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38.鍛錬

 ヴィヴィ先生、さあ私にも技を教えろと、フロランタン様に外へ連れ出されてきた。フェリシーちゃんも後ろについてきて、ベンチにちょこんと座って見学モードねっ。

 木の幹に括り付けてある服はジェロームの身長に合わせた高さだったから、フロランタン様の背の高さに合わせたあたりで幹に括り付け直す。その服を相手に背負い投げの打ち込み稽古をジェロームと同じように教え、顔の向きや手の使い方を修正していく。

 うん、いいんじゃないかしら。剣術の稽古を欠かさずやっているようだし、自らの体を動かす感覚、どのように動かすのか、の飲み込みが早い。ただ、剣術と柔道は使う筋肉が違うから、多分ジェロームと同じようにへばっちゃうんじゃないかしら。まあ、そうなったら足腰鍛えるためのスクワットよね。


 打ち込み稽古をしているフロランタン様は、しばらく放っておいてもいいでしょ。

 フェリシーちゃんの座ってるベンチの向かい側に座って、テーブル越しに話しかける。


 「今日はたくさん水魔法を使わせちゃったわね。お疲れ様。」

 「でも・・・ 私、全然疲れてません。もっとたくさん魔法を使ってみたいです。」

 「だめよ、魔法を使いすぎて倒れちゃったりしたらどうするの。」


 多分、魔法を使って疲労が出るような事は無いんだけど、限界も無しに魔法を使ってたら、きっとフロランタン様がもっと魔法を使えと無理を言うのが目に見えてるわ。だからここは魔法には限界があるのよ、って教え込んでおかなきゃね。


 「魔法は精霊の力を集めて発動させる、って言ったけど、その力を集めるのに体内の魔力が必要なの。魔法を使い続けて魔力切れを起こしたりすると、倒れて動けなくなったり、最悪の場合魔法を使えなくなったりするかも。」

 「そ、それは魔法の本で読んだことあります。本当のことだったんですね。」


 フェリシーちゃん、ごめんなさい。ウソです。体内の魔力を使用して魔法を発動する、という一般の説に便乗して、精霊の力を集めるために体内の魔力を使う事にしちゃいました。ホントは私が教えたマナに働きかける魔法は魔力使ってません。


 「そうよ、だから魔力は限界まで使おうなんて考えないで。」

 「はい、ヴィヴィ先生。」


 フェリシーちゃんとそんな話をしながら、ちゃんとフロランタン様の様子も見てるわよ。一回一回の打ち込みの型は崩れてきてはいないけど、額から汗が噴き出て顎からしたたり落ちる。ずいぶんと疲労してきてるみたい。そろそろ限界かしら。

 そんな状況を眺めながら、建物の方角、目の端に映る影。様子を伺うようにチラチラと視界の端に映るジェローム。

 ごめんなさい、教えて下さい。って素直に言えばいいのに、未練タラタラで遠巻きに覗いてるんじゃないわよっ。

 どうしてくれようかしら。首根っこ掴んで引きずり出してやろうかしら。

 その場に立ち上がった私にフェリシーちゃんが問いかけてきた。


 「どうしたんですか、ヴィヴィ先生。」

 「新しい魔法を見せるわ。【身体強化】の魔法よ。自分の運動能力を強化するの。この魔法で注意することは運動能力の強化に伴って脳の情報処理速度の強化もしないといけないの。自分の運動速度に意識がついていかないとどこかに突っ込んでしまうわ。」

 「・・・・・??」


 難しかったかも。でもどうやって説明すればいいの。早く動いてどこかにぶつかっちゃったりしたら、ぶつからないように注意しましょうね、って? それもわかりにくいわよね。

 その逆なら見たことある。咲姫ちゃんの運動会、競争で張り切って走り出したお父さん、頭ではかっこよく走り出したんだろうけど脚がついて行かずにごろごろ転がってしまった。鍛えていた若い頃の動きが出来るって思ったんだろうな。

 体がついて行かずに転ぶ程度ならそれほどの危険はないけど、体の動きに意識がついていけないのは障害物が目の前に迫っても気が付かずにぶつかってしまうかも。

 フェリシーちゃんへのその説明は置いといて、マナへのイメージ、身体能力強化、思考速度アップ、情報処理速度アップ。その場から一気にダッシュ、建物の陰に隠れて気付かれていないと信じているジェロームの元へ。

 一気に距離がつまり建物の角が迫る。真っ直ぐ自分に向かってくる私を見てジェロームはおどけた表情をしてゆっくりと逃げる動作に入る。

 そう、ゆっくりと。私の思考速度が極端に速くなっているために他の人間の動きが緩慢に見えるのはしょうがない。

 逃げようとするジェロームの襟をガシッと掴んだら、ゲフッとかうめき声が聞こえたけど、喉がしまったかしら。

 身体能力強化だけを残して速度アップを解除。これで普通に会話できるわ。


 「は、離せっ。」

 「このまま引きずっていってもいいけど、あそこまで自分の足で歩いて行くなら手を離すわ。」


 指さす先はフロランタン様が打ち込み稽古をしている場所。


 「分かった、歩く。歩くから離せ。」


 逃げ出す事も無く私の後ろを着いてくるジェローム。逃げてもあのスピードで追いかけられたら逃げられないと理解したみたい。

 フロランタン様の打ち込み稽古をしている所へ二人で歩いて行く。


 「おう、ジェローム、ヴィヴィ先生を師と仰ぎ教えを請うことにしたかっ。」

 「う・・・ 」


 打ち込み稽古を続ける父親の・・・・・ もうこれやっつけ仕事みたいな感じになってるわよね。ただ背負い投げの形を模倣しているだけ。打ち込み稽古はもうやめてもらって筋力トレーニングに入りましょう。


 「父上っ、その稽古ではダメですっ!! 疲労で動きにキレがありません。」


 あら、まだまだ初心者なのに、父親のグダグダになってる打ち込み稽古が分かりますか。自分がグダグダでも打ち込み稽古を続けた張本人だから理解できたのかな。


 「なんだと。おまえにどれだけのことが分かる。」

 「ジェローム様のおっしゃっるとおりです。速度が落ちているのはもちろんですが、腰の位置が高すぎます。剣術とは使う筋肉が違いますから、もう腰を落とすこともできなくなっているようです。」

 「そうか、腰の位置が高いか。このくらいならっ、」


 腰を落として背負い投げの形に入ったそのまま、中腰体勢を支えきれずにガクッと地に膝をつく。もうその時点で肩で息してるんですけどっ。

 まだ立ち上がって打ち込みを続けようとするのを止める。


 「もうそれ以上の打ち込み稽古は無駄です。変な癖がつく前にやめて下さい。」

 「け、剣術なら、もっと長い時間でも・・・ 平気なんだが、」

 「剣術とは使う筋肉が違いますからね。少し休憩しましょう。その後は筋力トレーニングを教えます。」


父親の傍らに立っていたジェロームが、思い詰めた顔で私に向き直る。


 「ご、ごめんなさい、ヴィヴィ先生。僕にも教えて下さいっ。」


 う~ん、反省したのかしら。言葉遣いだけなら丁寧なんだけど・・・・・ その丁寧さが続く限りは教えてもいいかな。


 「分かりました。フロランタン様の休憩が終わり次第、一緒に鍛錬を始めましょう。」

 「ありがとうございますっ。」


 なんだか、すごく素直な返事が返ってきたわね。何かを教わるにはその素直さが重要なのよ。

 ジェロームは自分より体格的に見劣りする私に、体術を教わることに拒否感があったんじゃないかと思うんだけど、タガが外れたように拒否感が消え去ったような感じ?

 教わりたいという欲の前には、そんなつまらない拒否感なんかは一瞬うちに瓦解するものね。



 フロランタン様の呼吸も落ち着いたところで、スクワットで足腰の鍛錬よ。スクワットと言えばヒンズースクワット。漫画で見た事があるのよね、イノキが川原でヒンズースクワッてるシーン。

 なんの漫画だったっけ・・・・・ 壱・弐の参肆朗・・・?? だっけ? まあ、なんの漫画でもいいわ。

 確か自然体の形、足は肩幅くらいに開いて、そこからしゃがみ込む。立ち上がる時は腕を前に振るように立ち上がる、こんな感じね。それを10回ぐらい続けてみる。

 うん、ほどよい負荷が太ももと腰にかかってる。


 「今、私がやっていた足の曲げ伸ばしをやってみて下さい。最初は10回程度で休憩を挟みながら、また10回とやってみて下さい。」

 「その程度、10回などと言わずに100回でも続けられるぞ。」

 「あ~、じゃあ、限界だと思うところで休憩にして下さい。」


 今から体を動かし始めるジェロームならいざ知らず、ついさっきまでの打ち込み稽古で膝が笑いそうになってるフロランタン様が、そんなに無理できないんじゃないかな。

 案の定、涼しい顔でヒンズースクワッてるジェロームの横で、立ち上がるのに顔を赤くして『ムオッ!!』『グァッ!!』とか奇声を発してるんですけど。


 かろうじて10回はいったみたい、このへんで止めておきましょう。


 「はい、そこまでです。今日はここまでにしましょう。」

 「何を言っておる。休憩さえすればまだまだいけるぞ。」

 「いえ、無理をさせすぎれば筋肉の断裂とか起こるかもしれませんよ。聞いた話では、バチーンと音が聞こえるらしいですよ。その後は痛くて歩けなくなるとか。そうならないためにも無理をさせすぎない、運動の後はしっかり休息、これが大事です。」

 「そ、そうであるな。無理はいかん、無理は。しかし無理でなければよいのだな。」

 「その通りです。継続こそ力です。継続することによって限界は先へ伸びていきます。今日無理だったことが、明日は余裕でできるようになっているはずです。」

 「そうか、では明日も稽古を頼むぞ。」

 「え? 同じ事の繰り返しですよ。明日はフェリシーちゃんの魔法に時間を当てたいと思ってるんですけど。」


 ジェロームが叫ぶ。


 「なんだって、フェリシーが魔法って・・・・・

 父上っ、どういうことですか。我がムーレヴリエ家には魔法使いは産まれないはずでは。」

 「いや、ヴィヴィ先生が言うには、フェリシーには魔法に対しての何かを感じたらしいのだ。」

 「ではっ、僕にもっ」

 「ありませんっ。」

 「うむ、そういうことらしい。ジェローム、我々には感じるものがないそうだ。だが、魔法など無くともこの鍛え上げた頑強な体で、国のお役に立つ気持ちは変わらぬぞ。今教わっているこの技も、有事の際戦場(いくさば)で敵を(ほふ)るための技として使えるのだ。」


 ええ―――っ、ちょっと待って。私はスポーツとしての柔道しか教えられないわよ。戦場で命のやりとりするんなら剣で斬り合えばいいじゃない。


 「フロランタン様、この技は剣術のように武器を振り回すものではありません。己が身一つで敵と対峙します。剣で斬りかかって来る相手には勝てません。」


 そうよ、剣道三倍段とか、誰か言ってなかったっけ。ウソかホントか知らないんだけど、喧嘩にしたって棒きれ振り回すのと拳で殴りかかるのとどっちが強いっていったら、棒きれ振り回すのが強いに決まってるじゃない。


 「剣は取り落としたり折れたりする。そんな時に格闘系の技を覚えておけば、迷わず相手のふところに飛び込むことができよう。ただ、投げ技だけでは相手へのダメージに欠ける。私はここに打撃系の技を組み込むつもりだ。」


 スポーツ化された柔道だって、元をたどれば相手の肉体の破壊、それどころか殺し合いの手段として技が編み出されたんだと思う。

 フロランタン様は、そのスポーツ化された道順を逆にたどって、殺し合いの技として極めようとしてるのっ。

 まあ、しょうがないわね。剣と魔法の世界で魔法が使えないんだしね。戦場で優位に立つための技術習得に貪欲になるのも頷けるわ。


 「打撃の技は私は教えられませんよ。」

 「それは問題は無い。打撃系の技は教わっている。ヴィヴィ先生には投げの技をよろしく頼む。」

 「だから、明日はフェリシーちゃんの魔法ですっ。」

 「それは分かった。その合間の時間で頼む。」


 なんだか、フロランタン様に押し通されてしまったわ。フェリシーちゃんと一緒に過ごして癒やされたかったのにっ。

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