八話 何も起きない洞窟探索
パーティーを組むのがマナー違反とされるゲームにおいて、タゴサクたち三人はパーティーを組むことにした。
厨二病患者のイア曰く、「世界が定めた運命に抗う」やり方だ。
とはいえ、タゴサクとソーニャはゲームを始めて二日目であり、レベルも低い。初心者が「世界が定めた運命に抗う」などと発言しても、滑稽でしかない。強くならなければ。
強くなるためにはレベリングだ。
イアからアドバイスをもらって選んだのは、とあるダンジョンだった。
洞窟のダンジョンであり、初心者のレベリングに適しているとのことだ。
「サクさんとソーニャちゃんは、レベル10ですよね。ダンジョンの適正レベルにほぼピッタリです。もう少しレベルが高くなると効率も悪くなりますし、今がちょうどいいです」
レベルも適しているし、初心者用なので罠がない。宝箱もなくボスもいない、狭いダンジョンだ。
特殊なギミックがないので、戦闘だけに集中できる利点がある。プレイヤーが少なく、モンスターの奪い合いになりにくいのもいい。
レベリングに適しているのに、なぜプレイヤーが少ないのか。
答えは洞窟に到着すれば判明した。
「暗っ。なんにも見えないぞ」
洞窟に一歩足を踏み入れれば、そこは真っ暗闇だった。わずかな明かりすらないため、周囲はもちろん自分の足元すら見えない。
「わたしに任せてください。アイテムを持ってますから」
イアが松明を使い、明かりを灯してくれた。彼女から半径十メートルほどが見えるようになる。
「ここみたいに、暗いダンジョンがいくつかあるんです。松明などで明かりを灯せばいいんですけど、片手が塞がっちゃいますよね。ソロだと戦いにくいので敬遠する人が多いです」
「ソロ用に調整されてるって話は?」
「ソロでも攻略しようと思えばできますよ。必須じゃないので、無理をしてまで攻略しようとする人が少ないだけです。ましてや、ここにはなんにもありませんし」
宝箱がなく、ボスモンスターのドロップアイテムも狙えないダンジョンだ。できるのはレベリングのみであり、ならば戦いにくい場所を選ぶ必要もない。
「明かりを灯すための魔法もあって、これなら両手が使えますけど、非戦闘用の魔法を覚えても仕方ないですし」
「覚えられる数に限りがあるって話だっけ?」
「はい。サクさんとソーニャちゃんはまだ一個だけですけど、すぐに埋まります。わたしも、スキル魔法共に埋まってますし」
昨日、攻略サイトでも見た情報だ。
スキルや魔法は、それぞれ十個までしか覚えられない。それ以上覚えたければ、何かを忘れる必要がある。
貴重な枠を使ってまで攻略する意味がないのだ。
「スキルや魔法の変更は、簡単にできるんだろ? 一度覚えれば、忘れても再取得できるって書いてあった。ダンジョン用に切り替えればいいんじゃ?」
「もったいないんですよ。スキルにも魔法にも熟練度があります。レベルアップのための経験値と一緒ですね。忘れた時、半端な分はなくなってしまうんです」
「次の熟練度まで10必要だとして、9まで溜めてたら0になる?」
「合ってます。タイミングよく変更できるならいいですけど、そこまでして暗いダンジョンを攻略しなくてもってことです。今日は、わたしが明かり役になりますから、お二人はどんどん戦ってください」
ソロでは攻略が面倒なダンジョンを、仲間の力を借りて攻略する。
真っ当に思えるが、SOSでは邪道とされ忌み嫌われる行為だ。イアに頼り切りになるのはずるい気もする。
わずかな罪悪感はあったが、今のところは甘えておく。
イアの松明を頼りに、タゴサクたちは洞窟内を進む。道中に出現するモンスターは、覚えたてのスキルで倒していく。
「【全力】!」
非常に単純な名前のこれがスキルだ。
言ってみれば、ただの全力攻撃である。派手なエフェクトもなければ、華麗な動きもない。装備している剣でぶん殴っているだけだ。
それでも威力は十分にある。システムのアシストを得て、適当に剣を振り回していたのでは与えられないダメージを与える。
タゴサクはスキルを使っているが、ソーニャは使うそぶりを見せない。
「ソーニャは、なんでスキルを使わないんだ?」
「だって、声を出すのが恥ずかしいし」
「今さら何言ってんだ。この先、いくつも覚えるんだぞ」
「分かってるけどさ」
乗り気ではないソーニャに、イアもスキルの使用を勧める。
「恥ずかしいのは最初だけだよ。すぐになんとも思わなくなるから。むしろ、大きな声を出すのが気持ちよくなるよ。ストレス解消にピッタリ」
「イアのスケベ」
「なんで? わたし、変なこと言った?」
「そういう風に受け止めるお前がスケベなんだ。友達に濡れ衣を着せるな」
「お兄ちゃんこそ、意味分かってるじゃない」
スケベな兄妹が会話をしているが、イアは意味を理解していない様子だ。
イアが女子高生にしては初心なのか、タゴサクとソーニャが汚れているのか。
初心な美少女だ。いい。実にいいとタゴサクは妄想を膨らませる。
真っ暗な洞窟という場所もおあつらえ向きだ。約一名、お邪魔虫はいるが、他のプレイヤーはいない。初心な美少女にイケナイことをするアクシデント希望だ。
ゲスい期待を抱くが、タゴサクが愛読しているエロ本ではあるまいし、何も起きないと諦めてもいる。
事実何も起きず、普通に探索は続く。モンスターを倒し、レベルは上がるしお金も貯まる。レベリングに適しているとの言葉は正しかった。
スキルの使用を恥ずかしがっていたソーニャも、渋々使っている。洞窟内にはパワーの声が木霊していた。
戦闘でHPが減れば、買ってある回復アイテムを使う。イアは回復魔法を使えるが、自分専用だそうだ。
「ソロ前提なので、他人に対して使えるのは、攻撃系かデバフ系のスキルや魔法だけです。回復も補助も一切できません。いくつか例外はありますけど、今は関係ないので覚えなくてもいいです。その時になれば自然と分かるでしょうし」
「全体回復どころか、個別に回復もできないのか」
「できないんです。アイテムも使えませんよ。アイテムやお金の譲渡も、基本は不可能ですね。もしできれば、初心者保護を悪用していくらでも稼げちゃいます」
教えてもらわなくても、やり方は分かる。
ゲームを始めて、初心者保護を受け取る。それを仲間に渡し、キャラクターを作り直して再び受け取り、と繰り返せばいい。
一回で五万スターなので、二十回行えば百万スターだ。コモンステラを脱出できるだけの金額が、あっさり貯まってしまう。
「あれ? 俺たちが装備を買う時、イアは立て替えてくれるって言わなかった? 初心者に過剰な施しをするのはよくないって理由でしなかったが、やろうと思えばできるって意味じゃ?」
「譲渡するための専用アイテムがあります。コモンステラでは入手できません。これを使えば、わたしからサクさん、わたしからソーニャちゃんへなら譲渡可能になります」
「一方通行なのか。初心者保護を受け取った俺が、イアに預けるのは無理だと」
「そうなります。面倒な仕様ですよね」
ソロ前提になっているにしても、随分と念が入っている。譲渡すら簡単にできないとは。
仕様を教えてもらいながら戦い、二時間ほどしてから洞窟を出る。
「紫の雲はアレだが、洞窟よりは清々しいな」
「わたしは、キモい害虫モンスターとかが出なくてホッとしてるわね。洞窟なんていかにもいそうじゃない?」
「そういやいなかったな。蝙蝠とかモグラとかが多かった」
「ソーニャちゃんがお望みなら、害虫モンスターの巣窟に行く? 案内するよ」
「絶対嫌! 行くならイアとお兄ちゃんで行って!」
害虫モンスターと聞いて、少し考えたことがある。
洞窟探索では何も起きなかったが、害虫モンスターの巣窟ではどうだろうか。
ソーニャは嫌がっており、自然な形でイアと二人きりになれる。ラッキースケベ的なあれこれが起きてもおかしくない。ぜひとも起きるべきだ。気味の悪い害虫モンスターが出現して、イアがタゴサクに抱きついてくるとか、定番中の定番ではあるまいか。
タゴサクが抱きつけばセクハラになる。仮想の肉体とはいえ、セクハラはセクハラだ。通報されればアカウント削除の危険もある。
イアが抱きついてくる分には不可抗力だ。ついでに、あんな部分やこんな部分に触れてしまったとしても、やはり不可抗力。責められるいわれはない。
「お兄ちゃん、顔が欲望まみれになってるわよ」
「何を言っているのかな、妹よ。イアに誤解されるような発言は慎みたまえ」
完璧な作戦だと自画自賛していれば、ソーニャから突っ込みが入った。
誤魔化したが、ソーニャは騙されてくれない。
「イアも見たわよね? 今のお兄ちゃんの顔」
「え、えっと、うん」
「正直な感想をどうぞ」
「あれはないかなあ、って」
「出会って二日目にして、化けの皮がはがれたってことね。イアが厨二病の本性を出したからって、お兄ちゃんまで変態的な本性を出す必要ないのに」
「エッチなのは仕方ないよ」
「お兄ちゃんは特に変態なのよね。私の胸をガン見してくるの。スケベなのはまだいいけど、私は妹よ。血のつながった実の妹」
「あの、サクさん。妹をそういう目で見るのは、いくらなんでも気持ち悪いです」
「俺が悪かったからやめてください!」
年下の女子二人から軽蔑され、タゴサクは即死級のダメージを受けた気分だ。気持ち悪いと言われたし、少し反省する。
こういうのが好きな男にはたまらないのかもしれないが、タゴサクに被虐趣味はない。
「お兄ちゃんで遊ぶのも終わったことだし、町に戻ろっか」
「そうだね。結構長く遊んでるし、ログアウトして休憩しよう」
仲良し二人は、タゴサクを放置して歩き出す。
ますますダメージが蓄積し、肩を落とすタゴサクだった。