八十六話 悲哀の物語
夏休みも半分を過ぎた。遊んでいると時間の経過が早く感じる。
毎日楽しいのはいいが、金色になれていないので徐々に焦り出している。
八月末開催のPvPイベントまでは、残り三週間ほどだ。余裕があるように見えて、実はあまりない。
このまま続けてもいいものかどうか、三人で相談する。
なお、場所はレアステラの【港町ゲン】の宿屋だ。
ジャパンステラで見つけた女神のイベントで、レアステラにくる必要があったため、一時的に降りてきている。
「私たちって、結構女神のイベントをクリアしたわよね。あとどれだけクリアすれば金色になれるの? 今のイベントも、クリアはできるでしょうけど、先につながるの?」
「さあ?」
ソーニャの質問には答えられない。タゴサクも知らないのだ。
タゴサクがオーロステラに行った時は、特殊シークエンスだったので参考にならない。
トキヒメは、女神の情報を集めればオーロステラにたどり着くと言っていた。
公式の発表でも同様に言われている。女神のイベントをクリアし、情報を集め、オーロステラを目指せと。
だが、女神のクエストはそれぞれ独立しており、関連していない。
ストーリー形式で進めるクエストではないせいで終わりが見えないし、具体的に何をどうすればいいのかも不明だ。
女神のイベントをクリアした回数が重要なのか。
特定の情報なりアイテムなりを入手すればいいのか。
オーロステラへと続く場所があって、そこに行けばいいのか。
考えられる可能性はいくつもあり、この手探り感が楽しいとも言えるが、PvPイベントという期限が迫っていれば楽しんでばかりもいられない。
「このまま続けるしかないんじゃないの? わたしとしては、サクさんやソーニャちゃんと一緒に遊べるだけでも楽しいし、満足してるよ」
「可愛いこと言うわね。私も楽しいわよ。金色になれなかったとしてもパーティー戦があるし、PvPを楽しめないわけじゃないけど……トキヒメがね」
「トキヒメさんの性格からして、パーティー戦には参加しないよね。自分一人が一番になることしか興味なさそうだもん」
「下僕はいても、仲間はいないでしょうしね。パーティー戦に出てこないなら金色の試合だけど」
「金色になって勝負しなくても、別の試合でよくない?」
「勝負できるなら構わないわね。というか、そっちの方向でかなり考えてるわ」
別の試合とは、追加で発表された内容になる。
美少女プレイヤーランキングなるものが作られたのを機に、ランキングに入っている美少女の試合を開催することが決定した。
プレイヤーの悪ノリを、公式のイベントに持ち込むのだから、開発者たちも図太いというかなんというか。
参加資格があるのは、ランキングに入っている五十人だ。
約一名、男が入っているが、それでも美少女が四十九人もいる。不参加者がいると考えても、何十人もの美少女が集結する華やかな試合になる。
下手をすれば、金色の試合よりもこちらがメインになりかねない。
男性プレイヤーたちは大興奮だ。無論、タゴサクも大興奮だ。
当日は、絶対に見に行くと心に決めている。
「まあ、美少女プレイヤーランキングの試合に参加するかどうかは、ソーニャが決めればいい。話を戻して女神だが、普通に考えりゃ時間は足りるよな。何ヶ月もかかるはずがないんだ。情報を公開した日から八月末までで、金色になれなきゃ意味がない」
プレイヤーに金色になってもらいたいとの思いから、情報を解禁した。金色のプレイヤーを誕生させ、PvPイベントで戦わせて盛り上げるために。
金色になるのがとんでもなく困難であり、誰もなれなければ、本末転倒だ。
余裕も持たせてあると思う。夏休みをフルに使い、期限ギリギリにならなければ金色になれないとは考えにくい。
八月中旬には金色になり、レベリングをしてスキルなどを覚える時間が必要だ。
「多分、ぼちぼち金色になってる奴もいるんじゃないか?」
「ネットの情報を見ると、金色になったって主張する人がいましたね。真偽は確かめようがないので、嘘の可能性もありますけど」
「本当だとするなら、俺たちだって金色になれるチャンスはある。頑張ってイベントをやろうか」
宿屋でだべっていたのは、ジャパンステラで戦闘があり消耗したからだ。
知らない男性プレイヤーに襲われて戦闘になった。
相手はかなり強く、タゴサクとイアがPKされた。残ったソーニャがなんとか倒したものの、三人中二人がPKされたことを考えると敗北に近い。
相手のレベルは400か500か。間違いなく上級者だ。
さらに言うと、タゴサクは【ニフナジュレタの癒し】を失い、イアは【ニフナジュレタの祈り】を失った。
二人そろってニフナジュレタ装備を失うのは、偶然とは考えられない。
他にも数多くのアイテムを持っている中で、二人ともピンポイントでレアアイテムを失うなど、どれだけ天文学的な確率なのだ。
PKした際に、好きなアイテムを奪えるスキルがあると聞いている。相手はそれを使ったのだ。
被害がアイテム一つで済んだのは不幸中の幸いだった。
スキルを使うと、一つしか奪えない仕様なのかもしれない。
好きなアイテムを十も二十も奪えてしまうと、PKされた側は大変だ。苦労して集めたレアアイテムを、一度の敗北で根こそぎ失ってしまう。
ゲームバランスを崩壊させない仕様になっていると思われる。
ゲームで定められたスキルでも、腹が立つものは腹が立つが、回復もできたので女神イベントをやりに行く。
町の外は懐かしのジャングルだ。ここで、やはり懐かしいモンスターと戦う。
ゴブリンたちだ。狙いは【強化ゴブリン】になる。
ジャパンステラでは【強化ゴブリン】の物語を聞けた。涙なくしては聞けない、悲哀の物語を。
むかしむかし、あるレアステラに一体の【リトルゴブリン】がいました。
ただでさえ最弱のモンスターである【リトルゴブリン】ですが、この【リトルゴブリン】は特に弱く、最弱中の最弱でした。
他のモンスターにはバカにされ見下され、悔しい思いをしていました。
最弱の自分が嫌いです。自分をバカにする奴らはもっと嫌いです。
自分をバカにした連中を見返すために、強くなりたいと願いました。力を渇望しました。
願いは叶い、女神様の力により最強のゴブリンへと進化します。
強くなったゴブリンですが、強い力のせいで仲間の【リトルゴブリン】からは恐れられてしまいます。
強さを得た代わりに、仲間を失ってしまいました。
どうすればいいのか考えます。力を手放して仲間と仲良くするか、力を持ったまま孤独に耐えるか。
そして選んだ方法は――
「バカな設定だと思わない? 私は思うわよ」
「ゲームだしいいんじゃない? わたしもバカだとは思うけど」
「バカだよな。【リトルゴブリン】を改造して、【強化ゴブリン】にするとか」
最強のゴブリンが選んだ方法は、【リトルゴブリン】を改造することだった。自分を怖がらないように改造したのだ。
初代仮○ライダーのように、望まずして改造手術を施されてしまった改造ゴブリンこそが、【強化ゴブリン】の正体になる。
むかしむかしの物語だと言われているので、最強ゴブリンとやらはとっくに死んでいる。
死んでしまった最強ゴブリンはどうでもいいが、気に病んでいるのは女神だ。
女神が最強ゴブリンにしなければ、【強化ゴブリン】の悲哀もなかった。
どうか【強化ゴブリン】を救ってあげてください。と女神から頼まれ、今回のイベントになっている。
女神からはアイテムを預かっており、【強化ゴブリン】に使えば救えるらしい。
これの面倒なとことは、【強化ゴブリン】の出現率が低い点だ。
タゴサクも【暗乱夢】を使った一度しか会っていない。普通に探したのでは、どれだけの時間がかかることやら。
配慮はされており、大量の【強化ゴブリン】を救えとは言われていない。
三体でいい。三人がクリアするなら九体だ。
「ソーニャとイアは、レアステラにいた頃、【強化ゴブリン】と戦ったか? 俺と別行動してた頃だ」
「一度か二度だけね。どっちが倒したっけ?」
「最初は負けたよ。ソーニャちゃんと二人でも勝てないほど強かった。次に出現した時は、わたしが倒したような気がする」
レアステラにはいたのは、三週間ほどだったか。なのに、この遭遇率だ。
九体も倒すなら、それだけでも数ヶ月がかりの作業になる。
よって、タゴサクの【暗乱夢】の出番だ。
モンスターを呼び寄せて【強化ゴブリン】が出現してくれることを祈る。
他のプレイヤーを巻き込んでしまえばモンスターPKになるし、注意が必要だ。
実は、タゴサクがこれまで【暗乱夢】を使った時は、モンスターPKを気にしていなかった。
頻繁には使っていなかったので、たまたま他のプレイヤーに迷惑をかけずに済んでいただけだ。これからは気を付ける。
ジャングルを奥へ奥へと進み、プレイヤーがいない場所を目指す。
レアステラのジャングルは広いが、ダンジョンは少ないし、ゴブリンの王がいる場所と反対方向に進めばプレイヤーの姿も見えなくなる。
「ここらで大丈夫か?」
「もう少し奥に行かない? 変に恨まれるのは嫌よ」
「念には念を入れてってことか。んじゃあ、もうちょい進もう」
この場所でも大丈夫だとは思うが、まだジャングルの奥へと進んで行く。
レアステラのモンスターは、現在の三人にとっては雑魚だ。ピンチに陥ることもなく進めた。
「人の気配が本当にないですよね。誰も足を踏み入れない森の奥に男と女が……あわわわわ」
「こら、そこのムッツリ。あんたは何を考えてるのよ」
「サクさんとソーニャちゃんが示し合せて、わたしを連れ込んで……さ、3ぴ」
「【打杖】!」
危険な発言をしかけたイアを、ソーニャがスキルで吹っ飛ばした。
カッキーンっという快音がジャングルの中に響く。
「随分と吹っ飛んだな」
「スキルの熟練度が上がるのに比例して、飛距離も伸びてるのよ。ホームラン王を目指せるわね」
「突っ込みに欠かせないスキルになってるし、熟練度も上がるか」
戦闘よりも、突っ込みに使われるケースが多い【打杖】は、ある意味では不遇スキルだ。スキルに感情があれば、「自分、こんな役目じゃないです」とでも苦情を言いかねない。
ゴブリンと並び、【打杖】の悲哀の物語だろうか。どちらもバカだ。
「しっかし、あの手の発言は俺の役目だったはずなんだが」
「イアがスケベになったのか、元々スケベで素が出てるのか、どっちかしらね。お兄ちゃんが仕込んだんじゃないんでしょ?」
「まだやってないな。俺としちゃ、ソーニャを疑ってるぞ。いつも二人でソーニャの部屋にいるわけだし、何をやってても俺は分からん」
「何もしないわよ」
「わたしを吹っ飛ばしておいて、呑気に会話しないでください!」
今のは完全にイアが悪い。スキルで吹っ飛ばしたソーニャの判断は正しかった。
タゴサクが発言していれば、奥義だった可能性もある。
イアの文句はスルーして、ソーニャと会話を続ける。
「私さ、無駄に【打杖】ばっかり使ってたせいか、今ので熟練度が最大になったわよ。奥義も覚えたわ」
「お、マジで? どんな奥義だ?」
「【打杖】と【アースクエイク】で【吹キ飛ビ舞散レ】だって」
「満塁ホームランをグランドスラムって言うが、だからそんな名前なのか?」
「名前は分からないけど、結構強そうね。入れたい……でも、何を外そう」
「スキルを外すのはいいけど、わたしを仲間外れにしないでよ!」
あまりいじめてもかわいそうだ。スルーはおしまいにしておく。
スルーされた分を取り戻すように、イアはソーニャに話しかけている。意外と寂しがり屋のようだ。
「奥義の入れ替えは悩むよね。スキルと魔法を一つずつ外すか、奥義を外すか」
「熟練度の問題もあるから、今回は……よし、決めた」
ソーニャはしばし悩み、外すものを決めた。
「バイバイ、【虹ノ二番ハ橙々キ雨】」
「思い切ったな。【虹ノ二番ハ橙々キ雨】は【遠キ彼ノ地ヘ消エヨ】と並んで、ソーニャの奥の手じゃないか。外して大丈夫なのか?」
「また入れる機会もあるだろうけど、今は【吹キ飛ビ舞散レ】を使ってみるわ」
新しい奥義を覚えたソーニャは、使ってみたくてうずうずしていた。
場所もかなり奥まできたし、もういいだろう。
「モンスターを呼び寄せるぞ。大量に集まるから注意しろよ」
二人に警戒を促しておいてから、スキルを使用する。
「【暗乱夢】!」
ぞろぞろとモンスターが集まってくるが、残念ながら【強化ゴブリン】の姿は見えない。
他のゴブリンには用がないし、さっさと倒す。
「早速お披露目といくわよ! 【吹キ飛ビ舞散レ】!」
ソーニャが奥義を放つ。装備している杖で、地面をコツンと叩いた。
軽く叩いただけなのに、地面が大地震のように揺れ、盛り上がった。モンスターを空高くに吹っ飛ばす。
弱いモンスターはこれだけで死んでいるが、強いモンスターは耐える。
だが、空中に打ち上げられていると何も抵抗できない。ただの的だ。
「【トリノライオン】!」
「【ブラックメテオ】!」
タゴサクとイアの魔法でモンスターを撃ち落とす。
面白いほどよく落ちてくれて爽快だ。
「こういうの、トンボ取りって言うんでしたっけ? 昔のゲームでセリフがあったはずです」
「俺は聞いたことないな。イアはそのゲームをプレイしたのか?」
「自分でやったことはありませんよ。二十世紀のゲームですし、入手自体が難しいです。そういうセリフがあるって聞いただけですね」
イアと雑談しながら、残りのモンスターも倒す。
数が多いせいで、ソーニャの奥義から逃れたモンスターもいる。
そいつらを相手に【全力】や【バースト】を使い、熟練度稼ぎに使わせてもらった。
熟練度は、弱いモンスターでは上がりにくい傾向にある。気休め程度にしかならないが、少しでも上げたい。
全滅させれば、同じことの繰り返しだ。
「もういっちょいくぞ。【暗乱夢】!」
スキルでモンスターを呼び寄せ、【強化ゴブリン】を狙う。
レアステラのモンスターで全滅する心配はないが、雑魚狩りは面倒だと思った。




