うか使わないかを私の言葉で左右されたら、どこだかの伯爵家から恨みを買っちゃいますよっ。
いえ、伯爵家ではないわね。伯爵家の三女様にモーレツに恨まれること間違いなしよ。
「では、ガエル村の話だ。孤児院を作って王都の孤児どころかジルバストルの孤児まで連れて行こうとしているようだな。」
「それだけではございません。近隣の町や農村の孤児達も全て引き受けましょう。」
「再開拓を任せた以上はヴィヴィのやり方を否定はせぬが、孤児ばかりを集めようとすれば、奴隷のようにタダ働きさせるのでは、という見方をされるかもしれぬぞ。」
「いいえ、孤児達は今、安い賃金で働かされ虐げられています。私がやろうとしているのは孤児達の救済です。」
「孤児院での話はセレスタンから聞いているが、世間ではそうは思わぬだろう。安く孤児達を使っていた業者、それを引き抜かれた業者にいたっては悪意を持った噂をまき散らすぞ。」
「そんな悪徳業者など関知しなくてもいいと思います。もし気になるようでしたら、孤児達を不当に安い賃金で働かせたことを理由に、市中引き回しの刑にでもすればいいんです。」
「し、市中引き回しとは何なのだ?」
死刑囚を刑場まで罪状を公開しながら連れて行くのが、市中引き回しだったわね。
死刑ではなくても、コイツこんな事ヤっちまいましたよ、と公開しながら町中練り歩くのもいいかも。いえ、人権侵害も甚だしいわね。私の話から、市中引き回しの刑が実行されるのも怖いし、これは説明は避けるべきね。
「そんな悪意のあるよからぬ噂を流そうとする輩は、侯爵様の権限で押さえつけてしまえばいいのですよ。」
「そんなことで強権発動していたら庶民の不興を買ってしまうだろう。」
「締め付けすぎず、緩めすぎず、でしょうか。」
「妙に分かっている風だが、それは平民の考え方ではないぞ。」
そ、そうよ、私は平民のハンターヴィヴィなのよ。そんな貴族寄りの考え方しちゃいけないわ。平民としての考え方を心がけなきゃ。
「さて、油搾器・・・であったか。あれは王都の工房への依頼ではいけなかったか。」
「いえ、ガエル村で使い始める前に世間に周知されてもよろしいのでしたら、そうしていただいてもいいのですよ。」
「私が教えただけでその使用法が理解できるとでも言うのか?」
「使用法や使用した結果を説明して作っていただくのですよ。」
「そうか、秘密にはしておけぬということか。それでクレマンソー侯爵領の工房で、という事なのだな。承知した。大至急手配しよう。」
食後のお茶をいただいていたら、おじいちゃん家令が来客を告げる。
「アデラール・モンタランベール様とお嬢様がいらっしゃっております。」
「応接で待たせておけ。すぐに行く。」
おじいちゃん家令が立ち去った後、伯爵家の三女様の説明をする侯爵様。
「モンタランベール伯爵に頼まれているのだ。娘をレオンティーヌの学園内での護衛によろしく頼むと。」
「なぜ、魔法使いの護衛なんかになりたがるのですか?」
「稀少な魔法使いは騎士団の中でも花形だからな。学園在籍中に魔法使いと懇意にしておけば、騎士団入団時に有利に働くと言われている。」
「そうなんですか。でも、侯爵様はダメなものは、ダメだ、とはっきりおっしゃるのかと思いました。」
「派閥内での立位置的に断れぬ所もあるのだ。」
王宮内での派閥争いですか。私には全く関係ないことだし、関与することもないし、したくもない。
そんな話はおいといて、その三女様がどの程度使えるのか見極めろ、という事だったわね。
「そのデルフィーヌ様は当然騎士科の生徒だと思うのですが、騎士としての剣術を見極めろ、という事でしょうか?」
「いや剣術は見れないと言ってなかったか? 魔法使いの護衛にふさわしいかを見てほしいだけだ。」
ふ~ん、見極めろって言ったって、どうやって? 私が木剣で打ち合う? いえいえ、それってただのチャンバラになっちゃうし・・・・・
レオンティーヌ様を後ろに立たせて護らせる? そこへ打ち込んでいけば実地訓練になるじゃない。
そうしましょう。今日はレオンティーヌ様は? 王国史のお勉強だったっけ?
「後でレオンティーヌ様をお呼びしてもよろしいでしょうか。」
「今日はデルフィーヌ嬢との顔合わせの予定になっておる。セレスタンが呼びに行ってるだろう。」
話しながら歩いていたら、いつの間にか応接室の前に来ていた。
侯爵様が扉を開けて応接室に入れば、ソファーに座っていた二人がすかさず立ち上がって挨拶をする。
ん? 二人そろって同じ礼? 三女様はカーテシーではないんですね。
三女様はショートカットのボーイッシュな長身の・・・・・ 顔を見れば明らかに女の子よね。出で立ちが男の子の格好だから、きれいな顔立ちの男の子にも見えなくもないわ。
「本日は面会の申し出を受けていただきありがとうございます、宰相閣下。」
「ああ、構わぬ、アデラール殿。」
そんなやりとりから遠ざかるように、侯爵様が座ったソファーの後ろに回って立つ。
「ヴィヴィ、何をしておる。ここへ座りなさい。」
侯爵様が座ったソファーを指し示す。
「あ、いえ、私はここで充分でございます。」
「私が座れと言っておるのだぞ。」
ヒエ~、そ、それって脅しが入ってますよね。
すぐにも侯爵様の隣からは極力離れてソファーの端っこにちょこんとお尻を乗せる。
「あの・・・ 宰相閣下、こちらのお子様がレオンティーヌ様でしょうか?」
そんなわけないでしょーっ。どこからどう見たってご令嬢の格好してないと思いますけどっ。
「そんなわけがあるまい。この者はレオンティーヌの家庭教師として雇っている者だ。」
「そ、そうですよね。平民のように見えますし・・・ え? 家庭教師? こんな年端もいかぬ子供が何を教えると?」
「主に魔法だな。」
「魔法使いですと? こんな小さな子供が?」
「小さいとはいえ、デルフィーヌ嬢とは同じ年齢だ。今日は魔法使いの護衛に付く騎士を、魔法使いの目で見極めてほしいと、ここに同席をさせた。」
「そ、そうでございましたか。このデルフィーヌは剣術の師匠も舌を巻くほどの剣の上達ぶりを見せ、」
「父上っ!! そのような言葉を並べ立てても伝わりません。剣術とは剣で語るのです。」
何かカッコいいこと言ってるけど、剣の先生からおだてられてテングになっちゃってる可能性も無きにしも非ずね。
扉がノックされ、おじいちゃん家令の声がレオンティーヌ様の到着を告げる。
「レオンティーヌ様をご案内してまいりました。」
「入れ。」
おじいちゃん家令が開いた扉を、レオンティーヌ様が入ってくる。後ろにはワゴンを押す侍女さん達。
ソファーテーブルまで来たところで、奥に座ってもらえるように私が席を立つ。
レオンティーヌ様は座る前に、可愛らしいカーテシーのご挨拶。
「アデラール・モンタランベール様、デルフィーヌ様、お初にお目にかかります。レオンティーヌ・クレマンソーでございます。よろしくお願いいたしますわ。」
即座に立ち上がり、レオンティーヌ様の挨拶を受けるモンタランベール親娘。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
「デルフィーヌです。学園では僕がレオンティーヌ様を力の限りお護りいたします。」
僕ーっ??・・・ お、女の子よね。リボンの○士みたいに、女の子なのに男の子の生活をしてるとか?
フリフリのドレスとか嫌いみたいだし、男装のズボン姿が似合ってるわ。
『ズボンの騎士』ねっ。
無事に挨拶も終わり、レオンティーヌ様を侯爵様の横に座らせ、私は相変わらずソファーの端っこに腰を乗せる。
「ヴィヴィ先生も同席していただけるのですね。とても心強いですわ。同年代とはいえ初めての方との交流にとても緊張しておりましたの。」
「ぼっ、僕も緊張しています。」
「あら、そうですの? わたくしと一緒でしたのね。でも、もうデルフィーヌ様とわたくしはお友達ですわ。」
「子供達だけで会話をさせれば打ち解けるのも早そうだな。ヴィヴィ、この二人を任せてもいいか?」
「はい、侯爵様。訓練場をお借りしてもよろしいでしょうか。」
「ああ、構わん。セレスタンに案内させよう。
アデラール殿、それでいいかな?」
「はい、デルフィーヌを鍛えてやってください。」
「鍛えるわけではないぞ。見極めるだけだ。」




